2019/11/09

イザベラさんの庭で


ときどき、自分がもう死んでいるんではないかと思うことがある。

ボストンで絶対行きたかった場所のひとつ、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館。ここでもそんな思いをしました。


イタリアン・ルネッサンス様式(19世紀末〜20世紀の建築なのでリバイバルというべきなのだろうけど)の緑ゆたかな中庭。

とぽとぽと小さな噴水の水音もして、大輪の菊の花と熱帯の花が咲く中に、とつぜん美しいソプラノが流れてくる。

はい?ここはあの世ですか?と思うほどの、尋常ではない美しさ。
ありがたやありがたや。なんだこれ。



中庭で突如はじまり、突如終わった歌の一幕。うちの息子と「いったいこれは何だろう」 と言いあっていると、黒と金が鮮やかなキモノをアレンジした衣装に身をつつんだ歌い手がしずしずと息子にむかってやってきて、
「あなたに音楽の贈りものをさしあげたいのですが、受け取っていただけますか」と言う。

台湾のアーティスト、リー・ミンウェイさんのSonic Blossom』というインスタレーション作品なのでした。

ふたりの歌手がかわるがわる、中庭をぶらぶらしている観客を選んで唐突に「音楽のおくりもの」を申し出て、観客がOKすれば(たいていする)、中庭の真ん中に特別にしつらえられた椅子に案内され、 シューベルトの歌曲をプレゼントするという、そういう作品。




特別席に案内される青年。なんか渋谷にいる兄ちゃんみたいだな。

この小柄な歌手の方、ヘアスタイルは刈り上げで90年代ロックバンドのボーカルのようなんだけど、ほんとにこの世のものとは思えないほど素敵な声で、最初は録音なのだと思った。(伴奏のピアノは録音でした)



この世のものとは思えない庭で、とくべつな椅子に案内されて、この世のものならぬ歌を贈られたうちの息子は、この世ならぬ経験をしたようです。

ミンウェイさんの、この作品についてのアーティスト・ステートメントには、お母さんが手術を受けて入院していたときに、唐突にどこかから聴こえてきたシューベルトの歌曲に言い尽くせないほどの癒やしを感じた、とあった。

「老い」や「死」が、抽象的なものではなくて現実として突然目の前にあらわれるという体験を経て、この作品をつくったという。

ああー。このうちの息子がこのおくりものをもらったのは偶然じゃないのね。

この青年も、本人はまあ言わないけど、去年の暮れから今年にかけてわたしが入院したりしていたときに、ずっとそんな経験をしてて、今もし続けてるんですよ。

「シューベルトの歌曲のように、私たちの生涯もごく短い。でもだからこそ、さらに美しいのです」とミンウェイさんのステートメント。



曲は、「Du bist die Ruh(あなたはわが憩い)」、D776。


熱帯植物やコーニスや大きな菊の花が配されていて、真ん中にはイタリアの遺跡から運ばれてきたというメデューサのモザイクがあり、イタリアふうの噴水がある。

ほんとうの折衷主義だけどとても落ち着いている、不思議な庭。



このあとこの青年は、しばらくの間、頭があの世に行ってしまったらしく、何を見ても何も頭に入らなかったそうです。

このインスタレーション作品はNYCのMETとか、あちこちの美術館などで行われてきたけれど、ここの美術館では今ずっと継続的に進行中。これほど作品に合った場所、場所に合った作品はめったにないのではないかと思います。


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2 件のコメント:

  1. あなたはわが憩い
    良い歌声

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    1. spiderちゃん、でしょ。ほんとに素敵な声でした。

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