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2021/10/12

「アンノン族」の時代から来た言葉


なんだかわからないけれどとても綺麗な赤い実。なんだろう。秋の色は本当に鮮やかで目が驚きます。

断捨離をじわじわと進めていますが、本棚はほぼ、アンタッチャブル。

とくに海外にいると、読みたい本があればいつでもBook Offやツタヤに行って買うというわけにもいかないので、日本に行くたびにいったいいつ読むんだと自分でもツッコミをいれるほど本を買い込み、「いつか読みたくなるときのために」ため込んでいました。

引っ越しなどの機会があるごとに、かなりバッサリと本を処分してきたけれど、やがてまた積もるように積ん読本がたまり、棚からあふれていきます。

しまっておいても「いつか着る」機会がやってくることはほぼない服とは違って、本の場合には「いつか読みたくなるとき」が実際にとつぜん巡ってくることがあるので、断捨離の原則はやっぱり本には当てはまりません。

先日はアシモフの『ファウンデーション』が本棚にあって本当によかったなと思ったし、今はなぜかドストエフスキーの『罪と罰』を生まれて初めて読んでいます。『罪と罰』は、きっと10年くらい前に、いつか読みたくなるはずだと思って買ってきたんだと思う。決してそれほど読書家ではないのに、本を持っているのが好き。

頻繁に読み返す本は多くないけれど、本棚に置いておきたいと感じる本の中には、なにか自分に必要なものが確実に潜んでいるようです。

この熊井明子さんのエッセイ集もそんな本のひとつでしたが、つい最近読み返してみて、いろいろと驚くことがありました。



熊井明子さんは、映画監督の故・熊井啓さんの奥様で、1970年代はじめ頃からエッセイストとして活躍されている方です。

わたしは小学生のときから、『私の部屋』という雑誌に連載されていた熊井さんのエッセイの大ファンでした。

『夢もようのタピスリー』は、1977年から79年に雑誌「ノンノ」に連載されていたエッセイを集めたものです。

「アンノン族」という言葉がはやったころ。

「ノンノ」や「an・an」などの記事にインスパイアされて、ロマンチックな風景を求めて旅に出る若い女性たちが爆増して、「アンノン族」と呼ばれたのでした。そのお嬢さんたちの需要にこたえて、軽井沢や清里をはじめ、日本のあちこちの観光地がメルヘンな町並みに変わってしまうほどのパワーがあったころでした。

熊井さんご自身は1940年うまれ。うちの母とほぼ同じ、戦後第一世代。小学校のはじめから、戦後に一新された教育を受けた最初の世代ですね。

1970年代には30代だった熊井さんは、アンノン族ジェネレーションの若い女性の読者にむけて、ときにピリっと厳しい率直なアドバイスをまじえつつ、想像力をはたらかせ、美しいものを追い求めて、自由にのびのびと生きるように励ましています。

思うように物事が運ばないとき、若い女性は占いや人の意見に頼りがちだが、「それではいつまでたっても大人になれない。人は皆、目に見えないところえで多くの人に支えられて生きているのだが、そのことを謙虚に認めた上で、できる限り、自力で解決すべきではないだろうか。………それには、強い意思を持つと同時に、ちょっと心を遊ばせる術を知っているといいと思う。そうすることによってゆとりが生まれ、また違った眼でものごとを見られるようになり、エネルギーもわいてくる。花とか香りとか詩歌といった、リアリストに言わせると『無駄なもの、贅沢なもの』が役立つのは、そんなときだ」。


熊井さんは信州・松本のご出身です。「私の部屋」に連載されていたエッセイでも、松本の風物やお店のことをよく話題にされていて、子どもの私はそれを読んで、洗練された街なのだろうなあ、と、松本に憧れていました。

エッセイにときどき登場していた松本のフランス料理店「鯛萬」は、いまだに未踏、いまだに憧れ。

いま、この70年代後半に書かれたエッセイを読むと、戦後の松本という文化的な都市の、教養と品格のある落ち着いた中流家庭で大切に育てられた聡明で才能ある女性の姿がくっきり見えます。

ポプリ、猫、赤毛のアン、といったキーワードが並び、繊細で美しいものへの賛辞が詩的な言葉でつづられてはいても、熊井さんの文章はけっして「ゆるふわ」ではなく、きりっとした意思の強さと筋の通った見識に貫かれています。

極端に個性的なところはなく、全体におっとり控えめなのに、とても印象に残る。

詩でも人物でも香水でも、紹介するものへの心からの愛情と、快いもの、美しいものへの情熱とが、それこそ香り立つように感じられるうえに、生きる姿勢がしっかりしていて、あくまでも明るくポジティブで心優しい。

