2020/04/05

無人の街と「We Got This Seattle」


ご近所の家の垣根に「ご自由にどうぞ」とたくさん吊るされていた椿の枝。

ひと枝いただいて、よく洗ってからバスルームに。

いま花を買ったり飾ったりするのはためらわれてしまう。口にいれたり顔につけたりせず(普通しないけど)、触ったらよく手を洗って、と気をつかいます。

スカジットのチューリップ農家も大打撃を受けているそうです。おそらく出荷量が少ないためか、今年のチューリップは少し高めな感じ。お金持ちの方はどうか家中チューリップでどーんと飾ってあげてください。



桜も椿もいまが盛大な散りごろ。


シアトルのDowntown Seattle Associationという事業者団体が作ったビデオで、すっかり無人になったシアトルの街並みがみられます。

何度見てもいまだにとても本当とは思えなくて脳が驚く無人の街の光景に震えますが、ビデオは精一杯のポジティブな、「カムバックしたときはすごいから。それまで乗り切ろう」というメッセージ。





お店のウィンドウを覆う板の上にポジティブなメッセージが描かれているのにぐっとくる。<新しい日は、新しい強さと新しい考え方とともにやってくる>


シーホークスの大事な試合のときなどに、青い「12」の応援旗がかかげられるスペース・ニードルの上には、いまこの「#We Got This Seattle」という旗があげられてるそうです。まだ直接見たことはないけど。

「We got this Seattle」は、市長が選んだスローガン。

「We got this」はスポーツでよく使われるフレーズで、たとえば試合の残り時間がわずかで逆転負けしそうな場面なんかで、「大丈夫、乗り切ろう」「できるし」「やったろうぜ!」みたいなニュアンスで登場する感じ。



ご近所の窓辺にもかわいいメッセージが登場してます。

Cafe VitaはWe Got This Seattleブレンドのコーヒー豆も売り出してる。売上の一部は寄付されるそうです。

ニューヨークのハーレムなどでは相当治安が悪化しているらしくて胸が痛いけれど、シアトルはいまのところみんな落ち着いてしゅくしゅくと家にこもっている、静かな春です。


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2020/04/04

東京出身者のゆううつと、モヤモヤする件


ジェーン・スーさんの『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』。

波乗り翻訳者えりぴょんがずいぶん前に送ってきてくれた。

すごく面白かったです。一応念のためにいっておくとこの人は純粋日本人で、「音楽プロデューサー・作詞家・コラムニスト・ラジオパーソナリティ」。

短いエッセイを集めた短い文庫本。全部面白いけど、なかでも特に個人的にツボだったのが2編。

ひとつめは「東京生まれ東京育ちが地方出身者から授かる恩恵と浴びる毒」。

文京区で生まれ育ったスーさんが、地方から上京してきた女子たちが東京に挑みかかり、またたく間にシュッと綺麗になって東京をスクラップ&ビルドしていくさまを若干の恨み節を小出しにしつつ、さらっと綴る一篇。

「身近に東京があったからこそ、既存の流行を奪取し、塗り替え、牽引するようなパワーは持ち合わせていない。これがもっさい東京人の哀しみです」

わーかーるー!!

富山県富山市出身のCTちゃんは短大卒業後2年間都内の会社でOLをやってからアメリカに来て住み着いてしまった人ですが、なにかというと「ともぞうは東京の人だからわかんないと思うけどー」と、地方風を吹かせる。

いや、東京でいちばんもっさりしているのは東京の、しかもはじっこのほうで育った人だよ!

わたしはいちおう23区内ではあるけれど、私鉄沿線ののどかな郊外でのんべんだらりと育ったので、山手線内に実家があるような人よりもさらにさらに、東京というメガロポリスへの帰属意識が微妙にひねくれてるのよ。渋谷へも新宿へも電車で30分くらいで行ける距離で、都内の「盛り場」への行き方を知ってはいても、そこに自分がフィットしてない感はひしひしと感じ、そして何が何でも東京を自分のものにしてやるし!というエネルギーをわたしもわたしの友人たちも著しく欠いていたのでした。だってずっと目の前にあったし。東京を作っていくのは東京の外から来た人なんだよねー。









(これは去年5月末の銀座〜。昔もいまも完全アウェイな街。いつかまた木村屋であんぱんを食べたい。)




