2019/07/07

ポジとネガ、リプレゼンテーションとピザ



独立記念日はファースト・サースデー(第一木曜日は美術館の入館料金が安くなり、遅くまで開いてるのです)でもありました。

そして、舞踏家・薫さんをモデルにしたRuthie.Vさんの作品がSAMギャラリーに飾られているので、シアトル美術館に集合だったのです。


モデルと実物!

狙ったのか偶然か。お召し物が白と黒で、ポジとネガ、みたいですね。
裾の花模様も響き合っている。

カメラ(iPhoneなのに)を向けると、すっと舞台の上の人になってしまう舞踏家です。



この日は特別展『Victorian Radicals』(ヴィクトリア朝時代の過激派たち)をやっていて、そちらも見に行きました。なにしろ通常29.99ドルのところ9.99ドル。お得です。

さくっと見るつもりが、けっこう熱心に考え込んでしまい、三々五々ながら一緒に行ったはずの皆様にすっかりはぐれていつの間にか一人になっていた。

東京でラファエル前派展をやっていたのに見てこなかったことをすごく後悔していたこともあり。

わたしはラスキンさんについて、というかラファエル前派についてまるで誤解していたなあと思いました。いつもながら。本当に何も知らなくてごめんね、ラスキンちゃん。
 
こちらはまた今度ゆっくり。



ネズミ君とアンゼルム・キーファーさんのひまわり(泣くほど好き)にも挨拶し。


3階ギャラリーのこちらも特別展。

これもまた、さくっと見るつもりが、惹き込まれました。

Zanele Muholiさん、南アフリカのアーティスト。LGBTの活動家でもある。
世界各地で撮影したセルフポートレイトです。


いわば一種の「コスプレ」を通して、見る人に

「a discomforting self-defining journey, rethinking the culture of self-representation and self-expression」

(居心地のわるい、自分を定義する試み、セルフ・リプレゼンテーションと自己表現の文化について考え直す機会)
を提供する、という。

このrepresentationって、人類学の講義でも現代美術史でもさんざんでてきたんだけど、日本語でなんて訳したらいいのかいまだによくわからない。
フーコーとかの訳書では「表象」とされてるみたいだけど(ちゃんと読んでませんよーん)、表象って言われてもなにそれって思うよねえ。

自分や組織や団体などの主体を、どのように定義して表現するか、意識してない部分も含め、それをどう考えるか、常識とか役割とかそういった社会(そして権力構造)との結びつきの文脈で考えなおしてみよう、という場面で使われる言葉で、つまりは「これはこのような形で理解する」というかたち、概念、捉え方、立場のこと、といっていいのかな。

その捉え方は多くの場合、意識しないうちに身についていて、点検されないまま<常識>になっていることが多い。20世紀後半にはいろいろなマイノリティが自らの立場を守り向上させるためにその常識を攻撃し、新しいリプレゼンテーションを意識して主張してきた、という経緯があり、現代の、特にアメリカの社会ではとても重要なキーワードとしてよく出てくるのだけど。

日本語でこの「リプレゼンテーション」、スッキリ手頃な言い方がないのが、どうも納得いかない。
アートスケープのこのページがとても詳しく説明していて、いろいろ文脈により訳語が工夫されてはいるが、結局<「表象」がその他の意味を包含しつつ使用されることが一般的である>とあります。うーん。


こういうときはIT業界やファッション業界にならって、カタカナで概念ごと輸入してしまうのが一番無難なのかもしれません。

他人種っていうあきらかな他者を(建前上、そしてボリューミーに)内側にもたない日本の社会では、リプレゼンテーションの問題って、社会の大きな関心時ではなかったのかもしれない。

でもともかく、リプレゼンテーションの常識を揺さぶるという試み、というのはリクツだけではなく、美意識の領域に深くくいこんでくるもの。でないと力を持たないよね。

とても美しくて強烈な写真でした。おすすめ。11月までやってます。



独立記念日の夕方は、きっと私がぽつねんと意気消沈していると思って気遣ってくれたのにちがいないCT夫妻と、ピザのディナー。

帰って仕事をしてたら外がうるさいので窓から覗いてみると、ガスワークパークで打ち上げられている独立記念日の花火が、遠いけどとてもよく見えました。

けっこう大玉が多くて豪華だった。

よい一日でした。日本の花火が見たいな。

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2019/07/05

シアトル美術館の謎の半分


フランスは6月、むちゃくちゃな猛暑だったそうですが、シアトルは今年、いまのところやや肌寒い夏です。
5月にぱーっと暑い日が続いたあと、真夏日はまだ一度もないんじゃないかな。
長袖デフォルトの7月です。


