2014/08/13

道後やや


道後温泉で泊まったホテル「道後やや」がすごく良かった!

温泉町の旅館ですが、温泉がついてない。お部屋には広々したバスタブつきのお風呂はついてますが、温泉じゃない。
温泉は徒歩数分の「道後温泉 本館」に行けばよいという、道後温泉ならではの(多分ほかの温泉地では考えられないですよね)、とても合理的な考え方のホテル。そのぶん、お値段はリーズナブルでした。



なにが良かったって、朝食ブッフェ。さすがポンジュースのふるさとだけあって、みかんをいれるとジュースがでてくるジュース製造機から、地元産の野菜がたっぷりの健康ブレックファスト。


ほんとうにやる気のない写真で申し訳ありません。食べるのに忙しかったんですー。

産地の農園の名前も記された野菜が何十種も並ぶサラダバーに、いろんな種類の地元柑橘類がならぶみかんバー。


御飯におかゆも2種類。地元産の伊予の味噌をつかった激うま味噌汁、煮物、きんぴら。
こんな朝食の店が近所にあったら週に一度は通っちゃう。


そして朝食の器も、地元の陶芸家さんの作品がたくさん使われてました。可愛い。

ここは「伊織」と同じ若い人の経営なのだそうで、隅々にまで気合が入ってます。
客室は狭いのだけど、清潔で、すっきりしたモダンな和のデザインなので、狭さを感じさせない。



道後温泉本館や、もう一件ある銭湯式お風呂に行くときには、「タオルバー」でタオルを借りていけます。もちろんぜんぶ、今治タオル。


浴衣のデザインもかわいい。外出用に用意されてる下駄とおでかけバッグもかわいかったです。


いいツボをおさえられまくりのホテルでした。


その隣にあった民家は、とても雰囲気があるおうち。サザエさんちみたい。


二泊めは少し離れた東道後のホテル「そらともり」に宿泊。こちらは館内にいろんな温泉があって、部屋にも半露天風呂がついているという温泉フィットネスリゾート。

ここの温泉めぐりも楽しかったけど、ここはカレシと来るところだねえ、と意見が一致。

とはいえ、 女同士での来し方行く末の話も、とても楽しかったのです。


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2014/08/12

ラーメンじゃないほうの山頭火 猫に御飯を食べられる


今シアトルで「山頭火」って言ったら、きっと10人中8人くらいまでが「ラーメン食べた?どうだった?」っていいますよねきっと。

ベルビューにできたラーメン屋さんには、まだ行ってません。行きたいけど。

こちらはほんものの種田山頭火さんの話です。

道後温泉ツアーのコンダクター、マダムNが、山頭火終焉の地、一草庵に、思いがけなくも連れていってくださいました。

山頭火が松山で亡くなったのは知りませんでした。



山頭火が最後の日々を過ごした一草庵は、今では地元のボランティアの方々が守り、訪ねる人にいろいろと話を聴かせてくれます。
 
山頭火が松山に来た時には、長年の深酒ですでにもうどうしようもないほど体を壊していて、死に場所を探しに来たのだといいます。それよりさかのぼること10年以上前、僧籍に入ったすぐ後のころに四国巡礼の途上で立ち寄った松山の人の温かさに惹かれたのだとか。