あともうひとつ、すごく感動したのが「パパ、アイラブユー。」という一篇。

未婚で子なし30代のスーさんが、友人たちのフェイスブック投稿を見ていて楽しそうな子どもたちの写真にモヤモヤする感情をいかに乗り越えたかという話です。

「友人知人が慈しむ子供の写真にネガティブな感情を抱くなんて、どう考えても問題があるのは私の心です。私は未婚で子供がいないから、子供のいる家庭を羨んでいるのでしょうか? しかし、毎日を比較的楽しく満ち足りて過ごしている自覚はあったので、そんな大雑把な理由でもないような気がしました。ではなぜ?
どうにも不愉快だったので、私はこの心のざわつきをつぶさに観察することにしました」

そして、ざわつかせる写真に一定のパターンがあることを発見する。それは、子供に対する父親の愛情があふれている写真ばかりだったというのです。

「これはちょっとしたホラーだった」とスーさんは書いてます。
「私の持っていない婚姻関係や親子関係をもつ同年代の友人知人に、嫉妬していたのではなかった。むしろ立ち位置は逆でした。私は、父親に世話をされている女児に嫉妬していました。なぜなら、子供時代にそんな風に可愛がられた覚えが、私にはなかったから」。

このざわつきの原因がわかったあとは、同じような写真を見てももう心が揺れることはなくなったそうです。

他人に対するとらえどころのないイヤな感情を、ここまで自力で内省できるってすごい。

これは認知行動療法そのものではないか。わたしは以前に書いたケイティのメソッドなどを使って、10年くらいかかって内省にだいぶ慣れてきたけど、揺れているさなかのときに自力で自分の感情と問題を冷静に切り分けるなんて、とてもできませんでした。

自分につっかえている問題をひとつひとつ解剖して日の当たるところにひっぱり出してみると、それ以上何もしなくても、嫌な気持ちがシューッと小さくなって消えてしまうんですよね。これは本当に化学式みたいに、どんな状況にでも適用できる法則。
でもたしかに、ホラーではある!石をひっくり返してみるととんでもない虫がでてくる感じ。

これはわたしが知る限り、他人に対するモヤモヤする嫌な感情を徹底的に始末するための、唯一の効果的な方法だと思います。

相手に消えてもらうのがまあ一番てっとり早いのだけど、たとえ一人消えたとしても、絶対に!また他に同じような人が続々と現れるんですよね。一匹みたら三十匹はいると思え、というあのアレみたいに。

そういうふうに私の前に現れる人たちは、修行というかプレゼントだと思うようになりました。

自分が絶対に正しいと思ってまわりのバカなひとたちにイライラしながら生活するのもそれが好きならいいけれど、相手よりも自分の反応をじーっと見ていくほうが絶対におもしろいと最近は思っています。だって他人は変えられないし、自分の感じ方が変わって行くのを見るのはおもしろいです。



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スタンドプレーと力関係



日本では「マスク2枚支給」からの突然の「各世帯30万円支給」が炎上していますが、アメリカの連邦政府も相当にあかんです。

きょう(4月3日金曜)の会見ではCDCの新しい推薦事項(いままでの方針と変わり)として全国民に布マスク着用を呼びかけながら「オレは着けないけどね。王様とか女王様とか独裁者とか…そういう人がマスク着けてるってヘンでしょ。着けたい人は着けたらいいんじゃないの。まあ役に立つかもしれないよね(意訳)」というようなことをモゴモゴいっていた大統領。

一日500人以上が亡くなっているニューヨークで数日内に人工呼吸器が足りなくなるのがもう目に見えているのに、緊急にほかの州や軍から呼吸器の在庫をさしむけるなんて介入をする気はさらさらなく、市長や州知事がちゃんと準備してなかったからでしょ、と真顔でいってのける。リアリティ番組の続きをこの緊急時にそのままやってる人です。

この人になにかとんでもない夢を描いている人たちが徹底的に目覚めるようにどん底まで失敗してほしいなんて一瞬呪ってしまいそうになるけど、それは恐ろしい数の犠牲者を意味するし、まさにアメリカの最期。うわーん。

