2017/11/15

世界が終わったあとのヘイト・アシュベリーと西瓜糖の日々


今とってる「アメリカの60年代」クラスの課題としてこの間読んだ本。
Joan Didion(ジョーン・ディディオン)さんのエッセイ集、『Slouching Towards Bethlehem』。

この人のこと、わたくしはまったく知りませんでした。

んが〜! 

震えるほどカッコいいんですけどー!

読みながら、うわーなんなんだこの人!と叫んでいたら、息子は知っていた。

「カルト作家としてユーメーなんだ」と偉そうに教えてくれたわりに自分では読んだことないってw

文章がむっちゃくちゃ上手い。

単なるスタイルではなくて、皮肉なのに真摯。
直球なのに曲がっている。
とても説明しがたい。
文学的なのにまるでスカしてはいなくて、でも本当にむっちゃカッコいい。あああああ、なんて貧困な褒め方なんだろう。

カッコつけすぎてかっこ悪い文章書く人は掃いて捨てるほどいるけど、ほんとうにカッコいい文章書く人ってそうそういない。

収録されている最初の一編(1965年にサンバーナディーノで起きた、中年主婦が夫を殺したとして有罪になった事件を題材にした一編)を読んだうちの息子は、その直感的で繊細で、しかもドライで突き放したような、でもあくまで個人的な身体的感覚に沿った情景描写が「ハルキ・ムラカミみたい」だと言った。

息子もまったくもって読書家ではないのであるけど、それは面白い感想だなあ、と思う。

わたしは本当にこの時代のアメリカ文学についてまったくもって良く知らないんだけど、表題作の「Slouching Towards Bethlehem」を読んで、ずーっと昔に読んだリチャード・ブローティガンの『西瓜糖の日々』を思い出しだのだった。

この表題作は、1967年、サンフランシスコのヘイト・アシュベリーに取材したエッセイ。「サマー・オブ・ラブ」の年で、全米からヒッピーのわかものたちがヘイト・アシュベリーに集まっていたとき、その場に入り込んで当事者たちに話を聞き、いったい何が起きているのかを理解しようとつとめるという内容。

このときディディオンさんは32歳。インタビューする相手は16歳から17歳の家出少年少女たちや、せいぜい20代前半のキッズがほとんどで、微妙なジェネレーションギャップがある。

が、ギャップはジェネレーションだけではない。

インタビューされる若者たちの会話を読んで『西瓜糖の日々』に出てくる奇妙な世界の住人を思い起こしたのにはいくつか理由がある。

その世界がどんな法則で動いているのか、登場人物の誰もがよく理解してないし説明できていないこと。
もしくはとても基本的な部分で説明が食い違っていること。だから、はっきりしたその世界の全体像が、読者にはつかめない。

その世界はなんだか奇妙で、ゆがんでいるのだけれど、おおむね穏やかで、住人たちはおおむね平和に満足してくらしていること。

でも、どこかにやはり、とてつもない不安と暴力の予感がちりばめられていること。それはどこか遠くにあって表には出てこないけれど、確実にあること。

そして、その世界は、それまでの古い世界が終わったあとの、まったく新しい世界であること。

『西瓜糖の日々』は英語じゃなくて日本語訳で読んだのだし、もうはるか昔に読んだきりなので細かいことは覚えてないんだけど。

まあ盛大な勘違いだと思う人もいるかもしれませんが、わたしはこの Slouching Towards Bethlehemを読んで、なんだかよくわかんないけど大好きだった『西瓜糖の日々』がやっと理解できた気がしたのでした。

ぐぐってみたら、『西瓜糖の日々』は1964年に書かれ、1968年に出版されていた。

 LSDでハイになってる親が5歳の息子にLSDを与えているという衝撃的な場面で幕を閉じる『Slouching Towards Bethlehem』でたぶんもっとも衝撃的なのは、でも、ディディオンさんとヒッピーたちとの間に、共通の認識があったことだと思った。

それは

「いままでの世界はもう終わったし、もとには戻らない」

という、強烈な認識。

古い世界の決まりはもう無効になったと君たちが思ってることはわかった、だからそれで、君たちはどんな世界を作って住んでいるの、とディディオンさんはほんとうに本気で若いヒッピーの子たちに聞いているのだけど、ヘイト・アシュベリーの住人たちは、西瓜糖の世界の住人たちが自分の住む世界を説明できないように全然説明できていないし、その説明はなんだかみんなピントが外れている。

