2012/05/10

クリスピークリーム


海を渡っただけで急に株が上がってしまった代表選手、Krispy Kreme。

5年ほど前に一時帰国していた時、たまたま新宿に行ったら、開店して間もなかった日本第1号店にすごい行列ができていてびっくりしました。さすがにもう行列は出来てないのでしょうが、まだプレミアム扱いなのかな。

実はオアフ島でもクリスピー・クリームは一種プレミアム商品なのでした。

マウイにお店があるけれどオアフには出店してないので、オアフ島では子どもたちのファンドレイジングに良く使ってました。

マウイ島から朝一番の飛行機で届いたのを空港に取りに行って、子どもたちがスーパーの前の駐車場や交差点に立って、1ダース入りの箱を並べてとおりすがりの車に売るのです。たしか1箱15ドルくらいでした。うちの息子が参加していたサッカーチームもファンドレイジングにとても熱心だったので、何度かやりました。
 
だいたいいつも炎天下なので、お昼頃には溶け始めて、下のほうの箱などはもう砂糖でじっとり湿っていたりするのでしたが、それでも結構売れていました…。


クリスピー・クリームのドーナツが好きだというと、在米の日本の人には、え、と一瞬引かれるか、少し気の毒そうな顔をされるのが常です。
なんであんな砂糖のかたまりのようなものを好きこのんで、というのが、センスある日本人の普通の反応のようです。

クリスピー・クリームのドーナツ(中にクリームなどが入っているのは、さすがに私もダメです。砂糖がかかっている普通の「original (glazed)」か、そのバリエーションまで)を食べるには、絶対にコーヒーが欠かせません。
特においしいコーヒーである必要はありませんが、必ず濃い目で熱くなくてはなりません。

ふんわりしたドーナツは一口食べただけで濃い甘さが口中に広がるので、急いで熱いコーヒーを飲んで中和します。クリーミーな甘さをがつんと強いコーヒーで打ち消すときの味が好きなので、いつもよりもコーヒーを飲む速度が非常に速くなります。この繰り返しでドーナツ2個半はいけます。

これは「たまり漬け」「いかの塩辛」で白いご飯をたくさん食べる幸せと似ているような気がします。

 

ドライブスルーつきの店がうちの息子の高校の近くにあるので、この赤い「できたてだよ〜」サインが点灯していると、つい寄ってしまう。

店内の小さなドーナツ工場で、ベルトコンベアに乗ってドーナツがぞろぞろ流れて来るのを眺めるのはちょっと楽しいです。

 


でも店内はいつ行ってもがらんとしてます。立地も寂れたオーロラ通りで、オサレな街の中ではないし。座ってゆっくりドーナツを食べている人はほとんど見かけたことがありません。

50年代ふうの内装やロゴも素朴なパッケージも可愛くて好きですが、アメリカ国内では、シボレーの大型車みたいな、時代遅れで少し野暮くさい、でもまあ失うことも出来ない存在として扱われているようですね。




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2012/05/07

二つのMay Day


フェイスブックにハワイの友人が「メイデー」のビデオを載せているのをみて、懐かしくなりました。

ハワイのMay Day は、労働者の日ではなくて、ハワイアン文化を祝う日になってます。

5月1日は「May Day is Lei Day」で「レイの日」ってことになっていて、公園でレイ作りのコンテストやフラなどのイベントが行なわれます。オアフ島ではホノルル市主催です。

もうひとつ、オアフの公立小学校でもれなく行なわれている「メイデー」イベントは、子どもたちが学年ごとにそれぞれ練習したフラを披露する会。

アメリカの学校は入学式も始業式も修了式も学芸会も運動会もないので、「メイデー」は唯一といってもいい、学校あげての大掛かりなイベントです。
子どもたちは学年全員おそろいのTシャツやレイやかぶりものをつけて、何週間も練習したフラを踊ります。

うちの息子が6年間通った小学校は、たまたまネイティブハワイアンの多い地区にあったので、メイデーにはかなり力が入ってました。
毎年6年生の「キング」と「クイーン」が選ばれて、クイーンの女の子は白いムームーを着て、とても威厳あるフラを堂々と踊っていました。

しかし、自分の息子のは、1年生のときに紙で作った「カニ」を頭に載せて、なにか海がテーマのダンスを踊っていたのくらいしか覚えていません。けっこう毎年観に行っていたはずなのに。