1世紀前のこの頃、世界の中心はまだロンドンでした。英国はそれ以降ゆっくり沈んでゆき、かわりにアメリカが登場してきた。あとの世から振り返ると、このパンデミックはあれが米国の没落のはじまりだったね、ていう転換点だったりするのかも。かわりに浮上するのは中国かロシアなのか。



WCVBのサイトより。

マサチューセッツ州では、州が中国に直接120万枚のN95マスクを買い付け、NFLチーム「ニューイングランド・ペイトリオッツ」の専用ジャンボ機を飛ばして中国から直輸入してましたよ。 先に300万枚のマスクを輸入しようとしたところ、ニューヨークの税関で取り上げられてしまい、ではクリエイティブな方法でやるしかない、と、NFLチームのオーナー、中国大使、州のCOVID対応センターなどとの連携で、今回のはこびとなったんだそうです。「地上の星」が聴こえてきそうな話だ(古いね)。

連邦政府がのらくらしている間に、すごい機動力。すごいスピード。そしてこの力関係がほんとうにわけわからなくて面白い。

トランプはこういうスタンドプレーで注目集めたりするのが大好きだから、きっとこれを聞いてさぞ悔しがっていることでしょう。今回の危機で自分の手腕がまったく評価されていない(一部のコアなファンを除き)ことにヒリヒリしてるのだろうから。

アメリカでほんとに感心するのは、地方政府、とくに州知事と市長(mayor)がそれぞれかなりの権限をもっていて、まさに「自治体」であること。

日本のように、学校の教育内容まで国の政府が一律に決めるというのは考えられず、市町村・郡単位での自治、州単位での自治が徹底してる。そういう自治政府と連邦政府がすごくダイナミックに働きあってて、ときには真っ向から対決しあっている(憲法にもとづいてお互いを訴えたりする)のはとても面白い。こういうパワーバランスが政治に緊張を生んでいるんだな、と思わされます。

だから州によっても自治体によっても、えっ同じ国ですか?と目をうたがうほど、政策も信条も価値観もまったく違う。これがアメリカの底力なんだな、とよく感心します。良いことばかりでもないんだけど、もちろん。
なので州知事も市長もそれぞれかなりキャラが立ってて面白い政治家が多いです。


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2020/04/03

ロックダウン延長から長期戦へ



これでもか!の桜。意外と今週は、お天気よかったですねー。

ヒョウが降ったりしたので、今年の桜の満開時期は短かった。シアトルは夜の気温が低いので、例年なら2週間は余裕で花がもつのだけど、今年は満開になったらすぐ散っちゃった。いまはソメイヨシノが散り始めてますます豪華です。

シアトルで在宅勤務中の友人たちのLINEグループでは「きょうも無駄に天気いいねー」とうめき声があがっておりました。

そしてやはり、ワシントン州の「Stay Home, Stay Healthy」令は、正式に5月4日まで延びましたー。小出しにしてくるよね。

ロックダウンを始めたのがすこし遅かったハワイ州は最初から4月末まで、1ヶ月以上というアナウンスで、おおー思い切ったなイゲ知事、と思っていました。

5月に世の中がどんなことになっているのかわかりませんが、いずれにしてももはや、もと通りの生活がすぐに戻ってくるとはまったく思えません。長丁場です。もういたしかたないから、むしろ変化に前向きに期待していくしかないですね。

ものの3週間で、生活様式もすっかり変わってしまいました。社会習慣ってこんなにすぐに変わるものなんだというのが、一番の驚きかも。わたしたちって意外に順応が速い。

生きてる間にこんな圧倒的な変化を目の当たりにするとはおもわなかったので、いまこの時代に生きてるっていうことは幸運といえなくもない。

でも、新しいレストランがたくさんできて、新しいビルが次々に建って、人が多くなって道路の渋滞がますますひどくなるってみんなが文句を言ってた1か月前までのシアトルが、それにニューヨークやパリやローマがふつうに賑わってた世界が突然懐かしくなって涙でそうになる。

また握手したりハグしたりがふつうになるのはいつのことか。そういう日がそもそも来るのか。こんなにあっという間にノーマルになったソーシャルディスタンスが終わるタイミングがいつ来るのか、どんなふうに来るのか、興味深いですね。

ビル・ゲイツさんは、きょうのCBSのインタビューでとにかくワクチンが出来るまでは集団でなにかするのはナシじゃないかと言ってましたが、そしたら9月に始まるフットボールシーズンも無観客ってことになるのか。チケット売らないでNFLは成り立つのか。