独立記念日はシアトル美術館へ行ってきました。

この建物。

反対側(ユニオン・ストリート側)は直線の多いビジネスライクな顔のデザインなのに、ビルのこっち側(ユニバーシティ・ストリート側)半分にはアールデコを1980年代風に解釈しました風の妙な装飾があり、性格が完全に分裂していて、よく見るとおもしろい。

こちら側は1991年に作られたビルで、真面目なほうは2006年に拡張工事をした部分だそうです。

よく見るとマハラジャみたいなアーチと黒いつっかえ棒みたいな柱もある。80年代だなあ、としみじみ感じるデザインです。


前から変な意匠だなと思ってたんだけど、そういえばこの同じ通りを2ブロック坂をのぼったところに、あのシアトル・タワーがあったのだということに初めて気づいた。


この正統派アールデコのしゅっとしたビルです。
しみじみカッコ良いです。
このビルがオーロラ色にライトアップされていたという、その頃のシアトルの夜景を誰かCGで再現してくれないかな。 

戦前・戦後のかなり長い間、シアトル・ダウンタウンの代表格だったという建物。

シアトル・タワーにもエジプトの墳墓をイメージしたという、金ぴかのロビーがある。

もしかしたらこのシアトル美術館のビルのアールデコ風装飾は、同じ通りのシアトル・タワーをかなり意識したオマージュだったのかもしれないな、とふと思ったのでした。


久しぶりにダウンタウンに行ったらまた見覚えのないビルが増えていた。
最近のシアトルは数ヶ月見ない間に、かなり街並みが変わってます。ほんとに。

たしかこのビルたちができる前まではまだフェリーからもちょこっとだけシアトル・タワーの一部が見えた気がした。…んだけど、記憶違いかもしれません。


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2019/07/04

お見送り。


よく伸びたディルの花。気持ちよく晴れた月曜日でした。


いろいろまぜこぜに茂ってる野原っぽい植え込み。


さて、うちの息子。大学卒業後、就活2年目(というか…)にしてようやくインターンシップを得て、東海岸にゆくことになりました。 とりあえず1年、の予定。


シアトル最後の晩ごはんは、隣のお宅がよく見えるうちのキッチンテーブルにて。
旬のソックアイサーモンが安かったのでムニエルに。
そうそう、ごはんは感謝して食べなさいね。


ふつうのキャベツ味噌汁、白ごはん(大盛り)。


Kちゃんは1週間同行して、東海岸のようすを偵察に行ってきます。


ゲートに消えていくきのこ頭。いってらっしゃい。
ちゃんとご飯を食べて、よく寝てよく働きなさい。

出発前の数日は、私がすることは何もないのにまったく落ち着かなくてソワソワしてあまり何も手につかなかったので、ゲートをくぐって行っちゃったらぐっと来るのかなと思ったけど、まだあんまり実感がありません。なにかひと仕事終えた感が。 私がすることは別に何もなかったんですけどね。

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2019/07/02

ポートギャンブルからベインブリッジフェリー


6月最後の金曜日。ホノルルからのお客様があり、タコマの友人も一緒に(運転してもらった)久しぶりにフェリーでキングストン、ポートギャンブル、ベインブリッジアイランドへ小遠足。

キイチゴがたくさん咲いていた。

やっぱり対岸は、緑が濃いですのう。

パールシティ在住のK先生は、野生のも鉢植えのも咲いている花がみんな目新しいようすで、ペチュニアの写真も撮っていらした。

わかるー。ハワイの住宅街で目につくのってハイビスカスとプルメリアとバードオブパラダイスばっかりだから。シアトルにきた当時はすべてが新鮮だった。

雨の予報でしたが見事に晴れて、ほんの少しぱらつく程度でした。晴れ女健在!