10歳のとき、母親が井戸に身を投げて死んだのを見てしまったという山頭火。

山口の裕福な造り酒屋に生まれたものの、成人する頃には家は傾き始めていて、以降はまったくお金に縁のない生涯だったようです。

 妻子とも別れ、40代で出家して放浪の俳人となり、それから58歳で亡くなるまでの間、托鉢をしたり友人の世話になったりしながら自由律俳句だけに生きた人。




そんな山頭火にふさわしい質素な小さな位牌が、素朴な仏壇に置かれています。

ボランティアの方が家から採ってきたという若い梨の実が供えられていました。

この草庵を守るボランティアのおばさま方が、さくらんぼとトマトとお茶でもてなしてくれました。


「うしろ姿のしぐれてゆくか」

山頭火は近年、1990年代以降に急に人気が高まって来たようです。

松山の「山頭火クラブ」のブログで紹介されていたNHKの番組では、「山頭火の句に救われた」という人が多く紹介されていて驚きました。

まわりにひどい迷惑ばかりかけながらも自分の道を求め続けた、自由さ。余裕があっての自由ではなく、あまりにも不器用で他の生き方ができないような人だったようです。

しかも自由律という形式を選び、縛られない言葉という縛りを自分に与えて、観想を渾身の真摯さをもって書き留めた、素朴な句を生んだ。

「分け入つても分け入つても青い山」
「鴉啼いてわたしも一人」
「私ひとりでうららかに木の葉ちるかな」


本当にこの人はきつい道を歩んだのだな、というのが句を読んでいると伝わってくる。

人生棒に振って救いを求めずにいられなかったその荷の重さと、句にあらわれている、ふと雲の上に出てしまったような、すべてがふっきれたような、一瞬の明るい静かな境地が、思い悩んでいる現代の多くの人の共感を呼ぶのでしょう。

種田さん、俳句つくってなかったら単にアル中の駄目な人ですから。

一草庵の入り口に展示されている山頭火年表の最後のほうに

十月二日 犬に餅を貰う
十月五日 猫に御飯を食べられる
十月六日 猫の食い残しを食べる

という記述がありました…。

猫とご飯を分け合ったその数日後、泥酔したまま布団にはいって帰らぬ人になったそうです。

この人も、周りの人が放っておけなくなってしまう、憎めない人だったのだろうなあ、と思います。


訪問者が来やすいように間取りを変えたものの、あとはほとんど当時のままだという庵はとても居心地がよくて、つい長居をしてしまいました。

綺麗な風が通る縁側。
 

松山は俳句の町。あちこちに「俳句ポスト」があって、だれでも投句ができるようになってます。




マダムNとM嬢と3人、すっかり草庵でくつろいで、お茶をいただきながら即席句会を開きました。


「たんぽぽちるやしきりにおもふ母の死のこと」
 というのは、山頭火が最晩年に詠んだ句。

やはり母の自殺によって子どもの頃に受けた傷を癒やすことはできなかったのかもしれません。

仏門に入りながら悩みっぱなし。

本当に突っ込みどころの満載な人ですが、子どものようにひたむきな、希有なすがすがしさのある人、だったのではないかと思います。


日本が太平洋戦争に突入する直前に亡くなっているんですね。まだのどかさの残る頃に、のどかな松山の地で心やさしい人びと(や犬猫)に見守られて、最後まで自分の道を真っすぐ追求できた、幸せな生涯だったのではないでしょうか。

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2014/08/11

ヘキゴトウと伊織



松山城ロープウェイ/リフト乗り場の建物のなかに、井上雅彦ふう劇画調の壁画で松山出身の有名人たちが描かれてるんですが、『坂の上の雲』で有名な秋山兄弟や子規と共に描かれていた河東碧梧桐がなんだか異常にカッコ良かったので思わずぱちり。

ヘキゴトーって、名前の響きも強そうですよね。

子規亡きあとの俳句対決では、同郷の虚子に結局負けてしまった彼ですが。

秋山兄弟ももちろんカッコ良く描かれてました。撮ってくればよかった。 


このロープウェイのりばの隣にあるショップ「伊織」は、近郊の今治(「いまばり」って読むの、松山に行くまで実は知らなかった…)の、佐藤可士和さんデザインのマークつきで全国的に有名になった今治タオル製品をたくさん扱ってます。

道後温泉の商店街にもお店があったけど、こっちのお店は松山の名産品もあり。
いろいろ魅力的だったけど、とりあえずお味噌を買いました。うまー。


このお店も中川政七商店同様、痛いところをついてくる。なぜこんなにタオルとか手ぬぐいに弱いんだろう。

今治タオル、いま日本ですごい人気ですね。

実は東京のデパートでも今治タオルのコーナーを見かけて、すでにそこでハンカチを何枚か買ってしまっていたので、もうタオルはいいやと思っていたのですが、やはり素通りができず。オミヤゲと、顔洗う時用のターバンを買いました。肌触りが最高でしっかりしていて使いやすいです。