熊井さんのエッセイを通して知ったものや好奇心を刺激されたことがいかに多かったかに、今回読み直してみて、改めて驚きました。

そして、香り、文学の言葉、紅茶やコーヒー、食べもの、映画などの楽しみ方についても、ずいぶんたくさんのことを熊井さんの文章から学んだのだった、と気づきました。




驚いたのは、ポートランドの書店で見つけて読んで気に入り、あまりに好きすぎていくつかの章を勝手に翻訳したうえ、シノプシスもつくったことのある『クロス・クリーク』が、このエッセイ集のなかで言及されていること。

「物語の中のお料理を追って」と題されたエッセイに紹介されているのは、『クロス・クリーク』に出てくる料理があまりにもおいしそうなので、レシピを問い合わせるために著者に連絡をしようとし、アメリカ文化センターに問い合わせたらもう著者が亡くなっていることを知り意気消沈したけれど、『クロス・クリーク』に出てくる料理を集めた料理本を偶然洋書店で見つけて驚喜し、さっそく「カニのニューブルグ」を作ってみたけれど、期待したような味ではなかった…というエピソードでした。

(ウィキペディアもAmazonもない時代には、情報はこれほどゆっくりと世界をめぐっていたのだ、ということにもあらためて驚きます)

たしかに私はこのエッセイを昔読んだことがあるようです。でも、『クロス・クリーク』の原書を読んでいるときにも、シノプシスを書いたときにも、そのことを完全に忘れていた。

自分の記憶力の悪さはいまさら驚くまでもないのだけれど、もしかすると、このエッセイで読んだ内容が意識にのぼらない記憶のどこかに書き込まれていて、それもあって『クロス・クリーク』の原書を手にしたときに心惹かれたのかもしれません。
そう思うと、意識の下の記憶(のようなもの)に自分が動かされていくことの不思議に打たれます。

もうひとつ驚いたのは、葛原妙子の短歌が紹介されていたこと。

つい2年ほどに初めて歌集の一部を読んで衝撃を受けて以来、葛原妙子は大好きな歌人のひとりになったのですが、それまで「ぜんぜん知らない」歌人だった、と思っていました。でも実はここで読んでいたとは。深尾須磨子の名前は熊井さんのエッセイに頻繁に出てくるので覚えていたけれど、葛原妙子は記憶に残っていなかった。


その後の人生で真正面から出会うものの多くに、熊井さんのエッセイですでに紹介を受けていたとは、恐ろしいような気もするし、やはりそうなのか、という気もします。



この本そのものは、若いときからずっと大事に持っていたものではなくて、多分数年前にどこかの古書店で買ったもの、だと思うのだけれど、いつどこで買ったのか、日本だったかこちらの古本市だったかも覚えていない。

そして、はるか昔、この本を読んだのはいつだったか。中学の頃に図書館で借りたのか、もっとあとに自分で買って持っていたのか、はっきりと記憶には残っていません。

あまりにも朦朧とした記憶力に自分でもあ然としつつ、不思議な縁をむすんでくれた旧友のような本との再会に感謝です。こんどはホノルルの波乗り翻訳者えりぴょんのところへお嫁に送り出しました。


 

 

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2021/09/15

暗黒時代を短くする科学


ドッグウッド(ハナミズキ)の実が、今年はコロナウイルスに見えてしまいますね。

このあいだ、アイザック・アシモフの『ファウンデーション』を読みました。英語原作じゃなくて、ハヤカワ文庫です。

ずっと昔に読んだのかもしれないけど、何ひとつ覚えていなかった。

このシリーズがAppleTVでシリーズ化されるそうです。

主演のひとり、「歴史心理学者」のハリ・セルダン役は、『チェルノブイリ』で科学者を演じたジャレド・ハリス!

『チェルノブイリ』については、去年の8月に感動のあまりうっとうしいほど長文のレビューを書きました。


 

予告編をみると、さすがにビジュアルも役者さんたちも素晴らしく、見応えありそうです。

原作に出てくるのは科学者も政治家も男ばっかりで、女性といえば政治家の(とっても不機嫌な)妻くらいなのだけど、21世紀のAppleTV製作のシリーズでは、物語のナビゲーター的な役割で最初にでてくる主人公のひとり、若い学者ガール・ドーニックを、黒人女性が演じています。

1951年に出版されたこのSF古典。『スターウォーズ』シリーズにインスピレーションを与えたといわれているそうです。

銀河のすみずみまでいきわたった帝国。その滅亡を(心理学と計算によって!)正確に予言するたった一人の科学者。

1万2,000年つづいた帝国が崩壊し、そのあと暗黒時代が3万年続くことを計算により知ったハリ・セルダンが、その暗黒時代を1,000年に短縮するために、銀河のすみっこに人類の叡智の成果を保存する「ファウンデーション」を創設する、という壮大なお話。