ポートギャンブルの「ジェネラルストア」。


そのとなりの水辺のレストランでボリューミーなランチ。

今ではビクトリア時代の古い家が10軒ほど並ぶだけの小さな集落だけど、19世紀後半にはここに製材所があって、オリンピック半島から伐り出した木材をここの港から世界中に直直送してたんだそうです。へー。知らなかった。


ベインブリッジ島のフェリー乗り場の近くにあるミュージアム。
息子の高校時代にはサッカーの試合やらで何度もこの近くを通ったのだけど、ここに行ったことはなかった。
あいにく展示替えの最中で、ショップしか見られませんでした。


ベインブリッジ島からシアトルダウンタウンへのフェリー。

暑くもなく寒くもなく、フェリーのデッキに出てもそんなに寒くない、穏やかな夕方でした。


だんだん近づいてくるシアトルのスカイライン。


いやーほんとに。だんだんビルの間のスキマがなくなってきましたね。


その昔、1920年代にはシアトルダウンタウンの真ん中のランドマークで、ライトアップされて海上からもオーロラ色に輝いて見えたというシアトル・タワーも、ついに新しいビルの後ろに隠れて完全に見えなくなってしまいました。(写真まんなかより少し左寄りの、建設中のビルの斜め前です)


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みたらし団子降臨


もう7月ですね。

ある日、昼寝の夢に、みたらし団子が降臨しました。

夢から覚めた瞬間にとてもリアルなみたらし団子が脳裏に浮かび、これはきっと夢のお告げ。とぐぐってみました。

そして見つけたのがこちらのレシピ

えっ、半分豆腐?

ということは糖質半分?
まじですか! なんてすばらしい。



ちょうどお豆腐も冷蔵庫にあったし、なぜか白玉粉もずっとパントリーにあったので、半分寝ぼけたままで団子の制作を開始いたしました。

白玉粉 150グラム
絹ごし豆腐 150グラム

これを良く練って、まるめて、ゆでるだけ。
浮き上がってきてから3分ほど待って、氷水にとる。



おおおおー!

もっちもちに出来ました。
なんて簡単なの‼
そして半分は豆腐だし、罪悪感50パーセントオフ‼ (でいいのか)

なぜか今までの人生で、団子というものは制作過程がとても面倒なものであり、ましてやみたらし団子などはお店で買うしかないものだという思い込みに囚われていたのであった。

団子制作が、これほどまでに簡単なものだったとは!

半世紀ものあいだ、団子は制作可能なものであるということに思い至らなかったのが悔やまれる。いったいいつから団子は豆腐で制作可能になったのだ。



団子降臨。さすがに串の買い置きはなかった。

(タレはちょっと目をはなした隙に煮詰めすぎてやや失敗。きなこ味のほうがおいしかった)

冷蔵庫で一晩おいても固くなってなかったです。

団子のある日々は、とりあえず幸せだー。
白玉粉また買ってこよう。


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2019/06/29

漱石山房の猫たち


草間彌生美術館に行ってから初めて知ったのが、ミュージアムの裏手から民家の間の曲がりくねった狭い猫道のような人道を歩いて、なんと徒歩わずか3分のところに漱石山房記念館があるという事実!

夏目漱石先生のご自宅跡の記念館です。

去年から行きたいと思っていた場所だけに、ミュージアムと同じ町内(正確にはお隣で、ミュージアムがあるのは弁天町、漱石山房は早稲田南町ではあるけれど、なにしろ本当に徒歩3分)にあるという偶然にびっくり!
弁天町には彌生ちゃんの現在のお住まいとアトリエもあるのだそうだ。

草間彌生美術館と神楽坂のまんなかあたりには泉鏡花旧居跡というのもある(ここは単に札が立っているだけ)。

新宿区すごいな。今度ゆっくり早稲田と神楽坂を歩いてみたい。
漱石山房記念館には漱石先生ゆかりの周辺散歩道マップもありました。
これはぜひとももう一度行かなければ…。できれば暑くも寒くもない時期に…。
神楽坂周辺はそういえば、本郷と並んで漱石作品にもよく出てきてました。



