2012/05/02

楽園への道 ゴーギャンとポリネシア




日曜日、シアトル美術館で開催されていたゴーギャン展を、すべりこみで!観にいってきました。

最終日だったのでさすがに混んでましたが、東京の美術館みたいに、人垣をかきわけないと絵が見えない~!というほどではありませんでした。ほんとに日本の美術館って(特別展のときは)混んでますよね。

展示点数は思ったより少なかったけれど、タヒチそのほかのポリネシア美術品とゴーギャンの作品を交互に展示して、旅路をたどり、画家がはまっていった世界をかいまみることができる構成で、面白かったです。

19世紀のエッフェル塔の巨大写真を背景に、パリ万博でゴーギャンが出会ったイースター島の彫像(『ツイン・ピークス』に出てくる巨人にどこか似ている。不吉な予言を持ってくるうつろな目の巨人)や、ポリネシアの入れ墨の絵や彫像や石像が並ぶ部屋の次には、1回目のタヒチ滞在で描いた絵が並ぶ部屋。

その次は2度めのタヒチ行きの途中でゴーギャンが立ち寄ったニュージーランドのマオリ美術の部屋でした。ここはマオリの集会場が壁一面の写真で再現されていて、集会場の主である彫像が飾られていました。

ちょうど後ろから来たツアーにここらへんで追いつかれたので聞いていたら、ノリの良い、思いっきりゲイなドーセントのお兄さん、ツアー参加者にガラスケースに入った小さな彫像に向かって一斉に「ハロゥ~!」と言わせてました。
展示のために借りる条件として、美術館のスタッフはこの彫像の前を通るときは挨拶をすること、という約束をしたんだそうです。だから警備スタッフから館長まで、みんなこの部屋では彫像に一礼していくんだとか。美術館にあっても生きているマオリの彫像です。


この展覧会を見る前に、読みかけだったバルガス=リョサ『楽園への道』(田村さと子訳 河出書房新社)を急いで読了しました。

ゴーギャンとその祖母のフローラ・トリスタンの生涯を描いた物語で、二つの時代にそれぞれ、まったく対象は違うけれど、見果てぬ理想を追い続ける情熱と自分の才能とに追いつめられるように生きて若くして死んでいった二人の豪傑の話がかわるがわる語られます。

19世紀の終わり、汚く暗い都市文明を嫌い、遠い南洋の島に楽園の夢を描いたゴーギャンと、19世紀半ばのフランスで、劣悪な環境で働く労働者たちに団結を説いてまわり、来るべき平等な世界を実現するための運動に短い生涯の晩年を費やした祖母フローラ。

二人とも「Larger-than-life」 という言い方がぴったりな並外れた才能とバイタリティに恵まれていながら、それぞれ働き盛りに体を壊して、世間並みの幸せからはほど遠い壮絶な戦いの中でずぶずぶと沈むように亡くなっていく、そのさまよう闘魂の力強いお話です。

このあとにゴーギャンの書いた『ノア・ノア』を読むと、さらに立体的に楽しめます!

ゴーギャンはパリの証券マンとして大成功しながら、友人のすすめで20代後半から画業に取り憑かれて、アマチュアの域にとどまらない馬力で描きまくり、印象派の大家にも認められるようになります。

不況で失業するやいなや、即座に画業に専念することを決意。でも絵は売れずどんどん貧乏になって、結局子どもも奥さんもほったらかしにして南洋の島タヒチにわたりますが、もちろんそこは最初に思い描いたようなロマンチックな世界ではありません。

タヒチもほかの島同様、とうに白人の手で100年以上かけて丸裸にされ、祖先から受け継いだ文化は宣教師たちに禁止され、半ばうつろな土地になっています。

ゴーギャン自身も梅毒に健康をじわじわ蝕まれていきながら、いったんは帰国するもののヨーロッパの文明社会にももう居場所を得られず、2度目にはもう戻らない決心で島へわたります。

13歳か14歳の少女たちをつぎつぎに現地妻にするわ、現地のフランス人社会や教会を馬鹿にして支離滅裂な喧嘩を売るわ、現地のカソリック教会の司祭をモデルにした悪魔像を家の前に立てるわ、卑猥な写真を子どもたちに見せて誘惑するわ、と小説は晩年のゴーギャンのやりたい放題の全開エロ親父っぷりを忌憚なく描いていましたが、ドーセントのお兄さんの解説はさらに辛辣でした。「中学生がノートにラクガキするような快楽万歳な言葉を自分の家の柱に彫りつけて、近所の学校の女子中学生に手を出そうとしたりして、50歳過ぎた男のすることとは思えないでしょ~」。

21世紀の社会に住んでいたら間違いなく即刻監獄行きに違いない、周りで静かに生活したい人にとっては本当に迷惑な人だと思いますが、ゴーギャンはその悪行もすべて背負って死に直面し、絵筆をとっていました。やはり画業に殉死した人です。