でも本当にこの時ほどそれまでの価値観や世界のあり方がいったんひっくり返された時代、というかそれが一国の共通の認識として世代を越えて共有された時代は、米国史上でも、いや世界史上でもあまり数多くなかったと思うし、すくなくともその後半世紀にわたって、そこまでのは再来してないのだと思う。

たぶん世界大戦なみのクライシスがなければそんな転換点は再来しないだろうし、来てほしくはない。まあいつかは来るんだろうけど。

レイ・カーツワイルさんのいう「シンギュラリティ」か、インターネットが人間と融合していくこと、かなにかが、次のそんな世代的な転換点になるのかもしれない。次回の世界の終わり。

1967年は、あのミスタードーナツのコマーシャルをもじれば「アメリカが青春であることをやめた時代」ってなるのかも。いや、ていうより、このサマー・オブ・ラブがほんとの意味でアメリカの短い青春時代だったのかも。

リーディングアサインメントでこんなに楽しい読み物初めてだ!
このクラスとってほんとによかった。

このエッセイ集は青山南さんの翻訳で日本語版も出ていた(邦題は『ベツレヘムに向け、身を屈めて』)けど、もう絶版になっているようです。

たまたまNetflixでディディオンさんのドキュメンタリーをやっていた。




大学卒業後ニューヨークでVOGUEの編集者として働き、その後夫とLAにうつってマリブで暮らしたディディオンさん。

マリブの家にはハリウッドの人々も集まり、家の改築に雇われて来て家族ぐるみのつきあいをしていた大工さんは、なんと!ハリソン・フォードだったという…

(ハリソンもドキュメンタリーに出演してます。超かわいい20代の写真つき!)

おもしろすぎる。こんな人生を送っている人もいるのね〜!

晩年は娘(養女)と夫を相次いで亡くし、そのあとに書いた手記が高い評価を得て、日本語にも翻訳されてます。これもいずれ読んでみたいが、積ん読がー…。



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2017/11/14

シアトルの黒歴史と、今日の収獲


なぜか大変忙しくなってしまった11月。仕事とお勉強でものすごく引きこもり度の高い、たいへんに充実した毎日である…(ヽ´ω`)ヽ´ω`)ヽ´ω`)…きょうも人間にあわなかったぜ……。
 
仕事の息抜きに、毛をすきながらレイシストの歴史を読む。



たくさん取れました。
たまにこんがらかった毛の束がとれると、ものすごい達成感がある。

こんなことで幸せになっている自分がちょっとかわいそうになる午後。



シアトルのKKK団です。1923年。

Seattle Civil Rights & Labor History Project より。

この頃、アジア人排斥運動が激しくなって、アジアからの移民が完全シャットアウトされる法案が通ったんでした。


KKKの結婚式。1926年。

レイシストは、決して、特殊で邪悪な人ではないんですね。

自分と違う人たちにレッテルを貼る行為に「慣れていくこと」なんだ。

ちょっとした意地悪に、理由をつけて自分で納得していくのとおなじだと思います。

ナチス台頭前夜のワイマール共和国の歴史とかも、恐いよ。1937年の段階で、ヒトラーが政権を取った時点では、まだナチスの議席は3割にもみたなかったのに、保守派のカソリック政党は、ヒトラーをとめるのは「すでに遅すぎる」と考えていたのだと。

もちろん、その当時はまだ誰も、数年後にドイツがあんな人類史に残る大量虐殺を開始してしまうとは思っていないのですが。

自分が「いい人」「まともな人」だと思っている人ほどレイシストを容認しやすいのかもしれません。
 

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雨とゆれる橋とよく喋る人


来週水曜日まで雨マークのシアトルでございます。

先週からなぜか急に忙しくて週末はずっとひきこもり。雨だし、いいんだけど。

今日も授業に行けるかどうかきわどいところだったけど、ベトナム戦争のところは聞き逃したくなかったので無理くり行きました。バスでー!