飲食店の営業も、コンサートや演劇も、再開するときにはいままでとは違った形で始まるのでしょうね。思いもよらないビジネスモデルが出てくるのかも。






きのう(水曜日)のグリーンレイク。
それほど混雑はしていなかったけど、クルマを降りないで窓から眺めるだけにしました。
花びらがひらひら飛んできて、のどかだった。

住宅街を歩いているだけだとただただのどかな春で、まるで生活が変わっていないように錯覚してしまいます。




ひさびさに使ってみたiPhoneのポートレートモード、ちょっとわざとらしいフォーカスだった。

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2020/04/01

ノグチさんの庭


ニューヨークのクイーンズにあるイサム・ノグチ財団 庭園美術館

ニューヨーク滞在最終日、3月4日にいきました。マンハッタンから地下鉄乗り継いで40分くらい、さらに駅から徒歩20分くらい。けっこうな遠足です。川をはさんですぐ目の前にマンハッタンが見えているのに。

少しお腹がすいたので、駅の近くのベーグル屋さんで、サンドライトマト入りクリームチーズをはさんだベーグルを買って、食べながら歩きました。いままで食べたなかで一番おいしいベーグルだった。





建材屋さんやガレージなどが多い、インダストリアルで殺風景な地区のはずれにぽつんと美術館があります。

ハワイでいったらひと昔前のカカアコ地区そっくり。 東京だったら(昔の)江戸川区とか。江戸川区の葛西のあたりにむかしうちの父が仕事をしていた自動車ディーラーがあった。その当時の葛西と似た雰囲気で、ちょっとなつかしかった。



印刷工場とガソリンスタンドだった建物を改造したミュージアムです。

「美しい場を創るとそこに住む人の心が変わり、地域全体が良くなるというイサム・ノグチ(1904-1988)の考えによって見事な芸術空間へと変貌致しました」と、イサム・ノグチ財団のサイトに書かれています。

入館料は10ドルなんだけど、65歳以上はシニア割引で5ドル。シニアは5ドルなのねー、と何気なくいったら、受付の若い男の子が「シニアですか?」とその割引を適用してくれようとしてかなりむっとした。喧嘩売ってんのか。

そのまま割引してもらえばよかったな、ふん。 




一見こぢんまりしているのだけど、かなり見ごたえがありました。
工場だった無機質なスペースに配されてる作品たち。

イサム・ノグチさんの作品は、あちこちでモニュメント的にかざられてるのを見てきたけれど(シアトルではアジア美術館の前の「黒い太陽」が有名です)、回顧展に行ったことはなく、まとめて作品をみたのは初めて。

年代のちがう作品をいくつも見ると、はじめて、ああこの人はこういうことがしたかったんだなー、というのがやっとわかってくるものですね。

正直、いままで抽象彫刻ってあんまり何がしたいのかわからなかったんだけど、この美術館に行ってはじめて、石のテクスチャや、その表面をみがいたり削ったりしてできるかたちやボリュームへの偏愛が、感覚として理解できた気がします。



この庭がほんとうに素敵な場所でした。

殺風景な軽工業エリアに囲まれていながら、このうえなく清々しい場所です。

快晴で風がそよそよ吹いてて、ロビンや鳩がずっと樹の上で啼いていて、竹の植え込みの横のところのベンチで座っていると竹の葉がさらさら鳴って、本当に気持ちよくて、不思議なほどすこーんと清浄なかんじのする場所でした。

日が暮れるまで座っていたかった。

イザベラさんの庭とおなじく、ここもあの世に近い場所な気がしました。


イザベラさんちとはまた趣きが違い、ずっと静かで密度が濃くて、ダイレクトになにかにつながっているみたいな。
うちの青年もここで軽く瞑想したらちょっとおもしろいビジョンが来たといっていた。

あとでドーセントの人に聞いたら、この庭の隅にイサム・ノグチさんの遺灰が!ひっそり埋められているのだそうです! 半分はここに、あと半分は四国の仕事場だった場所に。あああ、なるほどー、と思いました。

