2020/03/19
春先の縁起もの&意識と感情のミルフィーユ
きょうもシアトル、ぽかぽか陽気でした。近所を歩いていると、家の前のポーチの階段やベランダで日なたぼっこしている人(老人とかでなくて30代くらいの人々)をちらほら見かけます。そしてあちこちの家や公園からは子どもたちの楽しそうな絶叫がひびく。小さい子のいるお父さんお母さん、毎日何して遊ばせようか、頭を悩ませてるでしょうね。
カリフォルニアがついに州全体に「家から出るな」令を発令しました。しかし、 今日もLINEでロサンゼルスの鉄腕翻訳者みぽりんと話していたのだけど、在宅翻訳者の毎日は、ロックダウン下でもほぼまったく変化なしなのです。
ありがたいことにまだ仕事がある。来月どうなるかはまったく謎。
きのう植物園で見た、黄色い水芭蕉。なんだか縁起がよさそうですよ!
縁起良いといえば、こちら! にゃを美先生の本格派アマビエ護符!かわいい。
インスタより許可をいただき転載いたしました。効き目ありそう!
よろしくアマビエちゃん!
ところで去年の夏に、アントニオ・ダマシオさんという脳科学者の書いた『意識と自己』という本を読んで、ものすごーーーーーく感動し、なんとかその感動をあまねく世に伝えたい!と半年以上ずっと思ってました。ダラダラと年を越し、ようやくなんとかまとめたものを先日、デジタルクリエイターズのメルマガに載せていただき、さらにつづきも合わせてnote にアップしました。
わたくしという現象
意識の三層
認識が感情?
わたしの中のわたしのひな形
時間の中の動的な存在
そして
わたしがわたしに気づくには
最初の5つが、『意識と自己』にかかれているダマシオ教授の理論をざっくりまとめてみたもの。
下の追加分は、そこで書ききれなかった、意識が生まれるときのメカニズムの仮説をもうちょっと詳しく書いてみたもの。
いずれも、ながなが悩んだわりにはあんまりわかりやすいとはいえず、試読してもらった波乗り翻訳者ラウぴょんもメルマガの柴田編集長も「わかったようなわかんないような」と悩ませてしまいました。
ぜんぜんあまねく世につたわってなくて少しかなしいけど、隔離中で時間がうなるほどあり、ちょっとうっとうしいものでも読んでみようかという奇特な方がいらしたら、ぜひドウゾ。
このへんがわかりにくい、またはこの理解違ってね?というようなツッコミがあればぜひご教示いただけると嬉しいです。
ソーシャルディスタンス!
快晴。昼間は15度Cくらいにあがって、すっかり春らんまんな感じのシアトルです。
上の階の住人が昼間からパーティーを始めてうるさいので(ソーシャルディスタンスはどうした!)、また植物園へ行ってきました。
シアトルにも「感染を広げないように、無駄な外出は避けよ。集まるな」という要請がでてますが、サンフランシスコやシリコンバレーなどロックダウンされている街でも、屋外の散歩、サイクリング、ジョギングなどは禁止されていません。ただし「SOCIAL DISTANCE (ソーシャルディスタンス)」をとれという。具体的には6フィート(約2メートル)離れていれば感染のリスクはかなり低いというのです。
お天気がよくて暖かいので、植物園にはけっこう人がいた。駐車場いっぱいというほどでもないけれどかなり満車に近かったです。
入り口には「ほかの利用者との間を、少なくとも6フィートあけてください」と書いてありました。ビジターセンターは閉まっていました。
植物園は広いので、けっこう人がいるといっても、ほかの人と10メートル以内に近づくことはめったにありません。
たまにトレイルですれ違うときも、お互い道の端に寄ったり、5メートルくらいむこうから「excuse us!」なんて声かけて避けていったり。ソーシャルディスタンスがものの数日で普通の動作になっているのにちょっと驚いた。
とはいえ、帰りにグリーンレイクを通ったら、湖畔をいつもどおりたくさんの人がぞろぞろ歩いていてぜんぜんディスタンスになってませんでしたが。公園で実行するのは難しいですね。危機感も人によっていろいろです。
桜の枝に苔と地衣類がいっぱいついているのがシアトルならでは。
隔離お花見。
満開ではないけれど、枝ぶりが素敵な風格のある桜。
桜の花にハミングバードが来てました。桜の蜜ってなぜか少なそうな気がするけどそうでもないのか。
鳥の声だけが聞こえる豪華なスペースを独占。春だー。
いろいろあるけど、とりあえずしみじみ幸せなひととき。
見たことない濃いピンクの木蓮が咲いていました。
2020/03/18
この世界の片隅に
今日も青空。気温が上がったので桜が満開。今年の花はすこし小さめの気がします。
< おそろしい時代が来るといふ予言 木はただ深く花を養ふ >
これも馬場あき子先生の歌です。Kindleで『馬場あき子百歌』を再読中。
いい歌だなあーーーーー。
こんなのもあった。
<都市はもう混沌として人間はみそらーめんのやうなかなしみ>
りんごも咲いています。このりんごが実るころにはどんな世界になっているのか。
あれよあれよという間に、サンフランシスコとベイエリアがロックダウンされてしまってます。
10日前にふつうににぎやかだったニューヨークが『アイ・アム・レジェンド』の世界みたいになっている。
毎朝起きるたびにそれまで知っていた世界が終わっています。
いまは第二次大戦の数年前に似てるって、有名投資家の人が言ってました。トランプはじめ、極端なことを言うナショナリストがウヨウヨしてそれに熱狂する人が多いのも1930年代に似てるのがとても不気味です。
恐慌>戦争なんてことにならないように!!