上質タオルだけでなく、バス用品やタオル地のスカーフなんかも揃えてて、つけたしやなんちゃってじゃなくて徹底したデザイン指向が心地良いお店です。




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松山城



道後温泉に並ぶ松山市の名所といえば、松山城。

お城の山がそっくり公園になってます。
町を見晴らす小山の上に天守閣があり、それを取り巻いていくつもの櫓と石垣がある、きれいなお城でした。


天守閣は天明4年、1784年にいちどカミナリが落ちて焼けてしまったのを、その40年後に再建工事を始め、20年以上かけて建てたのが現存してます。 

ほかの建物は、明治の廃藩直後に焼失したり、太平洋戦争の空襲で焼けてしまったりして、昭和になってから復元したもの。



お城にカミナリが落ちて火事になった時には大ショックだったでしょうね。

天守閣なしの時代が37年も続き、藩主も代替わりしてから再建の大工事が始まりますが、その藩主が途中で亡くなったこともあり、着工後16年で途中で頓挫。

そのまた10年くらいたってから、次の藩主が工事を再開させて、やっと完成したんだそうです。


その工事の際に誰かが描いた「侍の似顔絵」が展示されてました。壁板の裏に描かれていたのが発見されたらしい。なかなか上手ですよね。 マンガっぽい。工事の指揮を任されていた奉行ではないかということですが、イケメンなお侍さんです。



きれいな曲線の石垣です。

建物がすべて当時のままに木造で復元されているので、お侍さんがゾロゾロ歩いていた城内の様子を思い浮かべることができます。


瓦屋根の色と形が綺麗。



天守閣からは、松山の街並みと瀬戸内海が見えます。

そしてしゃちほこが。


風情のある町の風情あるお城公園でした。





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2014/08/09

水玉カフェの間違った女子力


道後温泉で行われていたオンセナート、有料の展示物もあるので全部は回らなかったけれど、ここは絶対に見たいと思っていた、「水玉カフェ」。

もちろん! 草間彌生さんの作品でございます。

「宝荘ホテル」ていう、ごくまともな温泉ホテルの1階ロビーが突然こんなことになってるんです。



ここのロビーで普通に地元のおじさんが背広を着て商談とかしてたりするのが、またいとおかし。


草間彌生さんは格別に大ファンというわけじゃなく、正直、理解できない部分もあって、本当に好きなのかどうかよくわからない。

きちんと展覧会などで向き合ったことがないので、「あー知ってる」くらいの適当な理解です。
草間さんのドローイングはとても好きだけど、巨大カボチャとかはちょっと良くわからない。その世界に入っていけない時もある。

でも、存在してくれているだけで頼もしいアーティストの1人。近くに作品があればとりあえず見に行かずにいられない。

ごく浅い理解からの印象なんですけど、

「間違った女子力の持ち主、良い意味で」

という気がします。


水玉カフェのロビーの水玉自販機で水玉パンツが売ってました(ワコールの提供)。しばらく逡巡しましたが、買いませんでした。

でもホテルの売店で売ってた水玉クリアファイルは、即買い。

この可愛さをわかってくれそうなNちゃんにもオミヤゲに。



「世の中には「かわいい」か「かわいくない」の2つしかないんです」という、ギャル雑誌『小悪魔アゲハ』の中條編集長がインタビューで語った言葉が大好きです。
「かわいい」って、奥が深いですね。

先日のゆるキャラの話にもつながりますが、「くまモン」は日本の大多数の人に「かわいい」と思われているけれど、「せんとくん」を「かわいい」と思う人は(たぶん比較的)少ない。草間彌生さんの水玉イヌをかわいいと思う人は、数的にはその真ん中くらいかも、という気がします。

人工知能がもう少し発達したら、この「かわいい」を数値化できるようになるんでしょうか。

ところで、この中條編集長のインタビュー(2009年のもの)は、しばらく前に読んで、ものすごく感銘を受けました。愛のある、素晴らしいプロフェッショナル。

『小悪魔アゲハ』は、もちろん、まるで私に関係のない雑誌なので買ったことどころか実物を見たことすらありませんでしたが、このインタビューを読んで立ち直れないほど感動しました。