ベンチに座って目を閉じていたら、すっと、なにか、誰か、がすぐ後ろに立ったような気がしたんですよー、ほんとに。それが全然イヤな感じはしなくて。



無料ツアーに参加したら、なんとほかに参加者はなく、親子二人のみの貸し切りツアー。
とても親切なドーセントさんでした。

初期のころのイサム・ノグチさんは、ダダの彫刻家ハンス・アルプの影響をつよく受けていたそうです。アルプは日本の伝統にとても関心を持っていた人。

これは参加型の「組み立て式彫刻」。ベニヤでつくった模型を組み立ててみましょうというもの。


こんなかわいらしいのもあった。


 

和紙の灯りと一緒に展示されていました。この部屋には畳もあって、おひるねしたくなる(ちょっと横になってみた)。とにかくくつろげる美術館です。

カフェも良い。ノグチさんの灰が埋まっているというコーナーの、すぐ目の前の窓辺でお茶をいただきました。コブシの木に花が咲き始めていた。

日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれ、日本とアメリカで教育を受けたノグチさんは、日本の伝統デザインの美意識を、日本人の多くが意識していなかった時代に鋭く取り出して、美術やデザインのコンテクストの中に織り込んだ開拓者。

彫刻だけでなく、有名なあかりのデザインや、灰皿のような小さなものから児童遊園まで、環境にかかわるいろいろなデザインを手がけたノグチさんですが、第二次大戦中は米国本土の日本人と一緒に、自主的に収容所に入ったのだとか。

収容所内で文化的なリーダーになる心づもりだったようだけれど、収容者たちとも、管理側ともうまく意思の疎通ができず、結局また出てきたのだそうです。


日本では当たり前すぎてクールではなかったものを取り出してみられたのは、アウトサイダーの視点があったから。でも収容所のエピソードが物語るように、日米どちらの文化にも完全に属していないということは、20世紀なかばには現代とは比較にならないほど孤独なことだったのだろうな、想像もおよばないけれど。



館内でこれだけは触ってもよいことになっている作品。これは既製のパイプ部品をくみあわせてつくったものだそうです。



このような用途にも使える。

左側のでこぼこした壁や、奇妙なかたちの木の椅子は60年代にダンサーとのコラボで手がけた舞台美術の一部。

月に何度か、このスペースでノグチさんの作品を使ったダンスパフォーマンスが開催されているそうです。

しかしもちろん、現在は閉館中。
あのドーセントさん、いまどうしているだろうか。

本当に平和で幸せで贅沢な一日であった。

はやくそんな日常が、全世界に帰ってきますように。




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きょうの行列と国勢調査の翻訳


きのうの月と桜。
きょうは雹が降りました。東京でも数日前、雪が降ったとか。桜の季節の雪は珍しい。
今年はほんとうにいろいろ、特殊な年。



朝のうちのほうが空いてると思って殊勝にも9時台に買い物に行ったら、トレーダージョーズの前の行列が長かった。10分くらいで入れましたが、寒かった。

朝のうちって意外に混んでいます。

地元チェーンのバラードマーケットでも入店制限を始め、スマートフォンで入店申し込みをして順番待ちをするシステムを導入したそうです。
店内に一度に入る人数は35人くらいで、待ち時間は10分か15分程度だとサイトにありました。スマートフォンを持っていない人は入り口の係の人がアシストしてくれるとか。

先週行ったときには、感染防止対策としてレジの前にアクリル板が立てられていました。



ビタミン摂取。ひとりだとご飯が適当になりすぎる。


晴れたり曇ったり降ったり晴れたり。またサンセットヒルのミニ公園へ。
ちょうど大きな雲がかかってきて、雨脚がやってくるのが見えました。


そして雹が降り始めました。

ところでCensus(国勢調査)の紙が来てたのをほっぽらかしていたのを思い出して、ようやくさっきオンラインで回答しました。

なんとー!日本語のバージョンがあってびっくり。

英語のほか12カ国語版があって、スペイン語、中国語(簡体)、ベトナム語、韓国語、ロシア語、アラビア語、タガログ語、ポーランド語、フランス語、ハイチアンクレオール、ポルトガル語、そして日本語です。

これって人口比率にあわせてるのかな。どういう基準で言語を選んでいるのか興味しんしん。


そしてどこの業者が請け負ってるのかな(L社かなー、B社かなー)。
訳文のクオリティはー、と、職業柄ちょっとチェックしたくなってしまいます。
さすがに誤訳やタイポは見なかったけど、説明の訳にはちょっとだけ残念な表現も。