12月、クリスマスにNetflixでみた『この世界の片隅に』。
アメリカの若い人にたくさん見てもらいたいです。
でもうちの青年は腑に落ちない顔をしていた。背景がわかりづらいのかな。終戦のときに主人公のすずさんがなぜ怒っていたのかがわからなかったようです。
現在の、先が見えない不安はまるで大戦争のようです。
でももちろん戦争じゃないから、爆弾が降ってきたり、戦車がやってきたりしないぶん、まだぜんぜんいいよね。
きゃべつ消費しまくり。一人なので、ひとつ買うと来る日も来る日もキャベツを食べ続けなければならない。
1日2回キャベツを炒めて食べる。雨ニモマケズ風邪ニモマケズ。
レストランやバーが閉鎖されたバラードダウンタウン。がらーん。
タトゥーサロンやネイルサロン、美容院や床屋さんも知事命令にて今週から閉鎖。
2週間で再開されるのか。いったい何人の人が失業しているんだろうか。
がらーーーん。平日とはいえ午後4時です。早朝みたい。
レストランの中には椅子が積み上げられてました。
早いとこ平常に戻れるとよいのですが。
多くの人が心穏やかに過ごせるように、よい結果に早く着地するように。
2020/03/17
ドライブスルー夕日とアマビエちゃん
ついに、昨夜の知事命令で、州内のレストランやバーは店内での飲食提供を禁止されてしまいました。テイクアウトとデリバリーのみはOK。
シアトル有数の高級店Canlisも先週のうちから、今週からドライブスルーとデリバリーに切り替えると告知を出していて驚いたのだけど、さすがに先を見越していたんですね。
シアトルの外食産業はここ数年、街そのものの景気の良さを反映して次々に新しい店が増えていたのだけど。
これがひと月も続いたら、残っている店はきっと半分もないのでは…。閉鎖は現状3月末までの措置になっているけど、2週間だって個人経営の店にとってはつらすぎる。
毎日テイクアウトで地元ビジネスをサポートしたいけどこちらもそれどころの余裕はなくてごめんなさい。 余裕のある方はじゃんじゃん外食テイクアウト&デリバリー使ってあげてください!!
カフェで仕事もできないし、うちのリビングから見えるのはおもに隣の家の灰色の壁だけなので、また昨日とおなじ公園に。
公園の前に車を停めてドライブスルーで景色が眺められるので便利です。
ラップトップを持ってって、車のなかでオーシャンフロントの日光をあびながら仕事しようと思ったんだけど、やっぱり寒かった。
今日はそれでも昨日よりずっと暖かかったせいか(10度Cくらい)、 昨日より人がいて、芝生の上でピクニックしている家族や小さなグループもいくつかありました。
はーゴージャスな夕焼けでした。ずいぶん日が長くなった。日没は7時すぎ。
もうすぐ春分ですね。
まことに日本は絵師の国です。
わたしも描いてみました。疫病退散!
アマビエちゃんよろしく!
