2014/07/14
翻訳者チームで仕事をするという可能性 <IJET その3>
6月21日~22日に開催されたIJETで参加したセミナー報告&感想の続きです。
<チームアプローチ101:今日からやってみよう!ソースクライアントから受注しチームで「良い」仕事をするための7つのヒント> 小林一紀さん (翻訳者、有限会社エコネットワークス代表)
これは1日目の最後のコマのセミナーでした。
一昨年サンディエゴで行なわれたATA(アメリカ翻訳者協会)のカンファレンスで参加したセミナーの1つに、アメリカ人とドイツ人の英独翻訳者コンビによるプレゼンテーションがありました。
その2人の翻訳者はそれぞれ英>独、独>英の翻訳とチェックを分担しあって、翻訳だけでなくチェック・編集校正も込みの「完成品」として納品する体制を作っているという内容でした。信頼できるチェッカーと常にコンビを組むことで品質も管理でき、不明点を互いにすぐ問い合わせることもできるので安定したクオリティを提供できるという良いことずくめの内容で、たしかにこれができたら理想かも、と思って聞き、それ以来、フリーの翻訳者同士でチームが組めたらいいなと漠然と思っていました。
今回の小林さんのプレゼンテーションは、まさにそうした理想をかなりの規模で実践しているケースの紹介でした。
小林さんのチーム、「エコネットワークス」にはのべ100名の翻訳者や各分野のフリーランサーが登録し、そのうち常時30名ほどが稼働、年間80万字/語を処理しているそうです。 一点に利益を集約する「会社」ではなく、最初から協同作業のみを目的とする「チーム」を作るというスタイル。
翻訳者にとってはエージェント経由よりもソースクライアントから直接受注のほうが断然単価が高くなり条件が良くなりますが、1人ではこなせる量も得意分野も限られている。それをチームワークでカバーするというモデルです。
実践の役割分担では、仕事のできる人に負担が集中してしまう、苦手な作業を振ってしまったために全体としてロスが出る、などのリスクを避け、徹底的に互いに負担を減らしあい、それぞれが得意な作業を組み合わせて補いあうことを目指しているそうです。
そのために必要なのは信頼とコミュニケーション。この時間帯はできる、このくらいできる、というキャパシティやライフスタイルのプロフィールを共有しあっているといいます。
報酬は字数(ワード数)あたりの基本レートに加えて、プロジェクトのマネージメントなど翻訳作業以外の作業に対してはプロジェクト終了後に「付加価値ファンド」という形で還元する形をとっているそうです。また、クライアントからのフィードバックも共有しているとのこと。
コミュニケーションに使っているツールは特別なものではなく、進捗状況を毎日メールで連絡しあうほか、進行中の用語統一やグロッサリーなどは、Google Document、Skype、Drop Boxで共有。
セキュリティ上格別の注意が必要なクライアントの書類は有料のアマゾンのクラウドを使用しているそうです。
10万字の報告書英訳を12名のチームで数週間で行なうという離れ業も、この体制で完遂できたとのこと。専任コーディネーターがいる翻訳エージェント以上の処理能力。凄いです。
私も、これまでに大小様々なプロジェクトで翻訳者さんと協同作業をさせて頂いたことがあり、その際に使ったのもやはりGoogle Document とDrop Box、それからTradosでした。
エージェントから翻訳だけ、チェックだけ、と縦割りで仕事を振られて、自分の担当した翻訳にどうチェックが入ったのか、あるいは編集した翻訳が最終的にどのように納品されたのかが見えないと歯がゆい思いをすることが多々ありますが、フリーの翻訳者さんと同じ立場で訳文をチェックしあったり、チェッカーと翻訳者が直接情報をやりとりできると、そのプロジェクトへの意識や責任感も強くなりますし、個々の訳語だけでなく訳文理解についても細かな情報を共有でき、品質面でより良い結果が出るように感じます。
エージェントのコーディネーターは忙しいので、フィードバックは余程のことがないと来ないほうが普通です。最終クライアントともっと密にコミュニケーションが取れればより細かに要望を汲んだ翻訳ができるのに、と残念な思いをすることもしばしば。もっと言えば、どのようなメッセージを誰に向けて発したいのかを直接最終クライアントの担当者に確認して、その表現の方法についても提言ができたら良いのに、と思うこともあります。
小林さんのチームではクライアントとも単なる発注/受注の関係ではなく、対等なパートナー関係を目指しており、チームのキャパシティをクライアントと共有したりもしているそうで、大変魅力的なモデルです。
お話を聞いていて感じたのは、チーム内、そしてクライアントに対しても大前提としてオープンなコミュニケーションへの姿勢と互いの信頼がなければならないということでした。コミュニケーションに対する姿勢をチーム全体で共有するためのシステムづくり、ということにも力を注いでいらっしゃるのが伝わってきます。
こうした有機的なネットワークによる仕事の仕方に、それこそ翻訳者サバイバルのための可能性がかかっているのではないかと思わされました。
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