2012/01/18
Snowed out, snowed in
シアトルに、先週末から今シーズン初の雪がやってきました。
週末は息子のサッカーのトーナメントだったのですが、日曜の試合は雪でキャンセル。翌日の月曜日、マーチン・ルーサー・キング牧師のバースデーの祝日にも、小雪がぱらつきました。
天気予報で、水曜の未明には「a massive snow storm(巨大雪嵐?)」が来て市内で最高14インチ(35cm)という数十年来の積雪になるかもしれない!!! というので、火曜の午後4時半にはすでに翌日のシアトル市内公立小中高校全校の休校が宣言されました。
地元テレビ局King 5によると、きょう(1/18水曜日)午前6時のシアトル市内の積雪は2インチ(5cm)、タコマ市では10インチ(25cm)。まだ降ってます。
シカゴや富山県の人には、ふーん、それだけ?と言われそうですが、とにかく雪にはめっぽう弱いシアトル地域です。
ダウンタウンにある職場(いま、短期の仕事をしている法律事務所)も、午前6時に今日は閉鎖を宣言。ワシントン大学のシアトルキャンパスも、今日は全面休講になりました。
通勤通学は車が主流なので、フリーウェイでまた一昨年の大混乱が再現されるのを予防したのでしょう。
きょうはお休みの職場が多いようで、道路もがらんとしています。
けさ8時頃、家の近く。普段なら通勤の車がぶんぶん行き交っている頃ですが、道にいるのはカラスだけ。たまに4WDの車やFEDEXのトラックがそろそろと坂を下りていきます。
フリーウェイでも一般道でも、もうすでにあちこちでスピンして立ち往生した車が出ているようです。
急な坂道を雪の日にも普通のタイヤで下りられると信じているドライバーが多いのもシアトルの特徴で、今日もきっとシアトルのあちこちで、凍った坂に果敢に挑戦してずるずる滑り落ちていく車が見られることでしょう……。
試合やイベントが「雪で中止になる」は 「snowed out」。週末からこの言葉をたくさん聞きました。
「英辞郎」にはこの表現はなくて「snowed off」が載ってますが、検索でのヒット数はsnowed outのほうがひとケタ多いです。
「雪に降り込められる」は「snowed in」。きょうはsnowed in の一日になりそうです。
2012/01/15
Seattle Freeze
シアトルはアメリカのほかの都市にくらべて、友達が作りにくいのだそうです。
そういえば、もうずいぶん前、まだハワイにいた頃に、シアトルで数年間仕事をしていたという日本人の女の子から、当地では友達を作るのが難しかったと聞いたことがありました。
ときどきそんなことを耳にしてはいたのですが、数日前にNPR系地元ラジオ局KPLU の記事で、シアトルで友人が作りにくい現象に Seattle Freeze という名前があるのを知ってびっくりしてしまいました。
「シアトル・フリーズ」って、カタカナで書くと、スタバの新しい甘い飲み物みたいですね。
記事ではUrban Dictionary を引用して、「シアトル・フリーズ」をこう紹介しています。
“A phrase that describes a local public consensus that states the city of Seattle and/ or its outlying suburbs are generally not friendly, asexual, introverted, socially aloof, clickish or strictly divided through its social classes, thus making the city/ area difficult to make social connections on all levels.”
(地域の特色をあらわすとして地元で広く受け入れられている表現で、シアトル市およびその周辺地域の一般的な傾向が、親しみに欠け、セクシャルでなく、内向的で、人と距離を置きがちで、仲間内にしか打ち解けない傾向を持ち、社会階層間ではっきりと分断されており、ゆえにこの地域で社会的なつながりを持つことがあらゆるレベルで難しいことを指す。)
へー。
この地域に2年半住んでみた感想として、「フレンドリーでない」というのはまったく当たっていないと思います。
たしかに、 知らない人から突然当然のように話しかけられる回数は、アメリカのほかの場所に比べてずっと少ないかもしれません。街を歩いていて知らない人と目が合ったとき、アメリカ人は久しぶりに会った旧友のようににっこりすることが多いのに、シアトルではまるでそこに突然出来た壁のように見つめられることが多いようには感じます。
でも、たとえば東京と比べたら、シアトル人のほうがずっと人なつこい度が高いです。
東京ではすれ違う人と目を合わせること自体がとても少ないし、駅で知らない人から「そのブーツいいね」なんて声をかけられることは(キャッチセールスか酔っ払いのおっちゃんかナンパ以外では)まずないでしょう。(先日、バス乗り場の係員の人から急にブーツを褒められたのでした。目が合ってもにっこりしない人もいるけれど、垣根の低い人も一定数いるのですよね。でもそういう人はたいてい他の地域出身かも)。
東京に帰るたびに、街ですれ違う人と目の合う回数がなんと少ないことよ、と思います。でもそれは、公共の場で他人の空間に踏み込まないという社会的プロトコルがあるからで、べつに東京の人が特別冷たいわけではありません。シアトルも、アメリカにしては珍しく、ちょっとそれに似たところがあるのでしょう。
晩秋のころの写真ですが。KirklandのCafe Zoka。 やっぱりコンピュータ開いて自分の世界に没入の人は多いかも。 |
南部などの、あけっぴろげで垣根の低いのがデフォルトな地域から来た人は、シアトルのそんな傾向に出会うと、冷たくされたと思うのかもしれません。
