福岡伸一ハカセの『動的平衡』という本をよみました。
こむずかしいのかと思ったらとても読みやすく書かれていて、ぐいぐいと引き込まれてあっというまに読んでしまった。
モヤモヤと考えていたことを、誰かがすぱっと言い切ってくれると、すごくスッキリすることがありますよね。まさにそんなかんじ。
「食物は情報を内包している」
「生命体は口にいれた食物をいったん粉々に分解することによって、そこに内包されていた他者の情報を解体する。これが消化である。消化とは…情報を解体することに本当の意味がある。タンパク質は、消化酵素によって、その構成単位つまりアミノ酸にまで分解されてから吸収される」(68)
「胃の中は「身体の外」
「消化管の内部は、一般的には「体内」と言われているが、生物学的には体内ではない。つまり体外である」(68)
「人間は考える管である」
「私たちは、もっぱら自分の思惟は脳にあり、脳がすべてをコントロールし、あらゆるリアルな感覚とバーチャルな幻想を作り出しているように思っているけれど、それは実証されたものではない」(73)
脳につかわれている神経ペプチドというホルモンとほとんど同じものが、消化管の神経細胞でもつかわれている。
そうして、これらのペプチドがいったいなぜこれほど多種類、大量に消化管の近くにあって、何をしているのかはまだわかっていない、のだそうだ。
「消化管神経回路網をリトル・ブレインと呼ぶ学者もいる。しかし、それは脳とくらべても全然リトルではないほど大がかりなシステムなのだ。私たちはひょっとすると、この管で考えているのかもしれないのである」(74)
あああー、リトルブレイン!!
最近の人工知能の議論で、脳の情報をすべてどこかにアップロードできるようになればもうフォーエバー死なない世界がやってくるという意見がなんか変だと思っていたけど、 あれは、それだから間違っているあるね!
「ガットフィーリング」というのは本当に消化器のあたりで感じているものだものね。
そもそもヒトの脳というのは、身体中にはりめぐらされた感覚器官のセンサーなしにはたぶん、あまり機能しないんじゃないだろうか。機能しても、その脳がいる世界はごく限定された世界になるよね。
感覚器官と脳はそもそも発生当初からセットで発達してきたのだし。
…とつらつらと思ってきたのだけど、分子生物学のハカセにこうわかりやすく言ってもらえるとすっきり納得なのだった。
「生命活動とはアミノ酸の並べ替え」
「(タンパク質の)合成と分解の動的な平衡状態が「生きている」ということであり、生命とはそのバランスの上に成り立つ「効果」であるからだ」(75)
おおおお!
ここを読んだときにはなんだかそわそわして、立ち上がってうろうろ歩き回ってしまったのよ。
「個体は、感覚としては外界と隔てられた実体として存在するように思える。しかし、ミクロのレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかないのである」(231)
淀み!淀みなんだね!
福岡ハカセは、そのような見識から、遺伝子工学とかES細胞を使った治療とかには批判的な立場をとっている。 そういった、ヒトを部品として扱う還元主義の考えかたは、全体を見逃しているのではないか、という立場なのです。
どうも科学の立場、理性の立場のひとたちは還元主義(reductionism)でなければヒトにあらずみたいな考えかたが主流のようです。
白黒ハッキリつけたがるし、すべて白黒決着がつくものだと信じている。
前に
還元主義について書いてみたときに思ったけど、還元主義のひとたちとキリスト教やイスラム教原理主義のひとたちは同じ思考パターンを持っていると思う。
お互い忌み嫌いあっているけど、おなじ穴のムジナっていうか、鏡にうつっている姿じゃないかと思うよ。
あと、ミトコンドリアはもともと細胞とは別の生物だったっていう説を最近聞いて仰天したのだけど、それについても詳しく説明されてて面白かった。
最後にライアル・ワトソンが出てきたのでそれも驚いた。
「心の理論」が豚に備わっていないと考えるひとはちょっとどうかしていると思う。
ねこにも犬にも「他人にも自分と同じ心がある。しかし他人はそこに自分とは違う考えかたを持っている」ということは、理解できているのではないでしょうか。
それを証明する実験なら簡単にできそうな気がするんですけど!
いやーほんとに面白かったー。これは2009年の出版で、続編がでてるらしい。
福岡ハカセの著書は『生物と無生物のあいだ』を何年か前に読んで、こちらもとてもおもしろかったんだけど、『動的平衡』のほうは今、まさに読みたかった言葉が降臨!という感じでした。
淀みなんですね。分子の淀み。そして考えるちくわ!
帯に書かれてるとおり、「読んだら世界がちがってみえる」のは間違いなしですよ。