2021/12/20

ぜいたく貧乏

 



Sさんからお借りしている森茉莉の『贅沢貧乏』を読みました。

とっくに読んでいたはずだったのに、実は読んでいなかった数多い本のひとつです。10代後半のころ、読まくちゃと思っていたのに。どうして読まなかったんだろう?

文豪・鷗外の愛娘であり、かつては髪を洗うのさえお手伝いさんにやってもらっていたご令嬢であった茉莉さんが、風呂もなく台所も共同の安アパートに住みながら、圧倒的な美意識でもって「豪華の空気」をつくりだし、そのなかで陶酔の日々を送る生活を描いた、すさまじいエッセイです。

 痰を吐き散らかしパンツ一丁であるきまわる同宿の住人たちに怒りつつ、ほかの人の目から見ればたんなる安アパートの貧寒な部屋のなかで、うっとりとして、かつて遊んだ巴里、ヨーロッパの幻と、華麗にかがやく美の世界に住む「魔利」さん。

魔利は、魔利を取り囲むもろもろの物象の中に横たわり、朝の光、睡りを誘い出す午後の明るさ、夜の灯火の、罪悪的な澱み、それぞれの中で、花と硝子と、菫を浮かべて白く光る陶器。壁の、ボッティチェリ、ルッソオの画に目を止め、陶酔の時刻(とき)をおくっているのだが、もし魔利が陶酔しているのだということを人が知ったら、その人間は(何処が陶酔?)と失笑し、しかる後おもむろに魔利の顔をみて、魔利の精神状態に懐疑を抱くに違いない。
(8P )

 




昭和の世の東京で、小金持ちたちが住む「貧乏臭い新興階級の、読みもしない本棚、手品師の布のような紅い絨毯」にかこまれた「空虚な空間」を忌み嫌う茉莉さん。

「ぼこついた」「番茶で染めたような色の」畳の部屋に、「進駐軍払い下げ」の、「薄汚れた、ニスを塗った木製の寝台」を美しくしつらえ、「空壜の一つ、鉛筆一本、石鹸一つの色にも、絶対こうでなくてはならぬという鉄則によって」選びぬいた自分だけの夢の空間をつくりだす。



 

自分の美意識にふてぶてしいまでの自負を持ち、空き壜や空の色に恍惚とし、ボッティチェリの色あせた複製画のなかに光り輝く春の色彩と洗練を幻視する。

美とそのまぼろしにひたる喜びは、まじりけのない幸せです。

それを描写する茉莉さんの美しい言葉を読んでいると、幸福感が伝染してきます。


自分のものさしをしっかり持っていること、感覚に正直でいることの強さ。

ひとのものさしで自分を測って、一喜一憂しない強さ。

茉莉さんにはとても及びはつかないものの、見習いたいものです。



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