お寒うございます。
クリスマスは雪になるかも、なんて予報もあるシアトルです。
デジタルクリエイターズに掲載していただいたのをこっちに貼っておきます。
今回は10月に行ったワシントン大学のレクチャーで聞いた内容をもとにしてるんだけど、実はこの内容は、歴史の授業のエクストラ・クレジットのために提出したレポートの焼き直しでしたw
わたくし、えらそうに書いてるけど実は情報に左右されやすい人です。
このレクチャーは
YOU TUBEでも公開されてます。
(Bloggerの埋め込みでYou Tube のクリップを選択できるのだけど、なぜか検索エンジンがふつうのと違うらしく、なかなか目指すのがヒットしない。なんでなんだろう。)
(以下、デジタルクリエイターズからの転載です)
少し前、ワシントン大学のレクチャー「Finding "Fake News" in Times of Crisis: Online Rumors, Conspiracy Theories and Information(危機の時代のフェイクニュース:ネットの噂、陰謀論、情報)」を観に行った。
これはタイトルからすると社会学部やコミュニケーション学部のイベントのようだけど、そうでなくて工学部が主催するレクチャーシリーズのひとつで、この日の講師はケイト・スターバードさんという、人間中心設計&工学部の助教授。42歳だけど可愛らしい感じがする、すごく若々しくて元気でおもしろいハカセで、ガイジンの私にとっても、とても聞きやすい講義だった。
去年の大統領選挙のあたりから米国ではますますフェイクニュースが猛威をふるっていて、しかも現職大統領が大手メディアを「フェイクニュース」だと攻撃してはばからないので、ニュースそのものに対するこれまでの社会的信頼感がグラグラしてしまっている今日このごろ。
スターバード助教授はソーシャルメディアと群集行動の研究が専門で、その研究成果を発表するとともに、ここで一体フェイクニュースとは何かをもう一度おさらいして、対策を考えてみようというのがレクチャーの主旨だった。
まず、フェイクニュースが広まる背景には二つの条件がある、とスターバードさん。「エコーチェンバー」と「フィルターバブル」がそれだ。
「エコーチェンバー」は、自分の周りには同じ考えの人ばっかり集まりがちなので、たとえばSNSのフィードに自分が賛同できる意見だけが表示されるというような現象。さらにSNSは、「あなたはきっとこういう情報が好きでしょう」と類推して情報を集めてくれるので、輪をかけて自分の耳にやさしい情報ばかりが集まってくる。これが「フィルターバブル」。フィルターを通した情報だけが入ってくる、閉じた小さな世界(バブル=泡の中の世界)という意味ですね。
「バブル(泡)」という言い方には、包まれているのが透明な膜なので、自分がそのなかに閉じ込もっているのに気づかない、といった含みがある。
「何度も繰り返し観たり聞いたりすることで、その情報は見慣れたものとなり、真実であるかどうかにかかわらず、その人の世界の捉え方の一部になる」とスターバードさん。つまり、偏った情報によってその人にとっての現実世界が構築されてしまう。
そして、非常に残念なことに、反復によっていったんニセ情報が刷り込まれてしまうと、正しい情報でそれを外から「修正」しようとしても、なかなかうまくいかないのだという。
それが長い期間慣れ親しんだ考えであればあるほど、「あっそうなのか、自分が間違っていたんだ」と認めるのは、誰にとってもなかなか大変だってことはちょっと考えてみてもよくわかる。しかも周りにいる人が自分と同意見(のように見える)場合にはなおさら。
しかし、風評だのウワサだのというのはもちろん、インターネット登場以前からあるもの。人類はウワサと共に歩んできた。
噂というのは、災害などの事態に直面したときに説明を求める集団的な行いだと、スターバードさんは指摘する。
何かしらわかりやすく、自分にとって腑に落ちやすい物語を作り上げる行動、ということなんだろう。
たとえば、2013年に起きたボストン・マラソン爆弾テロ事件では、事件発生の直後から、「これはCIAの陰謀だ」とか、「海軍特殊部隊の人が怪しいバックパックを背負って現場近くにいたのがこの写真で確認できた」とかの陰謀説ツイートがじゃんじゃん発生したという。
こういう「オルタナティヴ・ナラティブ(もう一つのストーリー)」、つまり語っている人からすると「みんな知らないけど、自分だけは知っている本当の話!」は、悲劇的な事件が起きると必ず言い出す人がいて、またたく間に広がる。
同時多発テロ、サンディフック小学校の銃乱射事件、フロリダのナイトクラブでの銃乱射事件などの惨事のあとにも、すぐにこういう「みんなが知らない本当の話」=陰謀説が語られ始め、拡散していったという。
スターバードさんは「フロリダの事件も、サンディフックやボストンやサンバーナーディーノの事件とおなじく、みんなユダヤ資本の支配するメディアが捏造したウソだ」といったツイートを、その典型として例示していた。
スターバードさんのチームは2016年に9カ月にわたってTwitter上で「shooting, shooter, gunman, gunmen(銃撃、狙撃者)」というキーワードで、5800万件以上のツイートを調査したという。
そこでこういう陰謀説などの相関関係を追跡すると、ウソのニュースを作っては流すのが専門の一握りのウェブサイトがボットを使って投下しているウソ情報が、途方もない量拡散されていることが確認されたという。
興味深かったのは、イランやロシアなどの国家が出資するメディアが投下する嘘ニュースの量も突出しているということ。
大統領選挙へのロシアの関与が取りざたされているけど、インターネットを使った人心への攻撃作戦というのは、実際にかなりの規模で行われているのだという。