当時のまだ可愛かった子どもの写真を探してみましたが見つからないので代わりにカメハメハ大王に登場してもらいました。

You Tubeで探してみたメイデーはこんな感じオバマ大統領の出身校のもありました。オバマ少年もこんな感じでアロハとか着て踊ってたんでしょうね。 



ちなみにカメハメハ大王の像がこの超ロングサイズなレイで飾られるのは、メイデーじゃなくて6月のキング・カメハメハ・デーです。 

ハワイで「メイデーはレイデー」ということにし始めたのは1920年だそうなのですが、その頃ってサトウキビ農園の労働者が次々にストライキをして紛糾していた時代。
労働組合運動と資本家の衝突が激しかった時代ですから、もしかして、「レイデー」はハワイでメイデーを労働者団結の日にしないための一案だったんじゃないかな、なんてふと思いました。

シアトルでは今年の5月1日、ダウンタウンで黒装束の自称アナーキストグループが暴れて銀行やナイキやアパレル店の窓ガラスを壊したりしてました。
労働者の日とも、「オキュパイ」運動とさえも何の関わりもない「壊してるオレ」に酔ってるだけのバカ者じゃん、カッコ悪ぅ、としか思えなかったのですが。声明文さえない(マスコミには登場しなかった)ので、なぜメイデーに暴れたのかすら意味不明です。どうせ目立つならもっと笑えるようなことをすれば良いのにね。
 


いつもありがとうございます。良かったらまた来てくださいね。

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2012/05/06

サンダル日和


やっとサンダルが履ける気温になった日曜日。いそいそと今年最初のサンダルばきでパン屋さんへお出かけ。

でも、ちょっとつま先が冷たかった…。

このところ日中も気温が15℃の下をさ迷う、またもや寒い春に逆戻りしていたので、昨日なんかロングブーツで出かけてしまいました。


 風の強い日が続いたので、八重桜も散りまくり。

 今日は快晴で気持ちの良いお散歩日和でした。
(ほとんど家にこもりきりだったけど、ブツブツ……)

日本ではみんな同じ日に「衣替え」がありますが、シアトルの春から初夏は、ダウンジャケットの人もいればタンクトップにショーツの人もいて、もうなにがなんだか。秋も同様。

最初の年、息子のサッカーチームのお母さんたちに「ダウンジャケットをいつ仕舞ったらいいのか、迷っちゃうわね」と言ったら、みんながうっすら微笑んで、「We don't put them away!」と答えたのに衝撃を受けたものでした(笑)。そうなのか、仕舞わないのか……。

さすがに厚手のは真冬しか着ないけれど、最近のウルトラライトなダウンジャケットなら、ノースウェストでは年間10ヶ月は登場の機会があるかも……。


武者猫りんたろう君です。


いつもありがとうございます。
また遊びに来てね~。

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カークランドで『スタンド・バイ・ミー』ごっこ

少し前ですがカークランド滞在中、天気の良い日に、前から気になっていた場所に行ってきました。

線路です。


こんなに立派な踏切があるのに、もう今では使われていない廃線路。少し前まで貨物列車が通っていたようですが。


 この線路は、市を横断する遊歩道と自転車道にするためにカークランド市が土地ごと買い上げて、Cross Kirkland Corridor というプロジェクトになってます。
この線路をはがして整備するかどうか、予算をつけるかどうかは、まだ決まってないようです。

全長は6マイル近くあって、520号の近くのパーク&ライドからトーテムレイクまでつながってます。


遠くから見るとなかなか風情があって良さげなんですが、線路の上って歩きにくい。ちゃんとしたウォーキングシューズを履いて行かなかったのを後悔しました。



全部歩き通したわけじゃなくて、パーク&ライドの近くと、グーグル社屋のある近くをちょこっと歩いてみただけの感想ですが、風通しもよくないし、眺めも別に良くなく、トレイルとしてはあんまり快適ではないかも。



でも、『Stand By Me』ごっこは楽しめます! 短いけど鉄橋もあるし!  


 線路端に巨大つくしがいっぱい。

パーク&ライドから北のあたりは、民家のすぐ裏庭を通ります。
ハチの巣箱を発見。

また今後、整備されて行くのかもしれませんが、現時点ではかなりワイルドな感じの、ちょっと変わったお散歩コース。わんこと一緒のお散歩に楽しいかもしれません。



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2012/05/04

Urban Coffee Lounge の茶碗蒸しキッシュ


シアトルからはワシントン湖をはさんで反対側、ちょうどマグニソン・パークの対岸くらいにJuanita (ワニタ)湾があって、水辺が広々した公園になっています。カークランドのダウンタウンからは車で5分強かな。

Urban Coffee Lounge は、その公園の目の前にある、ショッピングセンターの中のカフェ。



カークランドに用事があって湖を「北周り」でシアトルに帰るときなどに、時々寄ります。

Stumptown の豆で淹れたコーヒーと、シアトル近郊の地元ベーカリーやドーナツ屋さんやショコラティエから仕入れるパンとおやつ類。自家製のものはないので、セレクトショップ式のカフェというか。