1951年、広島と長崎に原爆を落として第二次世界大戦が終わってからわずか5年後の世界で書かれたこの作品には、いまの感覚からすると眩しいほどの科学への手ばなしの信頼があふれていて、そこにまず、うわあ、と思ってしまいました。

銀河のすみっこで、人類の知(すなわち科学)の砦として存在する「ファウンデーション」。

それをとりまく、封建主義の君主が治める凶暴な星系に対して、ファウンデーションは原子力科学技術を中心とした科学技術を擬似宗教として確立させ、遅れた星系の人々を「神聖」な科学の力で子どものように騙しつつ、絶対的優位を保つ、という発想がおもしろい。

ポケットにはいるサイズの携帯用原子炉とか、何千億人もの人類全体のゆくすえが計算できる「心理歴史学」とか。ほとんど魔術のような科学技術と、科学が政治を実に簡単に凌駕していけるという信仰。

半世紀の冷戦のあと、ベトナム戦争のあと、同時多発テロのあと、カブール陥落のあと、チェルノブイリのあと、フクシマのあとの現在から見ると、なんともはやあまりにもストレートな科学信仰、と、その無邪気さが眩しいほどです。

偉大なるアシモフ先生にむかって「無邪気(イノセント)」というのは失礼ですが、その後70年の集合知を通してみると、そう言わないわけにいかないのも事実。

 日本では鉄腕アトムの時代だったんだよね、というのも思い出しました。

原子力と科学、人間の理性に対する、まさに信仰の時代だったんですね。

続きは本棚にないけど、機会があればぜひ読みたい(日本語で読みたい)。

AppleTVのシリーズは今月からだそうです。シリーズではそのへんをどのように料理しているのか。予告編を見ると人間ドラマに主眼が置かれているようですが。

1か月だけサブスク契約しようかな。



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2021/06/23

本当にひどいお父さんの話



夏至でしたね。あっという間に夏が到来していた。

化学療法、今回は1週間長めにあいだをあけたのだけど、なぜかものすごく目が回って、週末はほとんど寝てました。

そして、父の日でしたね。世界中のお父さんたち、おつかれさまです。
お父さんのお役目をどうぞ楽しんでくださいね。

先週は大きな案件を納品したあと、予定通り圧倒的に暇になったので、もう何年も前から積ん読になっていた山のなかからほぼ無作為にひっぱりだした『アンジェラの灰』を読みました。

1930年代から第二次大戦をはさんで戦後まもないころまでの、アイルランドの超超貧乏な家族の話。

これに出てくるお父さんがもう、ほんとうにひどい。

作者は19歳で単身アイルランドからアメリカにわたり、苦労のすえ高校教師になって荒れた高校の生徒たちにシェイクスピアや詩を教え、自分のことを書くようにすすめた人。

そして、生徒たちにすすめていたように、自分でも子ども時代を描いたこの本を退職後に書き上げて、ピューリッツァー賞を受賞した作品です。

次々に子どもを失いながらも生み続ける母、アンジェラも、飲んだくれの父、マラキも、底意地の悪い学校の先生たちも、地獄と永遠の罰を持ち出して脅すことしかしない司祭たちも、そのほか意地悪でシンプルな欲にまみれている哀しい大人たちも、この作者はとても落ち着いた、ジャーナリスティックな目で描いている。だれも美化せず、断罪もしない。

ひどい大人ばかりのなかでも、ほんとうにひどいのがお父さん、マラキ。不況の町でほとんど仕事につけず、たまに仕事があると、おなかを空かせて妻と子が待っているにもかかわらず、給料をすべて飲んでしまう。

なるほど、こういうお父さんが何千人も何万人もいたら、それは、お酒さえなければ…と、禁酒法がグッドアイデアだと思えてくるかもしれませんね。



圧倒されるばかりの不憫で重い話だけど、語り手が子どもで、素直な子どもの視点で描かれているので、あまり暗い感じはしない。

ちょうど近所の無料文庫で原書を見かけたので、もらってきました。

青年が読み始めたのだけど「夏の爽やかな日に読む話じゃない気がする」と言ってました。

 


バゲットがかちかちになってしまったのでブレッドプディングを作りました。




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2021/06/05

働きバチの幸せ

爽やかな初夏のシアトルです。

関東はそろそろ蒸し暑い時期? 夏のあいだのシアトルは、蒸し暑い地域にいる方には申し訳ないくらい天国のような気候。

あっという間に6月で、気づけばもうライラックも藤も終わっていて、今は芍薬やバラ、アイリス、ポピーが盛りです。ライラックって意外に花期が短いね。




朝のさんぽで、スポットライトを浴びていた黄色のバラ。かきねから乗り出してるみたいでかわいい。



鬼芥子はどう転んでもかわいくはない。迫力がありますね。

 