今いるところから学校へは、湖をわたってバスを乗り換え。
待っても待っても次のバスがこないので、歩いた。そこから教室まで歩いて20分弱。

するとタイミングよく横なぐりの雨が。(;´д`)

でも橋の上で、こんなイエローな風景がみられました。


 ユニオン湖とワシントン湖のあいだの狭い運河にかかってるモントレイク橋の上。
 むこうがわがワシントン湖。

しかしこの橋。揺れるのだ。1920年代につくられたクラシックな橋なのであるが、揺れるの〜。歩いてると気づかないけど立ち止まると揺れているのがよくわかる。

iPhoneが水のなかに落下していく光景がみえてお尻がむずむずしましたよ。



いろいろたて込み中につき、2コマめの授業は自主休講。

家で仕事するのは性に合ってるんだけど、あまりにも人の顔を見ないとだんだん頭がボンヤリしてくる。ねこの顔は見てるんだけどねえ。

オンラインの講座は便利だけど、やっぱりライブの授業は楽しいですねー!

教授は高校の時にタコマにケネディが来た時に演説を聞きに行ったというから70代前半か。
でも2時間、ほぼノンストップですごーくよく喋るの。面白いです。

公民権運動のリーダーからジョンソン大統領時代の顧問からニクソンの側近から、人の名から事件からくだらないエピソードまで、よくそれだけ覚えてられるなあ、と感心してしまう。
生涯の仕事とはいえすごいなあ。
自分の息子の電話番号も記憶していないわたしにしてみれば、神業としか思えない。
(ときどき自分の電話番号やソーシャルセキュリティーナンバーも怪しくなる)

世の中の職業はどれも、極めてる人はみんな神業だよねー。

早口だからよく聞き取れなくて、うぅっ、もう一回言って(涙)と思うこともかなりあるんだけど、60人教室なのでしかたありません。

ライブの授業で一番楽しいのは、なんであれ、その内容についての講師の熱がつたわること。

オンラインでは取りこぼされるそういう人間情報は、大きい。

それは経済的な数字になりにくいし、何の役にたつのか、あんまりマジメに取り上げている人の話は寡聞にしてきかないけど、生身の人がライブで放っている情報って、ものすごくビッグなデータだよねー。だって人間の感覚以外の計器ではまだ計測できない部分も大きいんだから。


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2017/11/11

猫はなんでも知っている


ねこシッターにきています。

しんのすけくん、りんたろうくんに加え、ぴちぴちギャル―ズが2名加わって、非常に微妙な猫界のダイナミクスが目前に毎日くりひろげられる。たいへん興味深い。


もうこのお嬢さんたちはエネルギーと好奇心のかたまりです。
目を離すととんでもないところに突入している。

右を見ても左をみても肉球だらけで幸せです。

しかし時間が足りねえ!!!
たしか1週間には7日あったはずだったのに、みんないったいどこへ行ってしまったのだ!

1日38時間くらいないと足りない計算なんですけどぉぉぉぉ!

と軽く発狂していると、


「そんなことはいいから早く寝なさい」

と、諭される。



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ホノルルの代官山 


脳内ハワイ遠足シリーズ。

年に4回くらいハワイに行けるようにしたいなー。
そうだ、ラウラウちゃんちで仕事すればいいんだな。(ΦωΦ)フフフ…


こちらはホノルルで、ラウラウちゃんと、マーケティングコンサルタント&翻訳者のAKIちゃんとそのご友人とお出かけしたカカアコの新施設「SALT at Our Kakaako」。 カメハメハスクールの基金が所有する物件のひとつだそうで、とっても地元志向。
ニューでオシャレなハワイのカルチャーを盛り上げようというコンセプトらしく、面白い商業施設でした。
オープンエアなのはハワイのデフォルト。


かわいいお兄さんのいるニューヨーク風のオシャレなデリでサンドイッチを買って、このクラフトビールとワインのテイスティングルームVillageに持ち込みでランチという素敵な企画。
AKI嬢の提案は、なんだかいつもさすがに洗練されているのだった。
このテイスティングルームは持ち込みまったくオッケーで、隣のテーブルでもふつうに食事してる子たちがいた。
女子4名、平日昼間からビールで乾杯。幸せ。
AKIちゃんは一見清楚なマダムふうなのに実は男前な性格で、しかも酒豪。ワインならボトル1本くらい空けてもぜんぜん平気でいらっしゃる。わたくしはすぐにタコのように赤くなってしまうため、お試しサイズ4オンス(上写真)で 充分。こういうサイズがあるのも嬉しい。