2020/03/16
本日の売り場情報と、アンビリーバブル
快晴のシアトルです。引き続きまだ寒い!3度C! 花が長持ちするけど。桜もひらきかけて、あれ?と迷っている感じです。ソメイヨシノはまだ。
近所の散歩、ちょっと足をのばしてみた。なぜか前庭に木馬が埋もれている家がありました。
快晴だけど歩いている人がほとんどなくて、不思議なほど静かな日曜日の住宅街。
しかし車で前を通ったら、Goodwillの不用品受付のドライブスルーには車の行列ができてて10台くらい並んでました。
みんな家にいて、することがないから断捨離にはげんでいるのでしょうか。
バラードのダウンタウンを午後3時くらいに車で通ったら、お店はみんな普通にあいてて、カフェやレストランもそこそこ、お客さんがはいってました。
あと、マリファナ屋さんは商売繁盛しているそうです。
みんな時間があって家にいるなら当然か!
卵を買いにスーパーのFredMeyerへ。むやみに出歩くなと息子に怒られる。だって卵が。
ゾンビ映画だったらたぶん2番めくらいに死ぬタイプですね、わたし。いらない紐とかひっぱったらゾンビが出てきてやられるタイプ。
きょうはそんなに混んでなかったので、慎重にほかの買い物客との距離をおきながらそそくさと広すぎる店内を物色。人をみたらコロナと思え。お互いに。ゴム手袋して買い物してる人もいた。わたしは入り口においてあるカート用の除菌ワイプを1枚とって、お守りのように握りしめていました。
今日の売り場情報。野菜や卵や果物や乳製品や肉などはごくふつうにありました。
トイレットペーパーはまだなし。漂白剤もサニタイザーもなし。ティッシュとキッチンペーパーは入荷してた。
そして食料品の棚が部分的にからっぽになっていて、軽くおどろきました。
「ハンバーガーヘルパー」(ひき肉に混ぜるだけのインスタントパスタ)が超品薄状態。
ふつうのパスタの棚もからっぽ。
あとはパスタソースともきれいになくなってる。
冷凍のピザやなんかも品薄でした。
CTちゃんは昨日トレジョに行ったら冷凍食品の棚が空っぽだったといってた。
手早くつくれて保存のきくものからはけているようです。みんな、野菜も食べよう。
みなさん、ロックダウンが来ると予想しているのか、自主的に籠もることを決めてるのか。2週間くらい買い物しなくてもいいように賢く多めに買っておくってことなんでしょうね。
うちは一人なので、パントリーに入ってるものでとりあえず全く外に出られなくなっても3週間くらいは食べていけると思う。でも食べざかりの子どもがいたら大変だなあ。
ちょっと広い景色が見たくて、近所のサンセット・ヒルというミニ公園の前に車をとめて日に当たる。すがすがしい。
ゼロ金利とか渡航禁止国とか毎日状況が変わりますね。
わたしのまわりにも、仕事に直接影響でてる人が増えてきた。
この騒ぎでマリファナとトイレットペーパーのほかに売れているのは銃だそうです。
ゾンビ来ないから!恐ろしいのはゾンビより人。恐怖心にかられた人。
昨日見終わったNetflixのシリーズ『Unbelievable』のマリーちゃんも、ゾンビより人のほが怖いといってました。
波乗り翻訳者ラウぴょんが教えてくれたこのシリーズ、すっごくよかったです!
自主隔離中で見るモノ探しているならおすすめ!