おととし、翻訳のクラスでフランス人のマダムと知り合いました。彼女はテネシーだったかアラバマだったかの公立高校で10年近くフランス語を教えていたそうで、旦那さんの転勤でシアトルに移ってきたのでしたが、彼女はシアトルの人は放っておいてくれるから良い、と言っていました。南部では皆親切だけれど、それは「すごくsuperficial (上っ面)で、人のことに鼻を突っ込みたがる人が多い」、とも言ってました。感じ方はほんとにいろいろです。
フレンドリーさの尺度はともかく、「introverted(内省的、内向的)で、人と距離を置きがち」というのは、たしかにあるあるある、と思い当たるふしが。自分とセカイの違う人にあまり関心がないという感じは、たしかに受けます。でも頭から拒否したりほかの価値観や暮らし方を否定するわけではなく、ただおだやかに、少し遠くから無関心な目を向ける。シアトルの人にはそんなタイプが多いのではないでしょうか。
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2012/01/06
国立公園の殺人
今年は少し風邪気味だったのでお正月はのんびり過ごしてしまったのですが、お天気が良かったらまた去年同様、レーニア山に行ってみようかなと思っていました。
写真は去年の元日のもの。
去年の元旦は山麓まで行ったのですが、車にタイヤ用チェーンを装備していなかったので国立公園の入り口で追い返されてしまい、仕方なく河原で遊んで帰ってきたのでした。悔しかったのですぐにチェーンを買いに行ったものの、まだ一度も使い道がなくて、箱から出していません。
1日2日はろくにネットのニュースもチェックしないでいたら、そのレーニア山国立公園で、元旦に悲惨な事件が起こっていました。
ちょうど1年前にわたしたちが追い返されたチェーン装着のチェックポイントで、公園のレンジャーが射殺されたというのです。
シアトル・タイムスによると、犯人は大晦日のパーティで銃を乱射し、4人に怪我を負わせて逃走し、元日の未明に国立公園のチェックポイントを車で突破、その先の道をブロックしていた車に発砲して、車に乗っていたレンジャーが撃たれて亡くなりました。
犯人は車から公園の深い雪の中に徒歩で逃走して、翌日、Tシャツとジーンズ姿で川にはまって凍死しているのが発見されたそうです。
撃たれて亡くなったレンジャーは34歳の女性で、小さな子ども2人のいるお母さん。
犯人の方も24歳の、小さな子どものお父さんでした。この犯人はイラクに派遣されていた元陸軍兵士で、一説ではPTSDに罹っていたともいう、本当にやりきれない事件です。
みんなが平和と静けさを求めて行く山の上で公園のレンジャーが撃たれて亡くなるというのはさすがにアメリカでもショッキングな話で、元日の全国ニュースになっていたようです。自分が行こうと思っていた日に同じ場所でそんな事件が起こっていたのはショックでした。
PTSDであったかどうかは早速議論になっているようですが、どちらにしても犯人は精神的に不安定で自殺傾向があり、自宅に銃やナイフをいくつも所持していたのは事実。
アメリカが相変わらず銃の国だということを新年早々に再確認させられるニュースでした。
交差点で停まっている隣の車にも、かなりの確率で銃が積まれている国なんですよね。
2012/01/04
謹賀新年!
あけましておめでとうございます。
旧年中、ブログを通じていろいろな方と知り合えたことを、とても嬉しく思います。今年も細々と続けて行きたいと思いますので、引き続きおつきあい頂ければ幸いです。
年末年始は少し風邪をひいて、あまり遠出はせずたっぷり睡眠をとりました。
友人の版画家尚美さんから年の瀬に小包でいただいた、かわいいミニミニ版画に癒されつつ、読書三昧…のはずが、いつのまにかソファでがっつりうたた寝三昧…。まあ平和なお正月でした。
2日は振替休日でしたが、3日からは通常通りの出勤日。朝のバスはいつもより、少し眠そうな顔の人が多かったような。
そして、春以来中断していた大学のクラスをまた(ひとコマですが)取ることにしたので、慌ただしくなりそうです。
これも年の瀬に慌ただしく申し込んだものの、テキストのリストを見て頭がぐらぐら。もとより少ない集中力がますます減っていくこのごろ、ついていけるのか、はなはだ心もとありません。道楽といってしまえばそれまでなので、まあ無理せず楽しくできるところまで、と思うことにします。
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2011/12/28
コンセント
翻訳をしていて、「あれ、これって日本語で何ていうんだっけ?」と意外なものの名前が出て来ないことがあります。
先日ひっかかってしまったのが、これ。
壁の電源差し込み口にプラグを入れることを「プラグをさす」としてしまってから、何かヘンだな、としばらく考えて、そうだ、「コンセント」っていうんだった!と思い出したものの、「コンセント」が outlet (差し込み口)のほうだったか plug(プラグ)のほうだったかがはっきり思い出せず、「コンセント抜いて」って言うよなあ、ていうことはコンセントってプラグと差し込み口と両方のこと? と、しばらく苦しんでしまいました。
はてなキーワードにたどり着いて、ようやくコンセント=outlet だということを確認。
でも、とすれば「コンセント抜いて」って、ほんとは「コンセントから抜く」であるべきなのに、そう言う人は少ない。ということは、もしかしたらぼんやりと「電源を接続している状態のプラグ」のことも「コンセント」と言うのだろうか、と仮説を立ててみたり。
でもどうして「コンセント」って呼ぶようになったんでしょうね。
はてなにも、「 なお、コンセントを何故「コンセント」と呼ぶに至ったのかは不明である」とあるだけでした。
consent から来てるんでしょうけど、双方同意の上でってシャレだったんでしょうか?
