2019/07/18

カーシェアリングのLimePodを使ってみた


最近、シアトルの街でよく見かけるようになったLIME Podを使ってみました。

シアトルのカーシェアリングサービス、現在はダイムラー系のCar2Goと、BMWのReachに、最近このLimePodが入ってきて3社になってます。

Car2Goは、以前はこのフィアットと同じ大きさのちっちゃいおにぎりみたいな「スマート」が投入されてたんだけど、いつのまにかシアトルでは全部メルセデス・ベンツになっちゃいました。


こちらは2014年にサービスをスタートした頃のCar2Goたち。


 最近みないなと思ったら、いつのまにかメルセデスに変わっていました。
 

こちらが現在のCar2Goのメルセデス・ベンツ。
 
最近シアトルに流入してる、IT業界の可処分所得の高い若い層に合わせた選択なのかな。
とりあえずダウンタウンのコンドミニアムに住んで徒歩圏内で通勤してたら車はいらないし、ちょっとした遠出だったら、やっぱりちっちゃい車よりもメルセデスのほうがいいですね。

料金は、Car2Goが1分間49セント、1時間19ドル、1日79ドル。

LimePodは1分間40セント、30分間9ドル、1時間15ドル。

Reachは1時間20ドル、3時間で50ドル。


Limeはすでに前から自転車シェアリングのサービスをはじめてますが、そのアプリを開くと、そこに自転車と並んでLimePodも出てきます。


自転車サービスのほうでクレジットカードは登録していたのに、別途再登録せよといわれてちょっと手間取りました。
それと、免許証のコードをスキャンして本人確認と、運転免許の状況を確認されます。

道端でクレジットカードと免許を取り出して写真撮ってるのがなんだかすごく恥ずかしかった。

ああこれでまた個人情報がネットのどこかにたまってゆくと思いながら待つこと数分。
登録手続きは全部で5分ほどで完了。

解錠は自転車と同じく、QRコードを読み取るだけで簡単です。


サービス区域は現在のところシアトル市内のみで、市外に乗っていくのはOKだけれど、ちゃんと市内に戻ってきて乗り捨てなければなりません。

乗り捨ては駐車できる場所なら、路上の有料パーキングの枠内でもOK。ただし一定の時間駐禁になる場所はNG。

しかし、ダウンタウンの真ん中で乗り捨てできるスポットを探すのはチャレンジですね。何十分もさまようことになりかねないので、分単位でチャージされてるとイライラしそう。ダウンタウン中心部を目的地にするのは無謀かもしれません。

ベルビュー方面にも広げてくれるといいのだけど、イーストサイドには需要があまりないのか、いまのところはシアトル市内限定。


フィアットはお世辞にも快適な乗り心地とはいえないけど、小回りがきいてよいですね。
ちょこっと買い物くらいのおでかけには便利。
でも今度は機会があったらCar2Goのベンツをためしてみたい。

息子が東海岸に行くときに、それまで乗ってた車をとりあえず置いてったので、いまは再び車のある生活に慣れてきちゃいました。去年夏からほぼ1年間は自分で車をもたずに生活してたのだけど、息子とか周りの人が乗せてってくれたり、貸してくれたりしてました。

車があるとたしかに便利で、たとえ夜中にでも思い立ったらすぐお出かけできる自由は素敵なのだけど、私のように通勤も通学もせず、子どもをあちこち連れて行く必要ももはやなく、市内に住んでるなら、バスとUberとカーシェアリングを使ったほうがコスパはいいに違いないのです(ローンが残ってる場合は)。

ただやっぱりクルマがあれば気軽に出かけるので、用はなくとも行動範囲が広がるのは実感。

なのでプリウスちゃんをキープすべきかどうか、ただいま悩み中です。

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2019/07/17

謎すぎる民の穂高神社、ものぐさ太郎、シンプルお蕎麦


5月末、信州安曇野。

大王わさび農場のあと、穂高神社に行きました。
敏腕翻訳者Yさんいわく、ここはこの地元では一番大きく、初詣といえばこなのだそうです。

敷地は広くないものの、予想していたのよりずっと大きな神社で、格式が高そうな雰囲気が鳥居をくぐる前から感じられて、おおー!と声がでるほどびっくりしてしまいました。

ほんとに、山里の神社って感じじゃなくて、ピシッとした都の風情がただよっているのです。


狛犬さんも神田明神の狛犬さんのような筋肉ムキムキで、強そうなタイプ。
肩のニクの盛り上がり方がすごいし、巻き毛もかっこいい。
それほど古いものではなさそうですが(見てくるの忘れた)。
横顔が凛々しい。やっぱり戦闘系なんですね。