邦題は『アンビリーバブル たった一つの真実』
レイプの被害者と、連続レイプ犯を追うふたりの女性刑事の話。
実話にもとづいていて、舞台のひとつはワシントン州リンウッド。
ちょっとネタバレになります。
主人公のマリーちゃんは、虐待家庭で育ち、フォスター家庭を転々として、誰にも心から信頼を築けずに成長してしまった「難しい子」。彼女が自宅でレイプ被害にあって警察の捜査が始まるなか、まずフォスターペアレントが彼女の証言を疑い出し、警官に問い詰められて、被害は嘘だったという証言をしてしまう。
まわりの誰にも信じてもらず助けを求めることもできないマリーちゃんの、刻々と悪くなっていく日常が淡々と描かれて、ものすごく腹が立ってきます。
マリーちゃんの話だけだったらとてもつらいだけの話になっちゃうけど、コロラドの敏腕でバッドアスの二人の女性刑事の捜査劇と交互に話がすすんでいくので、救われる。二人のキャラクターが最高です。
人の話まったく聴いてない、理解してるつもりがぜんぜん相手のことを見てない、ということに、 善意のつもりの人ほど気づかないことが多い。わたし自身、身に覚えがあるあるある。
決して悪人ではない善意の大人たち、警官やフォスターペアレントやカウンセラーといった、人を助ける立場の大人たち、たぶんそのことに生きがいを感じている人たちが、圧倒的に無神経になれることだってある。
マリーちゃんみたいな子が昔、私のすぐ目の前にいた。よく考えると何人もいた。
誰かのことを理解したと思ったら、その瞬間に、それは大きな勘違いかもしれない、自分はなにか見えないメガネをかけちゃってないかどうか点検しなおさないとな、と思わされます。何ができるか考えるのはその後ですね。
2020/03/14
SUICIDE FOREST
ひな祭りの日、ニューヨークで、シアトル在住の歌人で文筆家でパフォーマーのあふひさんが出演する舞台をみてきました。
娘さんのHARUNA LEEさんが脚本・主演の母娘共演。
SUICIDE FOREST (自殺の森)というタイトルは、自殺の名所といわれる富士山の樹海のことです。
昨年ブルックリンの劇場での初演が好評で、ことしマンハッタンのオフブロードウェイの劇場での再演となりましたが、なんと昨年末にはニューヨーク・タイムズの劇評で「[The Best Theater of 2019(2019年のベスト舞台10)」に選ばれるという快挙もなしとげました。すごい。
舞台のあと初めてお会いしたHarunaちゃんは、お母様とおなじく華奢で繊細でイノセントな印象だけれど、意思がものすごく強くてまっすぐな感じの人(これもお母様と同じ)。
日本語の文化で生きる母と、アメリカ文化の中で育った娘のコミュニケーションギャップ。
従順な性的オブジェクトとしての役割をおしつけてくる社会。
その日本社会の何重にもかさなった、砂糖をまぶしたようなゆるやかでやんわりとした、でも強烈な圧力。
性的なはけぐちとして若い女の子を求めるサラリーマンも、会社のなかで強烈な抑圧の下にいるし、家族ともつながりをもてないでいる。
社会的なコンテクストと役割、アイデンティティ、セクシャリティ。
ぐちゃぐちゃしている社会の中で自分の居場所と生き方を模索する娘と、すぐそばにいるのに謎でありつづける母。
前半は日本的世界がコミカルでテンポのよい展開で描かれ、後半は急に暗い樹海の(ヤギたちがさまよう)世界から急に劇場の「いまここ」へ(観客席にも眩しいライトがあたり、観客はそわそわと自分の足元を見つめずにいられなくなる)、そして語り手Harunaちゃんの心の中へ、謎めいた母との対話へ、と、くるくると時空を超えながら、まじめな葛藤を明るくシャキシャキと描いた舞台でした。
要は女の子の成長の物語、なのだけれど、肉声で語られる100パーセント真摯な物語に引き込まれます。
そしてなんといっても実の母親が実の母親役で、しかもちょっとこの世のものならぬ空気をまとって登場する迫力。
実際はとてもキュートで蚊も殺さない感じのあふひさんなのだけど、舞台では優しい母から凄みのある怖い存在に急変してほんとうに怖い。暗闇で出会ったらトラウマになるレベル。
舞台のあとで本人は、あの怖さは監督(舞台監督も日系の若い女性)のキャラクターなのよ、と言ってましたが、母なるもののわけのわからない恐ろしさが、地の底から引き出されてる感じでした。
娘が母に感じるもの、求めるもの、共有するものは、息子と母との関係にあるのとはまたぜんぜん違うのだろうな。
うちも日本語文化のなかで生きる母がワンオペで運営してきた片親家庭で、子どもが二重のアイデンティティを持っていて、という面では立場が同じだけれど、娘と母って、息子よりもずっと難しそうです。
男の子はもっとずっと単純で、女の子の取り扱い説明書があるとしたらたぶん300ページくらいあるところ、男の子は3行くらいで済みそうな気がする。