漱石山房記念館は新宿区立。和風を意識した、すっきりとしたデザインのとてもモダンな建物で、オープンは2017年9月だったそうです。

 ここは漱石先生が教職を辞し、朝日新聞の社員という立場で連載小説を書く専業小説家に転身した後、亡くなるまでの10年間、すなわち専業作家ライフのすべてを過ごした場所。

漱石先生の生前は借家だったそうですが、『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』『こゝろ』『明暗』などなどがここで執筆され、お弟子さんたちが集った「木曜会」のサロンでもあったのでした。(「木曜会」の説明は、地元漱石ファンの「NPO 漱石山房」のサイトへどうぞ)。

そうなんですよね、とてもとても存在感の強い国民的作家にもかかわらず、漱石先生の本格的な作家活動はたったの10年間。それも胃の病気にしばしば悩まされた10年だったのでした。


1階に入ると両側は「ブックカフェ」の席になっていて、床から天井までのガラス張りの明るい窓辺で、いくらでもゆっくりと本を読んだりできます。

復刻版や漱石先生関連書籍が席の前の本棚に並んでいて自由に手にとれるようになっている。しかし一つ問題が‼

日本語の読み書きは幼稚園レベルのうちの息子に英語版の「吾が猫」を見せようと思ったら、なぜか英訳版の小説がひとつもない!!

サイトもパンフも英語版を用意してるのだし、代表作の英訳版ペーパーバックくらいはこのカフェの横の棚に並べておいてほしいなあ。

地下には図書室とレクチャールームがあるようです。
1階の右半分は「山房」の書斎を再現した展示室、2階も展示室。

入館は無料で、展示室の入場は大人300円でした。


書斎を再現した部屋には係の方がいて、とても丁寧に説明してくださった。

神奈川近代文学館にも、この全く同じ書斎を再現した展示があり、そちらには実際に漱石先生が使っていた文机などの調度が置かれているそうです。
後発のこちらは、残された写真とその展示を参照してすべて再現したもの。

しかしさすがにオリジナルロケーション、念入りです。


書斎の外にバナナが…?
と思ったら、これはバナナじゃなくて「芭蕉」でした。

その下に生えているツンツンした「トクサ」も漱石先生が好んで植えたもので、当時の様子を写した写真のままに再現されているのでした。


こちらが再現された書斎。ペルシャ絨毯の上に白磁の火鉢、紫檀の文机(さすがに再現ではすべてホンモノの素材ではなく「それらしい」雰囲気を持つもので代替されてましたが)。

こぢんまりしているけれど、居心地がよさそう。


積んである書籍も、書棚に並ぶ本も本物ではなく、すべて外側だけ本物そっくりに作ってあるのだそうです。


再現書斎の先は回廊になっていて、黒猫が先導してくれます。

この白い手すり、芭蕉と合わせてちょっと南国風のおもむきのあるフェンスも、漱石先生が好んで取り付けたものだそうです。


ちょうどこんな感じの回廊だったのですね。
大正モダンのさきがけな感じ。
芭蕉といい、南国風が流行っていたのか、漱石先生がお好きだったのか。

後ろはうっそうとした木立になっているのが今とは違う。


2階の展示室は撮影禁止。
まだ資料館としては資料は少ないそうですが、御遺族や関係者など色々な方面から寄付があって充実しつつあるそうです。

「気に入らない事、癪に障る事、憤慨すべき事は塵芥の如くたくさんあります。
それを清めることは人間の力では出来ません。それと戦うよりもそれをゆるす事が人間として立派なものならば、出来るだけそちらの方の修養をお互いにしたいと思うがどうでしょう」

漱石先生から武者小路実篤宛ての手紙の一節。大正四年六月。


カフェにも黒猫ちゃん。かわええー。ノラちゃんに似てる。

探検家ノラ子。



作品にも出てくるという「空也」の最中とほうじ茶(またはコーヒーか紅茶)のセットで648円。
このカップがあまりにもかわいくて持って帰る。

実のところは『吾輩は猫である』に出てくるのは最中じゃなくてここの餅菓子であるようです。

ほうじ茶おいしかった。
カフェでは本を広げて読みふけっている人が数名。のんびり長居できる感じなので、ここでパソコンひろげてちょっと仕事をさせてもらいました。

小学校の下校時間で、目の前の細い道を小学生たちが、体育着入れを振り回して戦いながら通っていくのを眺めつつ。

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