凛々しい杉の木。

ご祭神は<穗髙見命>で、
神社のサイトには
<穗髙見命は海神族 (かいしんぞく)の祖神(おやがみ)であり、その後裔(こうえい)であります安曇族は、もと北九州に栄え主として海運を司り、早くから大陸方面とも交渉をもち、文化の高い氏族であったようです。>
とあります。

上高地に奥宮があるので、わたしはてっきり地元の神様なのかと思っていたら、安曇族の神様だったんですね!(ていうか若宮はそのものずばり、安曇族の族長みたいな人)

9月の祭りには船のかたちの山車がでてくるそうです。この山に囲まれた盆地で‼
安曇族の伝統って脈々と受け継がれてるんだ。
それが1000年以上続いているってすごくないですか? 

この土地では最初は「征服者」だった安曇族の文化が、土地全体に共有されていくようになったっていうことなのか。


そして驚いたことにこの神社は20年毎に式年遷宮を行って、本殿を建て替えるのだそうです。

神社サイトによると
<醍醐天皇の延長五年(西暦九二七年)に選定された延喜式神名帳には名神大社に列せられ古くより信濃における大社として朝廷の崇敬篤く、殖産興業の神と崇められ信濃の国の開発に大功を樹てたと伝えられています。>
…だそうで、やっぱり相当の格式が与えられてたんですね。

安曇族って一族郎党どのくらいの規模だったんだろうか。朝廷との力関係はどうなっていたんだろう。なんていろいろ気になり出す。

安曇族は百済から来た勢力に追われてこの地に来た、という説もあるそうです。水軍として大陸からの侵略や海賊を防ぐという役回りだったらしく、朝鮮半島での戦役にも出ていってそこでリーダーが戦死している。

朝廷から命じられてこの土地を征服しにきたわけじゃなく、自主的に自分たちの領地を求めて来た、アメリカの19世紀の西部開拓民みたいな人たちだったのか。
安曇族については、いろいろ謎につつまれているようです。

大河ドラマにはならないだろうけれど、誰か長編小説を書いてないのかな。

日本は単一民族国家なんてしれっと言ってるけど、平安朝くらいまではあちこちに大陸系の民や縄文系の民(と大雑把にくくる)が激戦を繰り広げていたんですねえ。
信濃のまんなかでそんなことを実感するとは思ってもみなかった。


そういう意味でこの古い神社の存在は本当に興味深いです。

ヨーロッパの教会とは形が違うけれど、やはり祈りの場はパワージェネレーター装置。

この土地に勧請された勝者の神なわけですね。神社は土地の所有をどこからみても完璧にオフィシャルにするシステム、とみえる。


面白いことに、あまりのものぐさが幸いして出世したという「ものぐさ太郎」が摂社(若宮)に合祀されています。
釈迢空、折口信夫さんがものぐさ太郎のことを詠んだ碑があった。難しい…なぞなぞみたいな歌だ。



<川端康成、井上靖、東山魁夷が絶賛した>というケヤキの巨木。
こんなに大きなケヤキの木をみたのは初めてです。

色々謎がてんこもりでほんとうに面白い、それなのに不思議なほどすがすがしい神社でした。不思議〜。


敏腕翻訳者Yさんに、松本の町でたぶん一番おいしい、というお蕎麦やさんに連れてっていただきました。
小さな通りに面した目立たない店構えで、テーブル3つか4つだけのとても小さなお店。

おいしゅうございました。


蕎麦湯が出てくる土瓶などの器も素敵でした。


メニューは「ざるそば 1000円」と「大盛り1300円」の二択という直球。
平日だったので、幸いあまり待たずに座れました。
ドイツ人らしい旅行者の二人連れも神妙にお蕎麦を食べてました。

また信州にお蕎麦を食べに行きたい‼

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2019/07/15

夢の風景。そして大王の最後


敏腕翻訳者Yさんの丹精している畑。

ベリー類や葱や茄子やもろもろ、今頃はきっと豊作を迎えていることでしょう。いいなー。


5月末のこのときは、ちょうど田植えが終わったばかりで、アルプスが水に映えて綺麗でした。

信州安曇野というところは、ずっと前から絶対に行かねばならない気がしていたのになぜか行けなかった(行かなかった)場所のひとつ。
ご縁のおかげでようやく行けました。Yさんありがとうー。

山が好きでよくアルプス方面に通っていたらしいうちの両親が、わたしの名前を安曇にしようかと思ったくらい気に入っていたそうです。字がよくないので(安く曇る?)やめたって言ってた。
昭和どまんなかの時代、ひらがなにしようという発想はなかったらしい。
「あずみちゃん」だったらちょっと人生違ってたかも。


敏腕翻訳者Yさんが「大王わさび農場」に連れていってくれた。

なんだこの夢みたいな風景は!

