暴徒が鎮圧されてまる一日たった今日の夕方になって、トランプはようやく、昨日の暴動を「mayham (騒乱)」として非難し(自分の関与にはまったく触れませんでしたが)、「新政権は1月20日に就任する」「今はスムースで秩序ある政権移行に注力する」という2分間のビデオメッセージを発表しました。
ホワイトハウスの広報官もほぼ同様の、昨日の暴徒は厳しく非難するという記者発表をして、質問はいっさい受けずに退場。
きのうの午後に公開し、Twitterから暴力を促進する可能性があり危険とみなされて削除された動画メッセージ(議事堂に乱入した暴徒に「気持ちはわかる。君たちはスペシャルだ。愛してるよ。しかし今は家に帰りなさい」と呼びかけるもの)とはずいぶんとトーンが違い、選挙後初めて、バイデン新政権への移行を、つまり自分の敗北を、認めたことになりますね。
きのうの暴動を明らかに焚き付けたトランプを憲法25条により罷免しろという要求が、民主党はもちろんのこと産業界や共和党の一部からも出ていたので、これはさすがにまずいと1日かけて説得されたのでしょう。
前日の、ホワイトハウスの前の、ラリーの支持者を前にしたスピーチでトランプは、
「バイデンの票はコンピュータで捏造されたものだ。第三世界の選挙だってこんなにひどくない。君たちの声を沈黙させはしないぞ」
…など、もうすでにトランプ支持者以外には単なる陰謀論として理解されている「不正」についてえんえんと語り、「民主党の極左」と「フェイクニュースのメディア」への嫌悪を煽り、この国をかれらの手から守らねばならない!と煽り。
「俺は絶対負けを認めない。ドロボウに負けを認めたりしないんだ!」
「地獄のように戦わなくてはならない!」
「民主党員は問題外だ。弱い共和党員に、やつらに必要なプライドと大胆さを見せてやるんだ」
「みんなで議事堂に行進していこう!」
と支持者たちに元気よく焚き付けました。(全文はこちら)
本当にこの時点までは、トランプも、まだこの/選挙人投票集計確認の段階で、自分が大統領に選ばれると信じていたっぽいですね。
このときの意気揚々とした表情に比べて、今日の「スムーズな政権移譲に注力する」と語った動画の表情は石のように固かった。終始、「渋柿を噛んだ」というのはこういう顔か!とおもうような顔でした。
さてさて、日本にも、「わたしたちは真実を知っている。アメリカに住む人はマスコミのウソを信じているので、わたしたちの知っている真実を知らない」と本気で考えているトランプ支持者がけっこう多いのに驚きます。
このブログにもそういったかたの一人からコメントをいただきました。
「情報をマスメディアに依存して得ている方たちは、不正選挙の詳細も知らないから驚きます」とおどろかれています。
「不正選挙」を立件しようと、トランプさんたちは2か月かけて60件もの裁判を起こそうとしたものの、そのすべてが「baseless」(根拠なし)だとして裁判所に却下されていて、トランプが指名した裁判官にさえ立件に値しないと判断されているのですが……。トランプ派が「証拠」として示しているものは、「いや、それ普通のルーティンだから」「それ、票が入ってた箱じゃなくて機材の箱だから」などと、ことごとく検証によって退けられています。(トランプさんは昨日の集会のスピーチの中で、判事たちのことを「あの裁判官たちは、自分たちが俺の人形だって記事を書かれて、それが恥ずかしくて、反トランプ的行動をしてるんだ」と説明してましたが…。みなが自分と同じ原理に従って行動すると思っているのか)
人の考え方はそれぞれなので、真実がひとつでないのは、この世の摂理でもありますけれどね。
ほんとにけっこう多いのですよね。トランプは中国から「自由社会」を守ってくれる救世主だと信じている日本の人が。
トランプのスピーチは、name
calling
(悪口、ある一定のグループに過激なラベルをつけること)と恐怖を煽ることで成り立っています。それが支持者に響いている。こういう過激なののしり言葉は、自分の権利がエリートに蹂躙されている、移民やマイノリティが自分たちより優遇されている、既得権を脅かされている、といったルサンチマンに響くのだとしか思われない。とにかくトランプ支持者は怒っている。
でも日本のトランプ支持者、陰謀論支持者はどうなんでしょう。
やっぱり何かを奪われていると感じる、不安や恐れが強いのか。
「マスコミはウソばかり」「政府は信用できない」と、なにかこう、すべてをシンプルな文脈で理解しようとしている人が多いのではないかと思うのですが。
トランプは、そういう簡単で過激なラベル貼りがとてもうまい、というか、そこにだけ皆の注意を集中させるのがとてもうまい。
「極左が国を乗っ取ろうとしている」
「沼(官僚のせいで腐敗したシステムのこと)を干せ!」など。
世の中を複雑なものだと捉えるのはしんどいものですが、単純なラベルを貼ったとたんに、見える世界が限定されてしまいます。
「マスメディアに依存している人は知らない真実をわたしは知っている」と考えている人は、マスメディアではない独立系メディア=すなわち真実、という短絡におちいっているのではないだろうか。
そしてその根底には、やはり、根深い不信があるのですよね。
この不信こそ、トランプが4年間をかけてアメリカ社会に培ってきたものです。
もちろん、疑ってみることは大切です。メディアはどれもバイアスを持っているものだし、それは人も同じです。
情報の出どころをチェックするのは大切だし、オピニオン記事であればその人がどのような立ち位置でどのようなバイアスを持って書いているのか、理解しようとする態度は大切ですよね。
それは自分自身のバイアスをチェックすることにもつながります。
ジャーナリズムも、法律も、科学の世界も、それぞれに長い時間をかけて無数の人びとにより、一定のルールと基準を守って積み上げられてきたものです。
機能していない部分があるからといって、そのエコシステムのすべてを否定してしまっては、世界を極端に狭くすることになるんではないか。というより、結局自分を傷つけることになるのではないか。
どんなシステムも人が作っているもので、中にはひどい人もいるし優れた人もいる。究極、陰謀論に走ってしまう人は、人間の作った社会、社会のなかの人間を信頼することができなくなっているのではないかと思うのです。
うちの青年が働く企業のデザイン部にも、2、3年先輩にQアノン信者がいるそうです。
その青年は、今日のトランプの「政権移譲に注力する」という動画メッセージを、「戒厳令を実施し政権を奪取する」という暗号だと受け取っているそうな……。
彼はあまり友人もいなくて、孤立した生活を送っているらしい。うちの青年はなるべく彼とふつうにコミュニケーションを取ろうとしているのだけど、彼が「リサーチした」「これを読んだほうがいい」と送ってくるニュースメディアの出どころがすべてQアノン系なので、それには辟易していると言ってました。
彼とは1月21日に誰がホワイトハウスにいるか、バイデンかトランプか、という賭けをしていて、レアなスニーカーを一足、賭けてるそうです。
Qアノンで面白かったのは、昨日、議事堂に乱入したなかで目立ってた水牛の角をつけて毛皮を着、槍を持った半裸の男、この人長年Qアノンの先頭に立ってる人だそうですけど「おれはアンティファじゃない」と怒っているという話。
陰謀論者や共和党右派は、「この議事堂の暴動はアンティファが仕掛けたものだ」と主張しはじめてますが、筋金入りトランプ支持者が自分でFBやツイッターにセルフィーをたくさん掲載してるのですけどね……。