そのほかに、カフェもあり、ボタニカルブティックもあり、シンプルな服が並ぶブティックもあり。


カフェが奥にある植物ブティック「PAIKO」。シアトル〜ポートランド風でもあり、青山とか代官山とかにもありそう。


こちらはブティック。
ハワイもオシャレになったものです。世代が変わったんだなあ、と実感しました。


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2017/11/09

ホノルルのスイートホーム


冷たい雨のふる11月に、脳内だけホノルルへ。ああ、どこでもドアがほしいにゃあ。

マダムMが帰国されたあと、ハワイ滞在のラスト5日間はホノルルにお住まいのラウラウちゃんちに泊めてもらいました。


もうこれもまた、ハレイワのメリーベスちゃんちと並んで、オールドハワイな風情でいっぱいの素敵ハウス。

芝生のお庭にはもちろんプルメリア〜。


マンゴーの木の下にピクニックテーブルがあり、ブーゲンビリアにパパイヤに、ビワの木まで!


いつも若干こまった顔をしている、番犬せんべいちゃん。


もう何が素敵ってね、都会なのに裏庭に広々とせんたくものが干せるこのエコな環境。
そして数時間で乾く!すばらしい。


おうちの中にもいろいろオールドハワイのエッセンスがいっぱい。
古いびんのコレクションとか。


ラウラウちゃんのオールドパイレックスコレクション!
日本で売ったら一儲けできまっせ。と焚きつけてみたが反応なし。



このキッチンにならんでいると可愛さ倍増なのである。


エアラインにおつとめのラウラウちゃん、2人のティーンエイジャーを持つ、さばさばしたカッコいいおかーさんです。




素敵ハウスなんだけど、これだけ芝生にかこまれているハワイの一軒家には、どうしてもゴッキーちゃんがやってくる。

玄関のところになぜか待機しているので、夜間の出入りは迅速に行わねばならないことを、到着当日にたたきこまれました。
奴らはほんとに待ってるのだ!入り口で!

「うっひょ〜」と必要以上にあわてふためくわたしに、
「ハワイはそういうところだから」
とクールに言い放つラウラウちゃんは頼もしかった。
そして一匹たりとも家の中に入れないその確固たるコミットメント。



毎週末にでも帰りたい、ホノルルのスイートホームです。

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2017/11/08

2022年の大停電の話


『ブレードランナー 2049』の27年前の世界で発生したレプリカントテロによる大停電エピソードのアニメ短編がYouTubeで公開されてるの知りませんでした!

監督は『サムライチャンプルー』の渡辺信一郎さん。
サムライチャンプルー、うちの息子が中学校のとき、「Adult Swim」でよく見てたなー。わたしはあんまりちゃんと見たことないんだけど。

『Blackout 2022』は 15分の短編だけど、画面の密度がものすごーく濃くて、みごたえがっつりでした!タダなんてすごい。LAの夜景!ほんとに『ブレードランナー』と『2049』の中間らしくなっててる!!!
日本のアニメのアーティスト/職人技すごいなあ。

 映画の中でメンションされる「大停電」がなんだったのかはわかったよ。
でもますます謎が深まるんだよ。




それにもうひとつ、リドリー・スコット監督の息子さんルーク・スコット監督が撮った短編フィルムが2本。『2036:Nexus Dawn』(6分)は、その大停電と本編のまんなかの時代のエピソード。『2048: Nowhere to Run』(5分)は本編の冒頭に出てくるレプリカントさんのエピソード。



こちらもドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のメッセージつきでYouTubeで公開されてます。

映画のおまけに短編3本つくっちゃうなんてすごいですねー。

80年代に『ブレードランナー』が描いた21世紀のディストピアの世界は半年くらい眠れなくなるほど衝撃的だったのだけど、ある意味ディストピアものも世界終末ものもすっかりエンターテイメントの定着したジャンルになってしまったこの本当の21世紀に、ミレニアル世代の子たちにとって、こういうディストピアの世界ってどう映るんだろうか。

80年代に子どもだった(だよね?笑)私たちが感じた衝撃とはまったく違うんだろうなと思う。

あと、ヴィルヌーヴ監督って、なんていうか、リドリー・スコット監督よりもずっと心優しい人だよね、きっと、と思う。

『メッセージ』といい、ヴィルヌーヴ監督の映画はほんとうに詩的でビューティフルで繊細な映像にノックアウトされるし、好きなんだけど、映画そのものにはいろいろお願い事を言いたくなるのだ。どうか聞いてくれドゥ二。機会があったら3時間くらい話したいことがあるんだ。