ひな祭りの日は初日。観客は白人が圧倒的に多かった。オール日本人のキャストで、脚本も監督も日系の女性による舞台がニューヨークの観客に深く理解されてるのにもちょっと感動しました。
公演は3月21日までの予定だったのだけれど、COVIDの影響でブロードウェイの大きな劇場が閉鎖されたのを受けて、木曜日の夜で終演にしたそうです(´;ω;`)
10日前にはそんなことになるとは思わずのんきに観劇していたのですが。
最終日も満席で、とてもよい舞台になったとのことですが、本当に残念。
また再演のチャンスがありますように。Harunaちゃんはこれを機にテレビの仕事が入っているそうですが、今後の活躍も楽しみです。
2020/03/13
本日のシアトル市内の売り場状況とキャベツ炒め
今日のシアトルは一日雨でした。シアトルらしい、細かい雨。気温は3度C。まだ寒い。
天気予報では雪マークがついてたけど、市内はそこまでは冷え込みませんでした。
ホワイトハウスから非常事態宣言のでた金曜日。
シアトルでは市内の図書館が明日から全館、まる1か月閉鎖されることになりました。
バラードの映画館もしばらく閉館するそうです。
昨日も散歩以外ずっと家にいたので近所のお店パトロール。
TARGETは、トイレットペーパーはなかったけど、ワイプ(除菌じゃないやつ)は少しあり、「品薄につき、本日よりお客様お一人につき1点のみとさせていただきます」というお知らせが貼ってありました。
そのとなりのバラードマーケットには、まだトイレットペーパーがありましたよ。
サニタイザーはどちらにもなし。消毒用アルコールもまったくなし。いつになったら店頭に戻ってくるんだろう。
アマゾンでも、トイレットペーパーは80個入りのしか在庫がなくなってます。80個…。
うちにはまだ2週間分くらいはあるので買わないけど、来週になっても店頭に在庫が戻らなかったらちょっと心配になってくる。節約して使おう。
むかしむかし、石油ショックというものがあってのう。そのときも店頭からトイレットペーパーが消え、小学校では「トイレの紙は30センチ以上使わないようにしましょう」というお達しがあったのじゃよ。
スーパーの入り口には、ショッピングカートを消毒する部隊が配置されてました。
そして今日はお店が混んでいた。
いつもの金曜の夕方より少し混んでるくらい。紙以外の食品は品薄ではないし、みんなニコニコもしてないけど殺気立ってるわけでもなく、みなやや疲れた顔で、しかし落ち着いてお買い物をしていました。
思いのほか混んでいたので、売り場で人とすれ違うときにちょっと息をとめてみたりした(笑)。
歩いていける近所にお店があって日用品がなんでも苦労せずに手にはいるのが当たり前だと思って暮らしているなんて、まあなんて贅沢な生活を送っているのでしょう。
野菜やトイレットペーパーを買いにいったり、コーヒーを飲みに出かけたり、友人と集まったり、映画を見に行ったり、が当たり前にできてる毎日って、奇跡のように幸せな毎日ですよね。
ボストンへの往復の飛行機などでちょろちょろと読んでいた井上荒野さんの中編を読み終わりました。
私鉄沿線の商店街でお惣菜屋さんを営む、50代〜60代の3人の独身おばちゃんのお話。
井上荒野さん大好き。いい人なんだろうなーと思う。
登場人物に、底意地の悪い人は一人もでてこない。
若いときのようなベタベタの「ベストフレンドフォーエバー」を夢見る関係ではなく、お互いに期待せず、ある意味冷めた目で突き放すようでありながら、それなりにいたわりあい、心地良い距離を保って生きている、愉快なおばちゃんたち。それぞれちょっと残念な過去とつきあいつつ、おいしいものを食べて日々を楽しむ。
料理ができるっていいなー。わたしは料理は好きなほうではあるけど「得意」とまではいえなくて、記憶力が悪くてレシピが覚えられず、いまでも苦手意識のほうが強いです。
母のほうがだんぜん料理上手でした。片づけられない人だったけど、母。
「料理が得意な人にならなければ」という謎の焦りがあるのに、素材を手にとると次々にレシピが浮かんでくる域には達してなくて、アイデアの貧しさに冷や汗がでてくる。
なにを力んでいるんだろうか、自分(笑)。クックパッドがあってとりあえず助かってます。
3人がキャベツを前にメニューを相談している場面。
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「ロールキャベツもちょっと暑苦しいわねえ」
「カレー味にしたらどう?鶏、買ったんでしょう?挽かないで賽の目にして、ピーマンかなんかと包んで」
「コールスローは?鯵フライのつけあわせにもいいんじゃない」
「甘酢もいいよね、さっぱりしてて。唐辛子いれて、ちょっとぴりっとさせてさ」
「すぐ食べるんだったら、やっぱいちばんおいしいのはキャベツ炒めだよねえ」
「ああ、そうねえ、キャベツ炒め、わたしも大好き。バターで炒めてお醤油じゃっとかけて」
***
わたしもキャベツ炒めはバターに醤油が好き。かつをぶしを入れるのも好きです。
きょうはキャベツ炒めにしようかな。