アメフラシのようなアイリス。


きのうとおとといは30度C近い、真夏のような陽気でした。それでも風がとっても爽やか。


ここのところ、調子も低調というか地面すれすれだったので仕事もぼちぼち未満の受注だったのですが、今週はちょっとひさしぶりに大型案件をお引き受けしています。ちょうど体調がよくなってきたのと同時に打診があったので、なんとなくできる気がして。
なので世間がメモリアルデーな週末も、サマーブリーズな水曜日も、殊勝に仕事にはげんでおりました。ふだん3時間くらいしか働いてなかったからな。



 

でも、病気をしてから、焦らなくなったというか、無駄な緊張がなくなったようです。
以前だったらきっともっとストレスを感じていたと思う。

無駄な緊張やストレスがないと、空回りしないので、そのぶん仕事がはかどる。



あと数日は働き蜂のようにはたらく(笑)予定。

働き蜂って本当は幸せなんじゃないかって福岡伸一ハカセが書いていたけど、きっとそうだと思う。産卵マシーンとして一生を過ごす女王蜂よりも。世界を見て飛び回り、好きな蜜を集めてまわって。

「働きバチだけが、よく食べ、よく学び、労働の喜びを感じ、世界の広さと豊かさを知り、天寿を全うして死ぬ。おまけにしんどい産卵は他人まかせ。働きバチこそが生の時間を謳歌しているのである」
(福岡伸一「働きバチは不幸か」『生命と記憶のパラドクス』文春文庫)


たとえそれが遺伝子の命令のままだとしても、蜂たちは「やらされてる」とは思ってないよね、少なくとも。やる気まんまんでドーパミン出っぱなしだと思います。夏の蜂たちは。

ヒトななかなか、そういうふうにはいかないですね。



うれしいクリームパン。いろいろ幸せ。

 

 


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2021/05/16

嫉妬と混乱とトラウマの物語。『一度きりの大泉の話』



ちょっと前のだけど、メープルの花。こんな花が咲くんですね。いままで気づかなかった。

先日、ウェブで話題になっていた萩尾望都の『一度きりの大泉の話』を読んでみました。

最近は海外にいても、新刊もKindleですぐにポチれるようになったのでたいへん便利だけどキケンです。




「ちょっと暗めの部分もあるお話 ―― 日記というか記録です」と、萩尾さんご自身が書かれているし、ウェブでも、「誰にでもおすすめできるという内容ではないけれど…面白かった」と歯切れのわるいコメントが目についたけれど、まったく同じ感想でした。

…悲しい話だ。


でも崇拝するほど大好きな作家の、これまで決して語ることのなかったとてもプライベートな話、と聞いては、読まずにいられるわけがないのだった。

少女漫画界の大スターだった萩尾望都と竹宮惠子がデビュー当時同居生活を送っていたという話をわたしは最近まで全然知らず、一昨年日本に行ったとき、書店で目についた竹宮惠子の自伝『少年の名はジルベール』を買って帰ってきて読んではじめて知ったのでした。



その本で竹宮さんが、目の前にいた萩尾望都の才能に対して嫉妬が抑えられなくなり、自分から「距離を置きたい」と申し出て別れたと告白していたのを読んで、へええええ、そりゃ知らなかった!ずいぶん正直に告白したなあ、と思っていた。

2年前にその『…ジルベール』が出版されてから、竹宮&萩尾で対談をしてくれないかとか、当時の話しをドラマにしたいなどの依頼が増えて困惑した萩尾さんが、そんなことができない理由を一冊にまとめたのが『一度きりの大泉の話』だそうで、妙なタイトルだけれど、「大泉」は、萩尾さんが20歳そこそこで上京したときに竹宮さんと同居していた場所、練馬区の大泉のこと。

「一度きり」には、もうこれでこの話は終わりにしてほしい、という萩尾さんの願いがこもっているのだろう。

これを読んだあと、まだ手元にあった『少年の名はジルベール』を読み直してみて、あらためて驚いた。
 

竹宮惠子はこの本で、デビュー当時から萩尾望都がいかに素晴らしい才能を持っていたか、彼女との出会いがいかに自分を変えたか、共同生活でその才能を目の前で見せつけられていかに嫉妬して激しいスランプに陥ったかについて、めんめんと綴っているのだ。

自伝とはいえ、その3分の2ほどは萩尾望都の才能の素晴らしさについて書かれているといってもいいくらい。きっと竹宮さんの側も、半世紀にわたって暗いカタマリを抱えてきて、それを消化したい、できれば許してもらいたい、と願っていたんだろうな、としみじみ思ってしまった。 きっと誰よりも萩尾さんに読んでほしい本だったのだろう。