雑誌が好きな人には、おすすめの記事です。


「かわいい」と正しい「女子力」とは、実は正反対に働く場合も多いようです。
なぜならいわゆる「女子力」が他の人に向かって働いているのに対して、「かわいい」は自分に、またはもっと抽象的などこか高いところに向いてるから。

『アゲハ』の読者の女の子たちが共有してる美学っていうのは、きっとモテるとか男の人に好かれるとかそういう価値ではないところで完結してる。キャバクラで指名が増えるとかモテるとかっていうのは、結果であって目的じゃない。

草間さんの作品のかわいいパワーにも、それに似た、女子力としては完全に間違ったかわいさを感じます。




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2014/08/08

青空


シアトルは青空続きです。今日は、26度C。ど快晴。

外のお天気が良いと、たとえ仕事で家から一歩も外に出られなくても、なんとはなしに心があかるい。

写真は、シアトルではなくて東京の多摩川べり。滞在していた弟の家から最寄り駅まで15分の気持ちの良い散歩道。
東京の空はやっぱりトーンが柔らかですね。水彩色。

ハワイに住んでいたとき、2年ぶりくらいに東京に帰ったら、夜空の色が水墨画のようなグレーだったのにびっくりした。いつもカキカキっとしたくっきりカラーのハワイの空を見慣れていた後では、東京の水蒸気の多い空はニュアンスに満ちてました。悪く言えばくすんでる色。 良く言えば風情のある色。

シアトルも空気が澄んでいるので、雨は多いけれど晴れた日の空の色はくっきりクリアです。


ところでハワイにはハリケーン崩れの大型熱帯低気圧が2つも接近してて、友人たちがスーパーの空っぽになった缶詰の棚とか、レジの前の長い列の写真をFBにアップしてました。

大きな被害がないことを祈ります。

わたしがハワイにいた間は一度も大被害になるようなハリケーンは来ませんでした。
1992年に大災害となった「イニキ」のあと、大きいのは来てないんですね。

ハワイに引っ越した当時は数年前のイニキの被害がまだ記憶に新しいときで、いろんな人からイニキ話を聞きました。

被害が一番ひどかったのはカウアイ島ですが、オアフ島の西側もかなりすごかったようです。
当時ゴルフ場で働いていた人は、家に帰れなくなって皆でクラブハウスに避難したけれど、風でガラスが割れて天井が飛ぶかと思ったと言ってました。 




今週はちょっときつかった。色々と予想外の事態が続いて年甲斐もなく徹夜仕事をするはめに…。

週末はまるで台風一過のようにぽっかりと空いて、日を浴びることができそうです。



青空と聞くと、自動的に脳裏に浮かぶ人たち ↓ 。



よく動くなあ。たぶんヒロトの30分間でわたしの1年分くらいの運動量な気がする。



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こちらもよろしく。最近は「はみ肉」についてなど書いています→ PONDZU WORDS BOOK  (1 of 1)

2014/08/04

この石段がすごい 


伊予の国、愛媛県道後温泉の八幡神社、伊佐爾波神社。またの名を湯月八幡宮。

この社殿は、重要文化財だそうです。


なにしろ聖徳太子もお湯に浸かりに来たという伝説もある、由緒ある土地柄。
実際に都のほうからやんごとなき方々が来られることも多かったのでしょう。

なにしろ神社由来には、「神功皇后・仲哀天皇御来湯の際の行宮跡に建てられたといわれる」とあり、神功皇后って誰よ?とぐぐってみると、なんと『日本書紀』や『古事記』にも出てる方。
実在したかどうか定かでないけれど、西暦3世紀ころの話だそうです。

古すぎる~~~。

いずれにしても既に平安時代にはもう「古い神社一覧表」みたいなリストに載っていたそうです。

いろいろな時代に土地の人の信仰を集めた神社。

江戸時代には藩主が城を守る守り神のひとつとして信仰したとのこと。



この神社は何が素敵ってこの石段。



石段上から道後温泉の町を見下ろす。真っ直ぐ下りていくと道後温泉の駅がある中心街に行き当たる。 


だんだんと近づいてくる社殿がドラマチック。


「日本の石段 ベスト10」があったら、かなりいい線にランキングするんじゃないか、と勝手に推薦。


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