揚げ足とるほどじゃないんですけど、ちょっとほっこりしたのが、「どんな人を居住者として数えるか」についての説明のなかにあった表現。

「2箇所以上の場所で生活している人は、たいてい寝る場所で人数を数えます。」
お住まいを転々としている人は、2020年4月1日に住んでいる場所で数えます。 」

という表現。お住まいをテンテンとしている人……。
 
日本語のスーパー上手なガイジンさんが敬語を使っている感じの表現が散見されました。
「只今ご回答を送信してもよろしいですか?」ていうのもね。

次回の国勢調査のときには、きっと36ヶ国語対応くらいになって全部機械翻訳になってるんでしょうね。ていうかそのときにも国勢調査があればの話だけど。ていうか米国が分裂してたりね。


これも昨日の花吹雪。雹でずいぶん散ってしまったのではないかな。明日の散歩がたのしみです。

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2020/03/30

グッゲンハイム美術館


ニューヨークのグッゲンハイム美術館。3月2日にうちの青年と行きました。

その時は、3週間後にニューヨークが無人の街になるとは誰も思ってもみませんでした。

いったいいつ再オープンするのかまったくわからない状況ですが、美術館のサイトでバーチャルツアーやコレクションを見ることができます。

こちらはウェブサイトより。「家にいながらグッゲンハイムを訪ねよう」のページ。

ZOOMを使った子ども向けの美術クラスやツアーも毎日のように提供しています。(有料、一家族25ドル〜)。
子どもと一緒に家にいて困り果てている全米のお父さんお母さんには利用しがいのあるリソースかもしれません。



わたしもこのとき初めて行った。フランク・ロイド・ライト設計の有名なうず巻きビル、世界遺産にも登録されているのだそうですね。知りませんでした。






シアトルの中央図書館を設計したレム・コールハースさんが企画デザインした展覧会「Countryside, The Future」が展示中でした。

アートの展覧会ではなくて、  「いなか」と未来がテーマの企画展。
米国だけでなく、世界各地の「いなか」で何が起きているか、森林破壊、気候変動、農業のハイテク化など、現在の文明がもつ問題の多くをデータやピクトグラムや写真やインタラクティブな展示をとおして見せるもの。

あまりに膨大な情報なので、正直、半分くらい流してみただけでもおなかいっぱいになってしまいました。



うちの青年は主に建物に感動してて、展示はあんまり見てませんでした。



横っちょにある別の展示室の展覧会もとても面白かったです。
図書室、ほかの展示室や、廊下のまんなかにあるトイレなど、探さないと見つからないようなフィーチャーがたくさんある。オーガニックな建物。


小展示室のひとつでやっていた「Marking Time: Process in Minimal Abstraction」 。
ミニマリズムの抽象絵画を集めた展示。

これは 韓国のアーティスト、朴栖甫(パク・ソポ)さんの1973年の作品。

油彩絵具の上に、鉛筆で隙間なくびっしりと、強い均質なストロークで線が描かれている。
「自分を完全にカラにして、自分の思考や感情を示すような表現をかけらもしないようにしなければならなかった」というアーティストの言葉が解説に書いてありました。

どういう修行やねん。と思わずにいられないのですが、しかし、そうやって気の遠くなるような作業のはてに生まれた「思考も感情も語らない作品」は、とっても存在感があって、すがすがしい。


それに有機的なかんじを受けました。ニットのセーターみたい。
思考や感情を排除しようとしているからこそ、アーティストの身体性や体温のようなものがなまなましく伝わってくるかんじです。

ミニマリズムの作品はいままで、頭でっかちで取り付きにくい気難しい人のように思っておおむね避けていたのですが、このときにみた作品はどれもかなり好きだった。


別の階でやっていた「The Fullness of Color: 1960s Painting」。

バーチャルツアーはもちろん素晴らしいフィーチャーなのですが、実際にその場で向かい合って作品をみるのと映像で見るのには、ケーキの絵を見るのと実際に食べるのくらいの違いがあります。

はやく全世界の美術館がまた再オープンできますように。

ニューヨークがはやく生き返りますように。




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