2014/02/28

バラードの北欧博物館




Nordic Heritage Museum (ノルディック・ヘリテージ・ミュージアム)に行ってきました。

北欧タウン、バラードのご町内にある。うちから車で5分もかからなかった!

この界隈に4年半住んでいて、今まで行ったことがありませんでした。
住宅街の真ん中にぽつんとある建物。
あまりにほかに何もない場所なので、グーグルマップを何度も見直してしまいました。



昔は小学校だった、20世紀初頭建築の重厚な建物でした。




いきなり塀にバイキングが!   


こちらが正面入口でした。スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、アイスランドの5カ国からの移民の歴史を振り返り、功績をたたえ、北欧の芸術や文化を理解してもらおうという趣旨。

3階建ての建物に常設展示とアートギャラリーが入っていて、かなり充実の内容。


建物は地味ながら、なかなか活発に活動してるミュージアムです。
数年後にはバラードのダウンタウンに新しいビルを建てて転居すべく、ただいま資金集め中。もう土地は買ってあるそうです。




1階の展示『Dream of America』は、19世紀の北欧諸国の農民の厳しい暮らしの紹介から、船旅のようす、アメリカに着いてからのやっぱり厳しい暮らしのようすを立体展示。

アメリカに移民が押し寄せた19世紀、北欧の農村の生活の貧しさは、同じ時代の明治日本の、女工哀史の農村と同様。まだ社会保障もなにもない時代ですものね。

家畜小屋の片隅に作られた粗末な寝床の展示があって、説明には
「きみがもし10歳で、この時代に生まれていたら、他人の家の家畜小屋に住み込んで働かなくちゃいけなかったかもしれない」
なんていう感じのことが書いてあった(涙)。

新世界へ移民することだけが、食べるものにも事欠く貧しさから脱出する、唯一の望みだった。とはいえ何人もの子どもを連れて移民するのには、莫大な資金が必要。
貧しい農家の母の写真つきで、一家の希望を託して、子どもたちのうち何人かだけを送り出した家もあったのだ、というような説明があった(涙)。



片道切符を買って船に乗り込んでも、ぎゅうぎゅうづめの船倉での長旅は楽ではなかった、という展示。やっと着いたニューヨーク、エリス・アイランドの移民局も再現されてて臨場感が。

実際に移民たちが財産を詰めて渡ったトランクが積まれていて、しみじみしちゃいます。
以前に書いた、蓄音機を抱えて海を渡った花嫁の映画『Sweet Land』を思い出す。



バラード町に白人開拓者が入植したのは1852年からというから、シアトルの「パイオニア」たちとほとんど変わらない時期。当時はフィニーの丘もレッドシダーの大木がそびえる森にこんもり覆われていて、現在のバラードダウンタウンの裏にあるサーモン湾沿いに木材業が栄え、たちまちシアトルと並ぶ町に発展したそうです。

その後20世紀にシアトル市に合併するまでは、独立自治体の「バラード町」だった。
20世紀初頭の人口は、約1万人。



その頃のバラードダウンタウンの景色。仕立て屋さん、鍛冶屋さん、など、北欧の母国で身につけた技術で店を開いたパイオニアたちのライフストーリーが語られている。
移民一世の生涯は、どこの国の人のも、みんなドラマ。


 

シアトルのダウンタウンからバラードまで、市電も伸びてたんですね。
いまの14th Avenue NWのとこまで。いまも、まだ線路のきれはしが残ってます。
ずっと前にこれはなんだろうと思ったことがあった。



路面電車だけじゃなく、蒸気機関車だって来てました。
グレート・ノーザン鉄道の「バラード駅」が、今のバラード水門手前あたりに開通したのは1893年だそうです。

2階の展示は、バラードの2大産業だった木材産業と漁業が、それぞれ独立した部屋に展示されてます。

これはかなり念のいった展示で、面白かった。

19世紀後半にはレッドシダーを使った屋根のこけら(シングル)生産が主要産業になり、20世紀初頭には、こけら生産ではバラードが全米一だったんだそうだ。

こけらタウンだった名残は、バラード高校のイヤーブックの名前『シングルズ』に今でも残ってるんだそうです。



漁師のおじさんたち。いい写真ーーーー。

北欧の人たちはそれぞれ祖国に伝わる漁の歴史があるので、技術を持った移民がバラードの漁業の初期には活躍したようです。ハリバット、サーモン、タラなど、漁の手法によってそれぞれ得意分野があったらしい。

木材から漁業に産業の中心が移っていったのは、バラードの水門と運河が完成して、ピュージェット湾とユニオン湖〜ワシントン湖がつながったあたりから。
こけら産業の工場からは、水門と運河の完成で水位が上がってそれまで使っていた施設が使えなくなるという苦情もあったらしい。しかし時代の流れには逆らえず…。結局木材業が廃れるのと漁業の興隆とが入れ替わりだったみたいです。


漁師さんたちは運河ができて大喜び。今でもバラード橋のとこにある淡水の漁業基地ができて、本格的な産業になっていったとのこと。今でも、全米有数の漁船集団。

 ディスカバリーチャンネルの「Deadliest Catch」にもバラード発のカニ漁船が登場するけど、カニ漁がポピュラーになったのは50年代から。

あのカニ漁船の船長もノルウェーだったか北欧移民の末裔(3世かな?)で、昔のバラードダウンタウンは漁業グッズを売る店が並ぶ漁師の町だったのに、オサレになってしまった今のバラードは「何売ってんだかわかんねえ店ばっかり」とこぼしているのが何かの記事に載っていた。



3階には北欧5カ国それぞれの展示室がある。
廊下には模型のバイキング船。


2階は北欧工芸品と、特設展示のアートギャラリー。
ショップにはムーミンの本もありました。

イカした工芸品。

 ギャラリーでは北欧の若手ガラスアーティスト数名の展示が開催中でした。


私はまったく知らなかったんですが、毎年クリスマスにはこの博物館で工芸品セールをやるので、それはそれは大賑わいなんだと『ソイソース』編集長さんが教えてくださいました。




そのほかにも、2月には子ども向けの『長くつ下のピッピ』イベントがあったり、スモーガスボードと室内楽の夕べをやってたり、ほんとコミュニティに支えられてるらしい、活動的な博物館です。

1階にはウッドショップもあって、木工のクラスが開催中でした。


休憩スペースの家具も北欧らしさいっぱい。
コーヒーと紅茶が用意されてますが(寄付をお忘れなく)、この紅茶がとても懐かしいレモン味だった。

新しい博物館は2016年の完成を目指して活動中で、最近ますます若者タウン化しているバラードにふさわしく明るいモダンな建物になるらしいですが、この古い建物と手作り感あふれる展示も味わい深いですよ。いまのうちにぜひどうぞ。

場所や開館時間などはこちら!




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2 件のコメント:

  1. すごいね。1852年というとだいたい160年ほど前。日本もやっと近現代といわれて開国やらの時期。
    そう遠くない過去だねえ。

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  2. りょんさん、こんにちは!そうなんですよね!アメリカの西部劇の時代って、日本で攘夷だ開国だって大騒ぎだった頃。黒船で浦賀に行ったペリーと、西部で邪魔な原住民を居留地に押し込めて歯向かう場合はきれいさっぱり虐殺した陸軍と、だいたい同じような目線だったのかーと思います。まだ記憶が続いている、数世代前の過去ですね。ひいひいひいおじいちゃんくらいな時代。

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