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2017/11/07

ワシントン大学のシニア向け無料聴講制度


昨日の雪は止んで、今日はよく晴れた綺麗な一日でした。でもちょっと寒い。

本日のキャンパス。「レーニア・ヴィスタ」という噴水広場で、名前のとおりこの噴水のむこうの真正面にレーニア山がきれいに見えるのだけど、写真だとほとんどわかりませんね。


この噴水は、アラスカ・ユーコン博覧会のときに作られたものです。

この博覧会のことも以前、このブログの記事に書いたことがありました。
4年半前だわ、うわはは。


この左手の建物は、20世紀初めに建てられたスザロ図書館などの一連の建物に似せてつくった、バチモンじゃなくてえーと、疑似古典というのでしょうか。



カナディアングースの皆さんが忙しくお食事中でした。


授業開始前のお教室。

昼間のクラスはキッズばっかりでわたしがきっと最年長なのだと思ったら、意外にもシニア世代の姿が多いのだった。60人くらいのクラスに10人くらい、シニア世代がいらっしゃる。

その一人に聞いてみたら、 なんと、60歳以上のワシントン州民は、空きがあるクラスなら1学期につき2クラスまで無料で聴講できるんですってー。

ACCESS プログラムというのがあるんだそうです。アジア系の語学のクラスや研究室のクラスなど、受講できないクラスはいくつかあるらしいし、学部の学生が全員登録し終わってから空席があればどうぞということらしいですが、無料ですってよー。

「アメリカの60年代」ってクラスなので、実際その場にいた人の話が聞けて面白いし、若者にとってもシニア世代と一緒に勉強できるってなかなか良い経験なんじゃないかなと思う。

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2017/11/05

超80年代


急に予想外のボリュームのお仕事が舞い込んできて、たいへん嬉しいのですけど、どひゃ〜、あわあわ。となっている折、Netflixの Stranger Things シーズン2が公開されてしまいました。

シーズン1も超大好きでした。

すべてが王道。

キャラクターが全部いい!ウィノナ・ライダー最高。 
 
舞台は1984年。キャラクターたちのヘアスタイルも洋服もミュージックも小道具も、涙でるほどオーセンティック。

しかし。80年代って、もはや「時代モノ」の範疇になっちゃったのね!



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2017/11/04

雪とイクラとハンサム君


お寒いざます〜!!
シアトルは今朝、華氏35度(1度C)!
きのうは雪が降ってました。

うちのへんでは全然積もらず地面につく前に消えてしまう雪だったのでしたが、明日の朝も雪だってよー!あっという間に冬ですね。


そんなきのうの空。
雲が、いかにも凍ってる感じでぼわーんとキラキラしてる。まことに寒そうな空でした。



こずも食堂主人のくーちゃんママに、貴重な地元産いくらをいただいた!
ご友人の特製だそうです。身近に鮭釣りに行く人がいるって素敵。
美しさに、涙でるー。
青じそを買いに走る。青じそは高い。10枚につき2ドル50セントですのよ。でも近所に売ってるだけ幸せですわね。

ごちそうさまでした。美しくておいしいイクラでございました。あああ幸せ。




どうかオレには構わないでくれという電波をガンガン発射していたゴーイングマイウェイなくーちゃん。男前なのにカメラシャイ。


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イオラニ宮殿の悲劇(その2)


カラカウア王は新しもの好きで、宮殿に当時最新技術であった電灯をつけるため、私費を投じて蒸気発電機を設置したそうです。

電話や水洗トイレまで完備。

この宮殿は明治15年完成ですよ。当時、まだホワイトハウスにも電気は引かれていなかったそうです。


立派なトイレ。



この宮殿は、完成からほんの10年ほどで、ハワイ王国が乗っ取られる舞台となってしまったのでした。

今回、森出さんにツアーで案内してもらいながら、そのひどい話をあらためてしみじみと実感できました。

1887年、サトウキビプランテーションなどの事業でハワイのビジネスを牛耳っていたアメリカ人実業家を中心とするグループが、カラカウア王の顧問役で王国の首相をつとめていたアメリカ人を追放し、王の権限を大幅に制限する憲法、いわゆる「銃剣憲法」の発布を迫ります。200人ほどの武装した一般人(全員白人)のグループがうしろについていたのだそうです。