ありえないほど透明な水に長い藻がゆらゆらしていて、意味なくいくつも大きな水車が回っている。


出来過ぎな風景だと思ったら、この水車は黒澤明の映画『夢』のセットとして作られてそのまま置かれてるんだそうです。まさに夢の光景だった。ちゃんちゃん。

なんか見たことあるような気がした。あの世かと思った。


オフィーリアが流れてきそうでもありますね!

 (ミレイのオフィーリア)。

ここは綺麗な水を生かしたわさび農場で、わさびソフトとかわさびコロッケとか売ってる(コロッケ食べた)。


でもなぜ「大王」なんだろうか、と思っていたら、奥のほうに小さな神社がありました。


ちょっとオットセイっぽいかんじの、モダンなラインの狛犬さん。


社殿の前には、1メートルを超すとてつもない大ワラジが飾ってあるのです。


由来が書いてありました。
「魏石鬼八面大王(ぎしきはちめんだいおう)は、今から1200年の昔、当地安曇平をおさめる王でした。身長2メートル超す大男の強者でしたが、東北征伐途上の坂上田村麻呂と戦い敗れました。八面大王の胴体がこのあたりに埋められたことから、初代勇市(わさび農場の人)がここに「大王神社」として祀り、巨体を象徴するかのように以来大わらじが奉納されています」

さらに
「有明神社奥の山中にはこのわらじ同等程の「八面大王の足跡」が巨石の上に残されています」と。

 えー!身長2メートルで足の大きさが1メートルってどういう寸法?
この大きさならすくなくとも身長10メートルはあるんじゃないのか。

て、驚くのはそこではなく。

坂上田村麻呂!このあいだ読んだ『阿・吽』に出てきたばっかりでしたー。
『阿・吽』では、敵ながら尊敬していた蝦夷の武将アルテイを処刑されてしまったことを苦々しく回想していたイケメン田村麻呂でした。

しかし、どうやらこの田村麻呂に魏石鬼八面大王が敗れたというのも伝説のようで、実際にはもっと昔、大和から来た「安曇族」との戦いに敗れた縄文人だったようなのです。

と、「関東農政局」のサイトに書いてあった。

「安曇族」というのは海の民族だったようで、水軍を指揮し、大和朝廷で高い地位にあったという。その海の民安曇族がここに来たのは7世紀頃といわれてるそうです。ということは空海さんや坂上田村麻呂より約100年前。

海の民がなぜこの山の中の盆地に??
というのは、謎に包まれているそうです。
朝廷に送り込まれたのかと思ったらそうでもなくてもっと自主的なグループだったような感じ。

<彼らの分布は、北九州、鳥取、大阪、京都、滋賀、愛知、岐阜、群馬、長野と広範囲にわたっており、「アツミ」や「アズミ」の地名を残しています。>
だそうです。へえええええ。全然知らんかった。
いったいどんな規模の団体だったんでしょうか。

7世紀〜8世紀、ちょうど万葉集の時代ですね。
いろんな勢力があったのねー。

関東から東北にかけて、こんな感じで縄文人と大和人の戦いが大小実にたくさんあったのだろうな、と素朴に思わされる。


思いがけなくも、わさび農場の中で大和と縄文(実に雑にくくってますけど)の戦いの歴史に遭遇するとはびっくりでした。

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2019/07/14

小布施の北斎画伯


5月末。
すみだ北斎美術館に行って、息子を羽田に送った翌日、特急あずさで松本へ。
こんどは小布施の北斎館へ行きました。

車窓からの八ヶ岳。久しぶり〜〜!


2日連続で北斎さんにご対面。
とくに北斎画伯への巡礼週間を企画したわけではないのだけど、なんとなくそうなった。

松本駅に敏腕翻訳者Yさんがお迎えにきてくれて、小布施までドライブ。
山がすぐ近くに見える国。空気がおいしい。


なんと、北斎画伯が初めて小布施に来たのは83歳のときだったそうです。
籠とか馬はあったにしても、江戸からはるばる、80代のときに何度も来てる。
ほんとに元気なじいちゃんですね。

北斎はこの地の豪商にアトリエを作ってもらい、小布施にたくさんの肉筆画をのこしてます。
この美術館の収蔵品には祭り屋台(山車みたいなやつ)が2台あり、天井にそれぞれ北斎肉筆の鳳凰と龍、波の図が。

