2019/11/15

イザベラさんの館と盗難事件


とほうもないお金が転がりこんできたら、何に使います?

世界を旅して、大好きな美術品を買い集めて、それを展示する美術館兼住居を建て、それがコミュニティの文化の中心として育っていくのを見届ける、という、もう羨ましいとかそういうレベルじゃない人生を歩んだのが、イザベラ・スチュワート・ガードナーさん。

スーパーリッチ階級の令嬢として1840年にニューヨークシティで生まれ、パリで教育を受けたイザベラさんは、ボストン出身のガードナーさんと知り合って結婚したあと、幼い息子をなくし、しかも流産して子どもが望めなくなるという悲劇にみまわれます。

で、うつ状態になった彼女の健康を取り戻そうと旦那さんがヨーロッパ旅行に連れ出し、なんと1年間も旅行しているうちにすっかり元気になって、社交界の華にかえり咲いたそうです。

51歳のときに父の莫大な遺産を相続したあと、ヨーロッパの美術品をどっさり買い集めて、徐々に美術館建設を構想。

夫が急死したあともそのプロジェクトに取り組み、ちょうど19世紀の終わりに4階建ての壮麗なベネツィアふうの館を建てて、20世紀になったばかりの1903年に美術館としてオープン。

いまもその館がボストンの重要な美術館でありつづけてます。

4階は生前、イザベラさんの居室であったそうです。



「PALACE」と呼ばれるこの旧館は、オープン当時とおなじく1階から3階までが美術館になっていて、それぞれテーマの違う部屋が各階4〜6室くらいあり、ルネッサンス時代の貴族の居室のようなかっこうで、家具やタペストリや絵画やその他いろいろなものが飾られてます。



悪魔を踏みつける大天使ミカエルさん。


天秤に乗っているこの白い人はなんだろう。泣いている。


心惹かれたタペストリ。巨大昆虫が飛ぶ庭を、かたつむり的なドラゴンにのって散歩する人。なんだろうこの人。
 
わりあいに暗めで、ほんとうにいろんなものがいっしょくたに飾られているので、思いがけない大家の作品がさりげなさすぎる隅のほうにひょいっとあったりしてびっくりする。



ルーベンスだよ。

また例によって何も下調べをせずに行ったので、この「オランダの間」にあったこのからっぽの額縁を見て…
 

…ん?貸出中なのかな?と思ってしまったのですが、これはなんと、盗難にあった絵画だったのでした。

1990年3月18日の深夜、警官をよそおった男2名が押し入り、警備員を縛って、レンブラント3点、フェルメール1点、そのほかドガやマネの作品含む全部で13点を奪って逃げた。という、超有名な事件だそうです。

そういえば、うっすらどこかで聞いたこともあったような。

13点の美術品のゆくえはいまだに不明で、13点ぜんぶの無傷のリカバリーにつながる情報には、1,000万ドルの報奨金が提供されてます!


あっ!ボッティチェリだ!

この聖母もかわいいですねぇ。ウフィツィ美術館にあった、師匠フィリッポ・リッピの聖母像ととっても似た感じ。

なにも知らずに出かけるというのは、「えっそうなの!」「あっこんな作品が!」という出会いの驚きがあって楽しいんですが、メジャーななにかを見逃すという危険もあります。

ここに収蔵されてる中でいちばんの有名作品はティツィアーノの「エウロペの誘拐」だそうですが、すーっと見てスルーしちゃってて、記憶に残ってません。


こちらは1階の小さな書斎のようなおもむきの部屋「黄色の間」。いろんなものがところせましと飾られているなかで存在感を放っていた、マティスの絵。


こちらは半屋外の「スペイン回廊」にある、ジョン・シンガー・サージェントの作品『エル・ハレオ』。ドラマチックです。

湿気とか大丈夫なの、とちょっと心配になるようなセッティング。もちろん厳重に管理されてるのでしょうが。

この回廊に貼ってあったスペインかポルトガル製のタイルも素敵だった。

サージェントはイザベラさんと親交が深く、イザベラさんの肖像画も描いてるし、招かれてこの美術館内で制作をしてこともある。


サージェントによるイザベラさんの肖像、1888年制作。

サージェントはアメリカ人だけど、生まれ育ちはフィレンツェ! 

イタリアとパリで教育を受けて、パリとロンドンを活躍の場として、生涯のほとんどをヨーロッパで過ごした、いわば「米系2世」のヨーロッパ人です。

ボストンに縁が深く、アメリカ初の個展はボストンで開催し、図書館とボストン美術館で壁画を制作してる。最初にボストンとニューヨークに渡ったのは、このイザベラさんの肖像を含む20ほどの肖像画制作のためだったそうです。

画家にむかって絵がうまいっていうのもなんだけど、この人ってほんとに絵がうまいなあ、と思う。

肖像画で有名な人だけど、この人の描く肖像画はほんとうにいきいきしていて躍動感があって、品格があって、しかも嘘くさくなくて、美しい。当時ひっぱりだこの人気作家だったのもうなずけます。


サージェントの水彩画もいくつか展示されていました。風景画も超うまい〜!
この一番上のは、ヴェネツィアの風景をさらさらっと描いた水彩画。いいなあ。
晩年は肖像画制作の看板をおろして、風景画に没頭していたようです。

この人は、印象派の画家たちやピカソとかマティスとかのように芸術の新潮流を切りひらいていったアーティストではなくて、むしろ職人的にもくもくと仕事をして自分の知っている美の世界を深く追求していった人で、だから当然、先端のアーティストにや評論家には時代おくれとしてバカにされたりもしたのだけど、それはそれとして、私はとても好きです。



旧館の外には小さな庭もあり。

そして2012年にオープンしたばかりの新館は、なんとレンゾ・ピアノさんの設計だった。
(たった今知りました…。)

最近よく遭遇するピアノの建物。去年たまたま行ったらすごかった、ヒューストンのザ・メニル・コレクションの本館もピアノ設計だった。

こちらも素敵な建物でした。モダンだけど明るくて空気が軽くて、優雅な旧館との違和感を感じさせないのがすごい。

美術館のウェブサイトより

新館ではコンテンポラリーアートの展示がありました。
定期的にコンサートもひらかれているようです。こんなん近所にあったらいいな。


ちょうど閉まる直前にカフェにすべりこみ、コーヒーを頼んだら、こんなかわいいポットにはいってきた。


小さな温室も併設されています。フワフワなサボテンもありました。

あの世のように綺麗な庭といろんな時代の綺麗なものを眺めつつ、この世の幸せをつくづく感じられる美術館でした。ああ幸せ。イザベラさんありがとう。

レンブラントとフェルメールが見つかるといいですね。

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