萩尾さんと竹宮さんが2年ほど共同生活をしていた大泉の家は少女マンガ家のサロン的な場になっていて、山岸凉子や佐藤史生、それに高校生だった坂田靖子など、ほんとにキラ星のような人たちが集まっていた。

そのなかに中心人物として、漫画家ではなくてプロデューサー的な役回りの同年代の女性がいて、のちに、彼女と竹宮さんが二人して萩尾さんに絶交をつきつけたような形になった。


竹宮さんの『…ジルベール』ではそのいきさつは「距離を置きたいという主旨のことを告げた」と一行、さらっと書かれている。

その行動に出た背景には、
「どうして萩尾さんは、あれだけのものを描けるのか。どうして自分は描けないのか」
と、萩尾望都という名前を聞くだけで平静でいられないほどの精神状態だったことがつづられている。
「ジェラシーと憧れがないまぜになった気持ちを正確に伝えることは、とてもできなかった。それが若さなのだと今は思うしかない」と。

『…大泉』で、萩尾さんは、竹宮さんのそういう焦燥にはまったく気づいていなかったどころか、竹宮さんのほうがずっと華々しく自信たっぷりに活躍していたのに突然絶交をつきつけられ、もう部屋にも来ないでほしい、資料も見ないでほしいとたのまれたことにとてつもないショックを受けたと書いている。

その直後からショックのあまり食事もできなくなって入院するはめになり、 さらに心因性の視覚の障害も出てしまったと。

当時のことを考えると、半世紀たった今でさえ当時のトラウマが蘇り、「苦しいし、眠れず食べられず目が見えず、体調不良になる」という。半世紀後でさえ!

近寄るなと言われた理由が理解できず、大きなトラウマになって、それ以来一切の関係を絶ち、竹宮惠子の作品も一切読まず、近寄らないように逃げてきたのだと。

「自分のなにか失礼な行動が相手に不満を与えたんだろうか」と、長いこと思っていたけれど、長年色々と考えた末に、おそらく自分が描いた作品が「無自覚なままに、無神経に、彼女たちの画期的な計画を台無しにしてしまった」のだろう、まったく違う内容の作品であってもモチーフが似ていたために「排他的な独占領域」に触れて、傷つけてしまったのだ、と納得し、以来、少しでも竹宮惠子の「独占領域」に近づいてまた相手の気分を損ねたりしないように避け続け、作品も読まないようにしてきたのだという。

同じ雑誌に描かないようにしたり、竹宮さんが好きだと噂で聞いたものや人物には近づかないようにするなど、仕事も制限して(光瀬龍や寺山修司との仕事上のつきあいもそのために遠ざけたという)、「どこまで不快に思われるか、つかめない」ので、「逃げたほうがいい」と決めて、半世紀。

そしてこの傷は、永遠に癒えないと決めている。「覆水盆に返らず」と。

「このように、近づかないでいる限り、頭の中に埋葬できない死体の記憶があっても、思い出したり考えたりしないですみます」と、きっぱり封印している。

もう思い出したくないし、感情をひっくり返すことは絶対にしたくないという決意がものすごく固い、トラウマがそれだけ深かったのだなということがひしひしと伝わってくる。

なんて繊細な人なんだろう。あれほど才能があって世間でも認められていて、圧倒的な深いドラマを描く人が、自分のことでこれほど自信をなくして傷ついていたなんて、不思議な気もするし、なるほどとも思う。

自分に嫉妬を向けられていたというのはとても意外で、嫉妬という感情がよくわからない、ということも書いていた。なるほどなあ。たしかにもともと嫉妬という感情をあまり持たないひともいるのだ。反対に、ものすごーく嫉妬深いひともいっぱいいる。そっちのほうが人口比率的には多そうな気がする。わたしはそっちのプールに入っている。いまはもう、ひとに嫉妬することはほぼなくなったけれど、若いころは息をするたびに誰かに嫉妬していた。

わたしは萩尾望都を崇拝しているので、90年代までの作品はほとんどリアルタイムで読んできたけれど、竹宮惠子の作品は『地球へ』の最初のほうを(連載時に)読んでいた以外はほとんど読んでないし、『風と木の詩』も読んでない。 

へんなたとえかもしれないけど、萩尾望都が向田邦子なら竹宮惠子は橋田壽賀子だな、と思ってる。なんとなく。

 

 