こういった、国家や組織による「戦略上や地政学上有利な結果を得るために国内または外国の政治的意見を歪める行為」は、Facebookの2017年4月27日の白書で「Information Operation(情報操作)」と定義されている。
スターバードさんのチームはマレーシア航空事件の後の情報を調査研究していたのだが、この事件では特に政府機関のものと思われる情報撹乱が激しく、調査チームのメンバーが神経衰弱になりそうなほどだったという。
そしてこのレクチャーでもう一つ面白かったのは、嘘ニュースの背景になっている政治的なプロパガンダは、リベラル(左)VS保守派(右)ではなくて、ナショナリストVSグローバリストという構図なのだ、という指摘だった。
陰謀説には極端な左の人が言うものから極端な右の人のものが言うものまで、ほんとうにたくさんの種類があるが、そのほとんどは「ナショナリズム」的な傾向があるというのだ。どちらもグローバルな存在、メディア、国家に大きな不信を持ち、それが「別の物語」を作り上げる動機になっている。
そうか、たとえばワクチン陰謀論とか、メディアや企業になんでもかんでも不信を抱く傾向も「ナショナリスト」なのか。
ナショナリストの気持ちというのは、つまり慣れ親しんだ範囲にものごとを置いておきたい、昔ながらの方法がいい、という方向の情熱なのだろう。トランプ支持者から欧州の極右から日本のネトウヨさんまで、共通しているのは「守りたい」「変わりたくない」「こっちに来るな」という感情。恐れにもとづく反発と怒りだ。
スターバードさんのレクチャーの締めくくりは、さて、それではそんな嘘ニュースであふれ返ったこの時代の対処法は?という課題だったが、情報管理のベストプラクティスに万能薬などない、というのが身もフタもない結論。
ただし個人レベルでできることとして、自分自身の認知バイアスを自覚すること、そして、自分が情報に対してどんなふうに感情的に反応するかに気をつけて観察すること、という二つを提案していた。
そして最後に、メディアリテラシーというのは必ずしも論理的な部分だけではないのですよ!と強調していたけど、これはすごく重要なポイントだと思う。
リテラシーというと「知識」の部分にどうしても目がいくけれど、本当に重要なのはそれを自分の認知・感情のシステムがどう処理しているかに目を向けることなのかもしれない。
自分がどんな物語を求めているのか、どんな物語に反応しやすいのかを、常によく観察すること。
それで「話がうますぎる」「自分が慣れ親しんだシナリオにうまく合い過ぎてる」と思ったら、まず疑ってみること。
「簡単に騙されないようにメディアリテラシーを向上させよう」というスローガンはよく見るけど、言うほど簡単ではない。知識ってそんなに簡単に身につくものじゃないし。
これだけ情報があふれ返っていて、リテラシーを身につけるにも何をどこから手をつけていいのやら、どう選択していいのやら、もう最初からさじを投げたくこともある。
私は時々、世の中にある情報の量を考えただけで気持ちが悪くなるし、布団から出たくなくなる。
自分はすべてを知ることができないという無力感は、きっと人の持つ恐怖の根源のひとつなのだろう。だからこそ皆、シンプルな説明(物語)を必要とするのだと思う。
だから、嘘ニュースに飛びつかないようにするには、自分の内面をよく観察して直感を磨いておくことが、知識を蓄えるのと同じくらい大切なのだと思う。
嘘か嘘でないかを見分ける力は、言葉よりも直感のほうが優れていると思う。
直感は言語化されていない漠然とした情報を受取る力で、そっちの情報のほうが言葉になっている情報よりも圧倒的に多いからだ。(圧倒的に大事だという意味じゃなく、ボリュームとして多いという意味)
もちろん知識を得ていくのは重要だけど、その前にまずとりあえず足元を固めておこうという意味で、認知バイアスと自分の感情の流れをよく観察する、というのはすごーく有効なアドバイスだと思う。
誰でも物語なしには生きていけない。この世界には実に無数の物語があって、それぞれが複雑にからみあい、利害にもとづいて情報を発信している。
わけのわからない国家や組織が悪意をもって流すニセ情報もたくさんある。世の中は恐いところである。
ナショナリズムのエネルギー源は、変化に対する恐怖だ。自分や、自分が所属する(と信じている)国やコミュニティが脅かされているという恐怖。
自分が恐がっていることを自覚していないと、恐怖はどんどん膨らんで、そのコミュニティに属していない人やものへの攻撃になる。
いったい自分が何に対して攻撃的になっているのか、何を怖がっているのかに気づくことで手放せるものは、とても大きい。
誰だってある程度の認知バイアスがないと正常に生きてはいけない。でも、自分にどんなバイアスがあるのかを知るのは、自分を自由にしていくことだ。
わたしは30代のときに鬱になって病院に通ったことがあるんだけど、その時に医師に紹介してもらったのも、認知行動療法的なメソッドだった。自分が持っている強迫的な考えを(コントロールしようとするのではなく)ニュートラルに観察すること。
これはむちゃくちゃ役に立っている。このメソッドは認知すべてに応用できるし、使い慣れてくると生きるのがだんだん楽になってくるのだ。
インターネットにかぎらず、実は自分の中にも嘘ニュースはいっぱい詰まっていたりする。
生まれてこのかた真実だと思っていた(自分にとっての)常識が実は根拠のない情報だったということに気づくたびに、身軽になる。
自分が何に振り回されているのかに気づくだけで、状況は変わっていなくても気が楽になるものなのである。
人工知能やVRがどんどん進化していくこの先の世界では、きっと、嘘と現実の境目はますます曖昧になっていく。
何が真実かを自分で選ばなければならない日が来る。ていうか、もう来ている。
その時に重要なのは、結局一人一人が情報をどう受け取りどう感じるか、どういう立場でどう活かすかという主体的判断になってくるのかもしれない。
そんな世界で正気でいるために大切なことは、自分が恐いと感じるものをよく知っておくことだ。