アメリカ人実業家たちのグループが最終的に目指していたのはハワイをアメリカの領土にすることで、それはその後10年ほどで実現しました。

カラカウア王の死後、1891年に王位についた妹のリリウオカラニ女王は王権の復活を目指したものの、1893年にこの白人実業家グループの「革命」が勃発。
王国は「共和国」となります。

このときのリーダーで、共和国の大統領になったのは、パイナップル王国を築いたドールさんの従兄弟、サンフォード・ドール。



ハワイ最後の女王となったリリウオカラニ女王は、今もハワイの人々に深く敬愛されています。

アメリカ人の手によって起こったこの「革命」の話を聞いてびっくりしたクリーブランド大統領は、この共和国は違法であるとして女王に王権を戻すようはたらきかけますが、太平洋の真ん中のこの実業家たちは聞く耳もちませんでした。

女王は宮殿を退きましたが、当然ながらハワイアンたちの間には怒りに燃えて共和国を王政に戻そうと画策する人が多かったことでしょう。

共和国の政府にとっては、そんな動きはむしろ、良い口実になってしまいました。

翌々年、1895年、王政派のクーデターが未遂に終わった後、自宅から武器が発見されたとして、リリウオカラニ女王は謀反罪で逮捕され、裁判にかけられて、イオラニ宮殿の一室に監禁されます。

リリウオカラニ女王は流血を望まず、クーデターにもかかわっていなかったといいます。

女王は自分の宮殿に幽閉され、正式に退位を表明する署名をさせられます。

その3年後、ハワイ共和国はアメリカの領土となったのでした。


音楽の間には、リリウオカラニ女王が作曲した名曲「アロハ・オエ」の譜が飾ってありました。


リリウオカラニ女王が幽閉されていた部屋には、女王を記念するキルトが展示されてます。
クレージーパッチワークの真ん中に、日付が刺繍された布。

一つの布には、生まれた日、王位についた日などが刺繍され、右下の青い布には退位した日付と証人の名前が刺繍されています。


これは、本当に寂しい部屋。2階の東南側の、とても小さな部屋です。
これほどの悲しい出来事が刻みつけられたキルトに思いが残らないほうが不思議かもしれません。
リリウオカラニ女王の無念が目の前にかたちになっているようで、とてつもなく悲しくなりました。

でも女王は、退位を表明してからは恨みの気持ちを表したりすることは一切なく、ハワイの人々の暮らしの向上のために尽くしたそうです。



王座があった謁見の間。リリウオカラニ女王が謀反罪で裁判にかけられたのもこの部屋なのだそうです。

宮殿は、ハワイがアメリカに併合されたあと庁舎として使われ、調度品のほとんどは売り払われてしまったのですが、1970年代に宮殿を歴史的建築物として保存することが決まって以来、かつて宮殿を飾っていた家具調度を文字通り世界中から買い戻し、少しずつもとの姿を取り戻しているそうです。

じゅんさんによると、宮殿のツアーに参加した人が、飾られていたかつての室内の写真を見て、「この家具は家にある!」と気づいたこともあるのだとか。


孔雀の羽根をつかったドレスはレプリカだそうです。

ちょうど、この宮殿が完成した年は、大平原で米国陸軍と戦ったスー族のシッティング・ブルが降参した頃でもありました。

シアトル酋長が亡くなったのはそのもう少し前ですね。

19世紀半ばまでにすっかり片隅に追いやられた米国本土のネイティブ・アメリカンの人々とは違い、ハワイは一世紀近く独立した王国を保ち、その後抑圧された時期を経たとはいえ、20世紀後半に文化がまた花開いて、世界中の人々からロマンチックな憧れを持って愛されています。

その後ハワイに住み着いたいろいろな民族の移民にとっても、ハワイが好きで遠くからやってくる観光客にとっても、一度も行ったことのない人にとっても、ハワイはなんだかすごく明るくあたたかくポジティブな存在でいてくれる。

でもこの宮殿は、大国にねじ伏せられた怒りと悲しみを忘れてはいません。
当然のことだけれど、その怒りはまだ、今生きている人たちの中にも静かに流れています。

ハワイはほんとうに明るいポジティブなパワーに溢れた場所なので、ついそのあたたかさにだけ浸ってしまうけれど、ふっと日が陰った瞬間には、そういう厳しい歴史がじっとこちらを見ている場所でもあるのですよね。忘れられて良いことではないし、それどころかアメリカ人の中にはこの事実を知らない人が多いので、ちゃんと学校で教わってほしいなあと思います。

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