 
「愛とは排他的なものです。そうか、排他的独占愛といえばいいのかな」


…と、竹宮さんの行動を分析して書いている萩尾先生に、いいえ、それこそがはとりもなおさず嫉妬なんですよ、といって差し上げたい。そんなものをお持ちでない人が、他人の独占欲に傷ついたり遠慮して不自由を我慢する必要もないのに、ああなんてもったいない。

嫉妬のエネルギーって本当に強烈で、ひとを盲目にさせるしどんどん負のスパイラルに巻き込むもの。

『…ジルベール』ではそれが竹宮さんの実体験としてなまなましく描かれている。

『…大泉の話』は、混乱と断絶の話なのだけど、萩尾さんの語り口はとても丁寧で、相手のことは「竹宮先生」と呼び、批判も悪口もほのめかしもいっさいなし。率直に真摯に、自分の側から見た事実関係と思いをストレートに書いている。

これほどの人が20代はじめのころのトラウマを抱えたまま、状況から「逃げて」いるなんて、もったいない、と思うのは大きなお世話なのだろうし、これ以上、誰にもそんなことを言われたくないのでこの本を書いたのだろうけれど。

 でもやっぱり、ああもったいないなあ、残念だなあ、このこじれた嫉妬とその結果としての絶望がそのままになってしまっているなんて、と思う。嫉妬された側が逃げ続けるなんて理不尽だし、解消できるものがあるのだろうにな。ひとの人生といえばそれまでだけど、逃げるということはやっぱり、どんな理由があっても、マイナスの波を出すものだと思うのだ。

そして、その当時から今にいたるまで、萩尾さんの周りに、もっと率直に心に踏み込む人はいなかったのだなあ、と思った。

竹宮さんとしては、この本『…ジルベール』は萩尾さんへの半世紀後の告白だったのかもしれないし、恋文のようなものなのかもしれない。

『一度きりの大泉』では、この『…ジルベール』が出版後すぐに竹宮さんから送られてきたが、萩尾さんは読むことができず、やはり大泉時代からのつきあいである女性マネージャーが読んで、竹宮さんに手紙とともに送り返したと書かれていた。

………切ない。

この2冊は、セットで、リアルで濃い一種の恋物語といえなくもない。

わたし自身、自分のこじれた欲望やがさつさのために繊細な友人を傷つけてきて、ちょっと普通では考えられないくらいひとから絶交された回数が多いので、竹宮さんのほうの気持ちがちょっとわかる気がする。

傷つけた側には、傷つけた相手の痛みはわかっていない。許しを請う以外になすすべはないし、本当にはその痛みを共有することはできない。あとから自分の浅はかさに気づいてどれだけ落ち込んで苦しんでも、それは同じ痛みではないし。

 

 

ところでわたしにとって個人的にとってもびっくりしたのは、この少女マンガ界の2大巨匠による知られざるドラマが、うちのすぐ近くで繰り広げられていたということ!

大泉から引っ越したあと、竹宮さんと萩尾さんがそれぞれ別のアパートを借りて移り住み、半年後に決裂した舞台は、なんと西武新宿線の下井草駅周辺。

わたしが生まれてから10代後半までの間住んでいた、ホームタウンなんです!!

1972年。わたしは小学校2年か3年だったから、もちろんまだ萩尾作品も読んだことがなかった。

でももしかして、駅前のどこかですれ違ったことがあったかもしれない!

「踏切の近くの銭湯」ってどこだろう、もしかして10代のときバイトをしてた喫茶店の近くかも。

萩尾さんが倒れて介抱されたという駅前交番には小学生のころ、お財布をひろって届けたことがあった気がするし、目の治療に通ったという眼科はもしかしたら小学校の同級生の家だった「しのはら眼科」かもしれないし。

駅前にサンリオのショップができたのはその頃じゃなかったか。

萩尾先生が行った喫茶店ってどこだったんだろう、パン屋「ヒロセ」の2階か「デンマーク」の2階かな。

…などと、妙なところで興奮してしまったのでした。



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2021/05/15

WANDERER


先日行ったラ・コナーで、運河沿いに小さなかわいい本屋さんを見つけました。

これです。
Seaport Books。かわいいでしょう。


地元ワシントン州やパシフィックノースウェストに関連する本を多めに集めておいている本屋さんです。


 
ここで、地元作家ではないけれど海つながりということで目立つところに陳列されていたこの本、『WANDERER』が、今回のラ・コナーでの最大の収穫でした。

Peter Van Den Ende さんというベルギーの作家さんの作品で、言葉はない絵本です。



小さな紙の船が大洋を旅する話。

ちょっと佐々木マキさんのタッチや、画風は違うけどクリス・ヴァン・オールズバーグさんの作品をほうふつとさせる幻想的なお話。

海をとりまく環境破壊へのメッセージもこめられています。




 もうもうもう、超ツボで、迷う間もなくお買い上げでした。

 昨年出版された本で、ニューヨーク・タイムズの2020年のベストにも入ってます。

ヴァン・デン・エンデさんは、まだ30代の若い作家さん。絵本はこれが第一作みたい。以前はケイマン諸島でネイチャーガイドのしごとをしてたとグーグル先生がおしえてくれました。