ところで先日、カフェでPCに使う電源があるかと聞こうとしてoutlet という英単語が一瞬思い出せず、「Do you have ...... POWER LINE (電線ある)?」と聞いてしまったことが。
バリスタのお姉さんは首をかしげて、「…ううん、ないわ」と言ってましたが……。なくて良かった。
2011/12/22
クリスマスカード
毎年、サンクスギビングの頃にはクリスマスカードを送らなきゃ、と思うのに、結局12月の半ばを過ぎたころにバタバタと出すことに。
ほとんどの友人にはEカードを送るのだけど、21世紀も11年めになってもまだネットにつながっていない友人たち数名には、海を越えて紙のカードを。
フライ美術館で見つけた兎のカードは、シアトル近辺の美術館ショップや書店で時々見かけて気になっていた、版画家さんの作品です。
ヨシコ・ヤマモトさんという日本人の作家さんで、シアトル近郊、ピュージェット湾の向こうのポート・オーチャードに工房を構えていらっしゃるようです。
和のテイストと、大胆な構図と、ノースウェストらしい、少しほの暗い感じがとても素敵。
サイトはこちらです。
The Arts & Crafts Press
ではみなさまも、良いクリスマスをお迎えください!
2011/12/16
フライ美術館のヘビと羊
先週金曜日。シアトルのFirst Hill の坂の上にある、Frye Art Museum (フライ美術館)に行ってきました。
お天気の良い午後、空気は少し冷たいけれど散歩には最適。
この美術館は、いまの職場から坂を5ブロックくらい上ったところにあります。
でもこの坂は散歩というにはかなりきつくて、結構な運動になりました。ていうより、めちゃ辛かった。息切れしまくりでした。
フライ美術館は、入館無料。寄付はウェルカムです。
手前のほうの広い展示室は企画展用で、いまは Isaac Layman というシアトルの若手写真家の展覧会『Paradise』をやってます。
そこらにある普通の工具入れや紙のしわや濡れた紙が超拡大プリントでなにか全然別のものすごく美しい風景になっていて、落ち着かないような気分にさせられます。1月22日まで。
奥のほうの常設展示室は、この美術館の基盤であるフライ夫妻のコレクションを展示した部屋。
入り口で迎える、フランツ・フォン・シュトゥックの『罪』 。
わりに人のよさそうな蛇です。
中は四方の壁いっぱいに絵画がかかっているサロン風。
フライ夫妻が集めた、19世紀末から20世紀初めのドイツ絵画がほとんどです。
フライさんはドイツ出身の移民で、シアトルで食肉工場を経営して成功したんだそうだ。
奥のがフライ夫妻の肖像。絵画コレクションは無償で展示するようにという遺言どおりに、遺産で美術館が設立されたんだそうです。
ひつじたち。
犬とお散歩。
古いペルシャの絨毯が敷かれた大広間は、写真で見るとベルサイユ的に華やかサロンのようだけど、実際に行ってみると絵画がなんとも重たくって、華やかさというよりなにかこう引きずり込まれるような、ダウナーな感じを受けました。
ドイツ絵画はよくわからない。襟首をつかまれるような絵はなかったけれど、ちょっと背筋の寒くなるような絵がいくつかありました。上の写真の左側の女の子の絵とか。
同じころのベルギーやフランスの絵画よりも、なんだかずっと暗い気が。明るい風景を描いていても、どこかに重い薄暗さがまとわりついているように感じる。やはり、暗くなる一方だった時代の空気を反映しているのでしょうか。
なにしろ無料で、20世紀初頭のサロンな雰囲気が味わえます。坂を上って行く価値はあり(もちろんバスでも行けますよ!)。
美術館は
住所:704 Terry Avenue Seattle, Washington 98104
パーキングも無料です。カフェとショップもあるよ。
午前11時〜午後5時、木曜のみ午後7時まで。月曜休館。
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