華麗でカッコ良かったです。


おひるはお蕎麦と栗おこわ。うめええ!
本場信州のお蕎麦に感動したけど、敏腕翻訳者Yさんは、いやいやこれはぜんぜんフツウ、とおっしゃる。


 手入れの行き届いたお庭のある素敵なお店でした。


「栗と北斎と花のまち」小布施に行ったのは2回め。
最初のときは19歳くらいのときに、家出少女チエコと青春18きっぷであてもなく長野方面へ行き、なんとなく小布施で貸し自転車に乗ったりしたのだった。栗の木があったというほかには何も覚えていない。


愛する小布施堂本店。


落ち着いた家並みの綺麗な町で、あちこちの家でお庭を公開していて勝手に見ていっていいことになっている。
文人の豪商が北斎を招くくらいだから、江戸時代からきっと豊かな村だったんでしょうね。


しかし!平日の小布施は閉まるのが早い!
あちこちに「モンブラン」の看板が出ているのを横目にゆっくり散策して、さあどこでお茶にしましょうか、と探し始めたら、午後4時でもうどこも閉まってました(泣)。
小布施に行くかた、平日は要注意ですよ!


諦めて帰りかけた矢先に、執念でやっとひとつだけ空いているカフェを発見。モンブラン食べられた。


小布施から松本への帰りに寄っていただいた、姥捨サービスエリアの展望台。

千曲川や長野の町も見え、棚田もみえる。

月夜の晩にはとても綺麗なのだそうです。
信州いいなあー。


その晩は敏腕翻訳者Yさんちに泊めていただいた。
窓から畑とアルプスが見える素敵ハウス。

都会からIターンで松本近郊にお家を購入して、畑仕事を楽しみながら翻訳活動をしているという実に羨ましい環境です。
しかも旦那様が整体師。座りっぱの職業にとっては夢のような境遇ではないか。

でもそれなりにいろいろと苦労はあるようで、引っ越した後、畑は一人で開墾したという。すごい。

晩ごはんには珍しい「根曲がり竹」のお味噌汁をいただきました。たけのこじゃなくて笹の若芽なのだそうで、なかなか地元でも手にはいらない貴重な食材らしい。
一見アスパラに似てますが、食感がキューキューしていて独特の噛みごたえ。

幸せな食卓でした。いいなー信州。


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2019/07/13

すみだの北斎画伯


すみだ北斎美術館。妹島和世さんの設計です。

館内は撮影禁止だったけど、常設の、北斎の居室を再現した展示が生々しくてびっくりでした。

狭苦しい四畳半くらいの散らかった部屋で、布団をかぶって絵を描いている老人北斎と、そのそばに座っている娘のお栄さん。
生涯に何十回も引っ越しをしたという北斎。後に世界中で絶賛される天才絵描きとは思えない、つつましさ。


企画展は「北斎のなりわい大図鑑」。江戸のいろんな職業を描いた作品を集めたもので、面白かったです。


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2019/07/12

麺集中カウンターと地下足袋


5月の東京、いろいろ。
東京駅の横(日本橋側)がいつのまにかこんなになっていたのね。
東京駅に「日本橋口」なんて、昔からあったっけ?おぼえていない。


噂にきいていた「一蘭」のラーメンも食べにいきました。


隣の席との間に衝立てがあり、電話をかける場所か刑務所の面会室みたいな半個室ブースになっている。ラーメンに集中するためのこの場所には<麺集中カウンター>という名がつけられていました。

目の前の仕切りを開けてラーメンが出てきて、また仕切りがそっと閉められ、ラーメンと向き合う空間が作られる。

しかも、店員さんに何か伝えたいときには声に出さずともこの↑「サイレントカード」に書き込むだけでよいシステム。



こちらは吉祥寺の「一圓」。ここはわたしが高校生だったころからある老舗で、カウンターだけのお店。

このでかい餃子が5個で500円!!。
素朴な醤油ラーメンもおいしかった。

20歳前後の可愛い女の子が一人で入ってきて、餃子ライスを無心にさくさくと食べ終え(早い)、お代を硬貨でカウンターに置いてさくっと出ていったのがかっこよかった。

ニューヨークでRAMEN屋を名乗っているあのオシャレストランのオーナーたちにぜひ見習っていただきたい、このコスパとシンプルな店構え。オーセンティックなラーメン屋さんというのはこういうのをいうのだ。



うちの息子の今回の掘り出しものはこちら。祭り用地下足袋。



新宿の専門店で買い求め、写真をインスタにのせたところ友人たちがみんな欲しがって、8足持ち帰るはめに。…後から遅れて帰ったわたくしが。

そのかわりに書籍を持って帰ってもらったけど。



羽田へ向かう日の足元も地下足袋。
ちなみにボストンにも、もちろん地下足袋を持っていきました。

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