 動画もあった。

日本での出版はまだかな。日本でもきっとファンが多くなること間違いなしだと思います!!
翻訳作業がないので翻訳に手を挙げることができず残念だ(笑)けど、はやく紹介されるといいな。

あ、タイトルがありますね。「ワンダラー」。「冒険者」かな。

 

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2021/02/20

世界の終わりとサンドイッチ



村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を何十年ぶりかに読み返しています。
 
重要なプロットをいろいろすっかり忘れてる。ものすごくおいしいサンドイッチでてきたので、サンドイッチが食べたいなと思っていたら、青年がこんなのをつくってくれた。


 「そのサンドウィッチは私の定めた基準線を軽くクリアしていた。パンは新鮮ではりがあり、よく切れる清潔な包丁でカットされていた。とかく見過ごされがちなことだけれど、良いサンドウィッチを作るためには良い包丁を用意することが絶対に不可欠なのだ」
(『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』67p)  
 
 
包丁は研いだばかりだけど、この切り口はどうなんだろう。基準線をクリアしているのか。
なんか切りそこなった跡があるけど。
 
 1985年に出版されたこの小説。
村上春樹作品のなかで一番印象に強く残った小説だったけど、いま読み返してみると、ああこの過剰さは80年代だなあ、と感じる。

80年代の東京のあの狂ったように調子にのった過剰なカルチャーって、いまの中国に似てるものがあると思う。
 
村上春樹の書く世界は、そのカルチャーとは外れたところにあって(対極とはいわないけれど)、当時の作品は、最近の作品よりも、もっとずっと暗かった。

表面的にさっと見るぶんには文体もポップで軽いのだけど、奥のほうにものすごく重い絶望感がしまわれてあって、読後にときどき全身の力が抜けるほど絶望に共振させられてしまっていました。

真面目な話、80年代に村上春樹のある短編集を読んだあとでひどい鬱になってしまったくらいです。春樹さんのせいだけではないけれど。まことに感じやすく影響されやすかった10代のわたくし。

今回読み返してみて、必ずしもその時代の主流の文化と同じ方向をむいていなくても、その時代のもつオーラみたいなものはいやおうなく反映されるものなんだな、と思いました。
そういうのって、そのさなかにいるときにはわからないものですね。

 



うちの青年も村上春樹は好きだけど、残念ながら原文で読むほどの日本語力はないため、英語の翻訳版で読んでいます。 このあいだクリスマスプレゼントの一部としてこの『世界の終わり…』英語版をあげたので、わたしも読み返してみようと思い、本棚から引っ張りだしてきました。
 

文学の細やかな日本語表現を子どもと共有できないのは残念だけれど、読むのが好きになってくれてよかった。高校までは学校で必要に迫られないかぎり、全然本を読まなかったんですよ。
高校のシニアのときから6年間つきあっていたガールフレンドのキリコちゃんが読書家だったのが、大きく影響したようです。

青年はなぜか朝からヴァージニア・ウルフを読んでました。 
 
 
 

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2021/02/17

青空とロビンと岡本太郎


週末とはうってかわって、晴れたり曇ったりで青空もみえた火曜日でした。

今日はかなり気温もあがって(昼間は7度Cくらい)もうすっかり雪は消えてます。



降った量もシアトルにしては規格外だったけど、消えるのも爆速で、集合的なダメージは最小限にとどまったかな。

でも、今日散歩してたら、続けざまに何台も、車体に「一体何が!」と思うような大きな損傷のある車とすれ違ったのだけど、もしかしてそのうち何台かは、この週末に果敢にも雪のなかを運転した結果なのかも…。

 
変わった色のウィッチヘーゼル(マンサク)。きれいなオレンジ色です。



ずいぶん膨らんでるロビン。うちのアパートのすぐ前に南天みたいな赤い実をたくさんつける木があって、ここ数週間、ロビンたちが集団でそれを食べに来ていました。

 せまい裏道をはさんでお向かいにヤナギ(日本のしだれ柳とは違う種類)の大木があっるのですが、その枝に団体で止まって、順番に十羽くらいずつ、路地の反対側の木に飛来してきて食べる。 そういうときは同じロビンばかり何十羽もつるんでるけど、それ以外のときは完全単独行動。鳥の世界も面白いですね。

