店の壁中にマリリン・モンローやジェームス・ディーンの写真が飾ってあり、クラシックなジュークボックスやガムボールマシンがある50年代風ダイナーでした。
壁はペパーミントグリーン、ピンクのネオン管の時計があって、床はお約束の白と黒の市松もよう。ハラジュクにもありそうな可愛い内装のお店がこんな片田舎の街道沿いにあって、地元のお年寄りがたくさん来ているところが素敵。
ウェイトレスのおばちゃんも、絵に描いたような正統派「ダイナーのウェイトレス」=<清潔なユニフォームに短い白いエプロン、明るく声は大きく歯切れよく、お客の注文したものにニッコリ笑ってコメントし、コーヒーのポットを持って戻って来て若い男の子に少々威圧的な態度でお愛想を言う、ちょい太めのきわめて健康的なおばちゃん>…でした。
『リーダース英和辞典』ではDiner を「道路際の食堂」と説明しています。
『Denny's 』にはじまるファミレスの先祖なわけですが、アメリカで車が普及しきったころ、1950年代には、車での家族旅行やダイナーでの食事が豊かさの象徴だったのでしょう。ファーストフードにアメリカの「道路ぎわの食堂」の王座を奪われるまで、ダイナーはアメリカらしさの象徴のような存在だったようです。
ウィキペディアは、
…But as a rule, diners were always symbols of American optimism
(とは言っても、原則として、ダイナーは常にアメリカの楽観主義の象徴であった)
と言っています。
自動車での家族旅行が輝かしいアメリカらしさだった「街道」の黄金時代は、ダイナーの黄金時代でもあり、今も残っているダイナーたちは、やっぱりデフォルトで50年代のデザインを受けついでいます。 居酒屋に縄のれんとモツ煮込みが欠かせないように、ダイナーにはネオンのサインとジュークボックスと、市松もようの床とチェリーパイがなくてはならないようです。
映画や小説に出て来る街道沿いのダイナーには、やるせなさが漂ってます。
夜のダイナーでまっさきに思い浮かぶのは、エドワード・ホッパーの『Night Hawks』。
都会の深夜のダイナーの、真空に浮かんでいるような、どこにもつながっていないような空間。外から見るととほうもなく寂しいのに、中にいる人びとはそれだけで完結した金魚鉢のような世界でそれなりに居心地よく過ごしているような。1942年、ダイナー興隆期のころの作品です。
もう少し前、自動車旅行黎明期の作品では、スタインベックの『怒りの葡萄』に出て来る食堂がすごく印象的でした。作中ではダイナーじゃなく「ハンバーガースタンド」 と呼ばれていますが。オクラホマの貧農家族が、新天地を求めて家財道具一切を積んだぽんこつ車でカリフォルニアを目指すルート66の途上、なけなしのお金でパンを買うために立ち寄る、夫婦が経営する小さな食堂です。
トラックの運ちゃんたちがジュークボックスにニッケル硬貨を入れてビング・クロスビーを聞きながらバナナクリームパイを食べているところに、ジョード一家が「パンを10セントぶんだけ売ってくれないか」と入って来る。
ウェイトレスの奥さんは、最初は「うちは食料品屋じゃないよ」と冷たくあしらうのだけれど、奥から旦那さんに売ってやれと言われて、渋々パンを包んでいると、父親のあとからついてきたボロボロの服を来た子どもが、キャンディのケースを魅せられたように見つめる。父親は、これからまだ長い道のりを行かなきゃならないんで、と謝りながら、ポケットから出した全財産の中から10セントを払い、ふと子どもが見入っているケースを見て「あのキャンディはひとつ1セントかね?」と尋ねる。食堂の奥さんは、あれは2つで1セントだ、と答え、ペニー硬貨1枚でキャンディ2コを売ってやる。
親子が出て行ってから、トラックの運ちゃんは奥さんを冷やかすように、「何言ってんだ、あのキャンディは1個5セントじゃねえか」と、口汚い言葉を残して出て行くのだけれど、カウンターにはパイの代金の何倍ものチップを置いていく。
『チキンスープ』シリーズに出てきそうな話だけど、スタインベックの簡潔で鋭利な筆が食堂の夫婦やトラック運ちゃんをすごく的確に描いてて、このくだりは何度読んでも泣けてしまいます。
「アメリカの楽観主義の象徴」というのはこういうことなのかもしれません。
ダイナーに不可欠なパイは、アメリカ人にとって、懐かしいところに触れる存在なのだという気がします。
イーストウッド監督の映画『ミリオン・ダラー・ベイビー』でも、ダイナーのパイが印象的な役割で出てきました。実の娘とはなにかの理由で永遠に疎遠になってしまった老トレーナーが、自分にとっては天国とは、どこそこの寂しい道ばたにあるダイナーの「完璧なレモン・メレンゲ・パイ」だと、娘のようなボクサーに語ります。救いがないほど厳しい色調の映画の中で、そのレモン・メレンゲ・パイだけが、なんとも言えない切ない甘さを感じさせるのです。最後のシーンは、暗い峠道にあるそのダイナーだったと記憶しています。
ダイナーの食事は、ハンバーガーが基本で、まああんまり期待しないのが普通だけれど、店によって相当差があります。
この「101 Diner」でうちの息子が注文した「Barbeque pulled pork」バーガーは、びっくりするほどおいしかった。週末だけのスペシャルで、何時間もかけて準備するのだと、ウェイトレスのおばちゃんが自慢してました。サツマイモのフライもおいしかったです。手前はわたしの頼んだマカロニ&チーズ。これはふつうだけど、チーズの組み合わせやクルトンなど、田舎のダイナーにしてはオシャレなマックチーズ。サラダの野菜もぱりっとしていて新鮮で、ひとつひとつ丁寧な感じが好感もてました。
ポートアンジェルス方面に行ったら、また寄りたいお店です。