才能となにか強い力とにはるか遠い島まで連れていかれた画家は、西洋文明に魂を抜かれた島で、最後まで渾身の絵を描き続けます。


「動物的で、同時に人間的な自由な生活のあらゆる歓びをたのしんだ。今日の日が自由で美しいように、明日もまたこんなであろうと思う確信をもって。平和は、私に落ちかかってきた。私は、順調に啓発されていった。そしてもう徒な心配はしなくなった」
「私は、数多の夢を失った魂をもち、肉体は数多の努力に疲れ果てて、道徳的にも精神的にも疲弊している社会の悪を、長い間運命的に受け継いできた、いわば老人である!」
『ノア・ノア』(前川堅市訳、岩波文庫)

 『ノア・ノア』は、ゴーギャンがパリのブルジョワのお客さん向けに自分のタヒチ生活を詩的に神秘的に綴った、いわばプロモーションツールのようなもの。楽園の凋落を嘆きながら、ロマンチックな神話的世界が描き出されています。

タヒチ以降に描かれたゴーギャンの絵の強さには、決して届かない楽園への文字通り命をかけた思い込みと、生命力と、同時に明るい光の中に端正に描かれているとほうもない虚しさがあるように思います。ぐいぐいと引っ張られて底なしの穴を見せられているような気がする楽園です。

少々毒気にあてられたような展覧会でした。




シアトル美術館のエントランスエリア。 ゴーギャンからの帰り道、モダンアートがとても爽やかに感じました(笑)。


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4 件のコメント:

  1. あー

    結局・・・今回この展覧会には行けなかったのですが、
    (日本でやってたときに、それこそ激コミの人の中を掻き分けて
     時間をかけて見たことはありましたけれど・・・笑)
    Tomozoさんの今回のブログを読んで、
    すごく勉強になりました。
    私、『絵』を見に行くことはすごく多いのに、
    その描き手の人生とか、その時代背景をほぼ知らないで行くので、(好きな人のことしか知らないんです)
    ホント、浅いんです。

    今回、反省しました・・・。
    今度、絵画展に行くときには、
    きちんと勉強していこうと決めました。
    なーんだか・・・イマサラですよね・・・(汗)

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    1. masakingさん、こんにちはー。
      わたしも、なんにも前知識なしでぽっと観に行くのが多いですよ。その方が本当は好きです。
      今回は、たまたま、買ってあって読みさしだった本が(いっぱいあるうちの一冊ですが…汗)ゴーギャン展とシンクロしていたので、これは読んでから行かねば!と思ってがんばりました(笑)。ついでにSAMが用意している音声ガイドもiPhoneにダウンロードして準備万全で行ったので、行く前からがっつりゴーギャン先生の世界に引きずりこまれて、うなされそうなくらいでしたw。
      前知識が全然なくて、ばったり出会った絵に圧倒されるのが一番幸せだと思いますが、昨今なかなかそういう機会はないですよね。masakingさんがお好きなアーティストのお話も、今度聞かせてください!

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  2. Tomozoさんの感想、待ってました!!
    ゴーギャンのタヒチの絵を子供の頃に教科書で見て、タヒチとイースター島に行きたい!と思ったので(未だ未訪ですが)、懐かしくなって見に行ったのですが、この展覧会は、有名な作品のイメージとは違うゴーギャン像が垣間見れて、興味深かったです。でも、最後に、画家の業というものをまざまざと見せつけられた気分になって、凄く切ない気持になってしまいました。ノア・ノアも未読なので、Tomozoさんの文章を読んで、読んでみたくなりました!莫大な金額を使って企画をする東京の展覧会とは違って、SAMのキュレーターの腕なんだと思いますが、毎回、面白い切り口で見せてくれるな~って思います。そのお兄さんの解説、聞きたかったな~(笑)

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    1. ZIZIさんがご覧になった絵って、どれなんでしょう? わたしはわりに年を取るまで、ゴーギャンの絵ってなんとなく怖くてあんまり見たくないタイプでした。北欧方面の暗い絵(ムンクとか)は好きなのに、南洋がなぜか怖かったんですよー。それがなぜかハワイに住む羽目になって、ポリネシアに免疫がついたのかも(笑)。
      画家の業、まさに、業なのか天啓なのか、力があるばかりにとんでもないところに行かざるを得なかった人だったんだなあ、と思いました。幸せな人生と言うべきなのか、やりたいことは全部やった人生ではあったのかもしれませんが。死後2年か3年して作品が爆発的に売れ始めるっていうのも、ある意味すごい「業」ですよねー。
      SAMの展覧会はほんとに、規模は大きくないけれど、切り口が面白いですね。
      『楽園への道』と『ノアノア』セットでお貸し出しいたしますよん。いつでもどうぞ!

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