鳥って、自分と同種の鳥と、ほかの種類の鳥と、それ以外の動物と、どういう感覚でつきあってるんでしょうか。



夕陽を浴びたマグノリア(これはたぶん、コブシか木蓮か)のつぼみたち。開花ももうすぐ。


この間、岡本太郎の『日本の伝統』という本を読んで、すごく面白かったので、感想文的なものをデジタルクリエイターズのメルマガに載せていただき、NOTEに転載しました。

こちらです。

お暇がありましたらご笑覧くださいませ。

太郎さん、面白い人でしたね。 

 18歳から10年間フランスに行ってて、太平洋戦争直前に帰国して徴兵されたというの、知らなかった。

特に作品のファンではないけれど、とても純粋な人だなあと思うし、その主張の多くにはうなずけます。

日本の文化に「変態的なゆがみがある」という言い切りがすごい。昭和30年代だからこそ言えたのだと思う。

昭和30年代ならではの言葉づかいも(「モーレツに」とか)面白いです。

 

 


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2021/01/15

11人いる!


あら、意外に今日も晴れました!

ダイニングテーブルに15分くらいだけ日がさす奇跡の時間w。

目の前に家があるので、リビングとダイニングにそれぞれ少しずつ日があたる時間があります。地球の自転のはやさよ。

リビングに日があたるのは今の季節午前11時くらいから1時間弱なので、天気のよい日は人をダメにするソファを日のあたる場所にあわせて移動させています。



小正月を前に、版画家にゃを美先生からの年賀状がとどきました。ウシ仕様のねこ。
しかし目ヂカラつよし。



先月、萩尾望都の名作『11人いる!』豪華版をいただきました。ううう、嬉しい。

『ポーの一族』の40年ぶりの続きも読んでなかった。

Kindleで全部買うのも悔しいしなあー。

読まねばならないマンガがありすぎ。




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治安紊乱行為、羊、エコノミー南蛮漬け


きのうと今日は久しぶりにすかっと青空が広がりました。
今日の夕方からは、またシアトルの灰色の冬が通常運転再開しましたが。

ロビンちゃんたちが大勢で赤い実の木に群がっていた。ロビンて、「いちばん頭の悪い鳥」だという人もいる。

見ているとたしかに、せっかくくちばしに挟んだ実を取り落していたりする。カモメも相当頭が悪そうだけど、同じレベルかもしれない。ずっと体の小さいシジュウカラのほうがよほど頭よさそうです。



近所の散歩に飽きてきたので、今日は丘の上の住宅街でお散歩。
沈丁花に似た花の蕾が。



 マグノリア(木蓮や白蓮やコブシ)や桜の花芽もだいぶ膨らんできました。

シアトルの1月は、早春の気配です。

 

ホワイトハウスのあの方は、共和党主流派にも見放されるし(でもそれであの嘘拡散器を2か月放置していた責任を逃れられると思ってほしくはないですが)、ニューヨーク市からもビジネス契約を切られるし、ゴルフ界からも実業界からも離縁状を突きつけられ、Twitterという絶叫拡散ツールを取り上げられ、いまは毎日テレビを見て過ごしているという話ですが…。

村上春樹の『羊をめぐる冒険』にでてきた、人に取り憑いて一時期だけ異常な力を発揮させる羊。ああいうものがこの人には過去5年間くっついていて、そしてこの1月に去っていったんだよきっと、と、うちの青年と今日、散歩しながらそんな話をしてました。



ペンギンブックスのバージョンの表紙がいちばんホラー。
なんで3Dメガネがついてるんだよww

また読み直してみたい。うろ覚えなので。

 

あの6日の暴動で逮捕されたのは現在まだ30名程度で、罪状は不法侵入罪とか「 disorderly conduct on Capitol ground(首都での「治安紊乱行為罪」)」とか、なんか軽犯罪っぽい響きが多い。「ちあんびんらん」行為って最大1年の懲役だって。軽犯罪じゃん。

あのドアを突き破って突入した人たち全員、すくなくとも5年くらいは反省部屋に入れておいてほしいと思う。そしてちゃんとしたグループセラピーを毎日受けさせてほしい。

FBIがどこまできちんと追ってくれるか。ここで300人くらい一網打尽にすれば、今後数か月の全国の治安がずいぶん安心になると思うのだけど。



今週は、エコノミーなシーフード週間。

まずウワジマヤで買った1パック2ドル70セントのスメルト(ワカサギ的な小魚)を南蛮漬けに。これはなかなかでした。レシピは白ごはん.com。

 


そして今日は、イカのフライ。
これはもう切って内臓も出してある小さいイカでしたが、フライにするにはちょっと固かった。ガーリック炒めとかにしたほうがよかったかも。





揚げものがかり。

仕事がなくなったら鳥貴族で雇ってもらえそうな。

 

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