 ここのキッシュはLynwood のFinales というベーカリーから仕入れているようですが、すごくボリュームがあって、中の卵が茶碗蒸しのようにプリンプリン。 フェタチーズとほうれん草のと、ベーコンのとがあるけど、フェタチーズののほうがプリンプリン度が高くて、好きです。
軽いお昼ならこれだけで充分。

コーヒーはとってもおいしいです。Stumptown の豆ってシアトルで今まで飲んだ中で何気に一番おいしいかも。


ワニタ湾の公園は車で前を通るばかりでまだ行く機会がありません。良いお天気の日に行ってみたい。


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2012/05/03

SAMの黒ネズミと壁の顔


先週のSeattle Art Museum訪問時。

余力があったら常設展示も見てこようと思っていたのですが、ゴーギャン先生がかなりヘビーで、風邪気味だったこともあってぐったり疲れてしまい、まっすぐ帰りました。

エスカレーターの前の黒ネズミにだけ挨拶。


眠る男の人の胸の上に座っている、衝撃的なネズミです。

シアトル美術館は、数は多くないけれどコンテンポラリーアートやノースウェストのネイティブ美術、アフリカのお面、磁器や陶器など、個性的なコレクションが楽しいです。




この日はバスで行ってみた。University Street の地下ステーションで下りてエスカレーターを上がったところの壁に、顔がありました。電光掲示板アート。表情が刻々変わります。

でもハイテクっていうよりは、かなり素朴な顔です。この駅が出来たのが1990年だから、建造当時に設置されたものなのでしょうね。






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2012/05/02

楽園への道 ゴーギャンとポリネシア




日曜日、シアトル美術館で開催されていたゴーギャン展を、すべりこみで!観にいってきました。

最終日だったのでさすがに混んでましたが、東京の美術館みたいに、人垣をかきわけないと絵が見えない~!というほどではありませんでした。ほんとに日本の美術館って(特別展のときは)混んでますよね。

展示点数は思ったより少なかったけれど、タヒチそのほかのポリネシア美術品とゴーギャンの作品を交互に展示して、旅路をたどり、画家がはまっていった世界をかいまみることができる構成で、面白かったです。

19世紀のエッフェル塔の巨大写真を背景に、パリ万博でゴーギャンが出会ったイースター島の彫像(『ツイン・ピークス』に出てくる巨人にどこか似ている。不吉な予言を持ってくるうつろな目の巨人)や、ポリネシアの入れ墨の絵や彫像や石像が並ぶ部屋の次には、1回目のタヒチ滞在で描いた絵が並ぶ部屋。

その次は2度めのタヒチ行きの途中でゴーギャンが立ち寄ったニュージーランドのマオリ美術の部屋でした。ここはマオリの集会場が壁一面の写真で再現されていて、集会場の主である彫像が飾られていました。

ちょうど後ろから来たツアーにここらへんで追いつかれたので聞いていたら、ノリの良い、思いっきりゲイなドーセントのお兄さん、ツアー参加者にガラスケースに入った小さな彫像に向かって一斉に「ハロゥ~!」と言わせてました。
展示のために借りる条件として、美術館のスタッフはこの彫像の前を通るときは挨拶をすること、という約束をしたんだそうです。だから警備スタッフから館長まで、みんなこの部屋では彫像に一礼していくんだとか。美術館にあっても生きているマオリの彫像です。


この展覧会を見る前に、読みかけだったバルガス=リョサ『楽園への道』(田村さと子訳 河出書房新社)を急いで読了しました。

ゴーギャンとその祖母のフローラ・トリスタンの生涯を描いた物語で、二つの時代にそれぞれ、まったく対象は違うけれど、見果てぬ理想を追い続ける情熱と自分の才能とに追いつめられるように生きて若くして死んでいった二人の豪傑の話がかわるがわる語られます。

19世紀の終わり、汚く暗い都市文明を嫌い、遠い南洋の島に楽園の夢を描いたゴーギャンと、19世紀半ばのフランスで、劣悪な環境で働く労働者たちに団結を説いてまわり、来るべき平等な世界を実現するための運動に短い生涯の晩年を費やした祖母フローラ。

二人とも「Larger-than-life」 という言い方がぴったりな並外れた才能とバイタリティに恵まれていながら、それぞれ働き盛りに体を壊して、世間並みの幸せからはほど遠い壮絶な戦いの中でずぶずぶと沈むように亡くなっていく、そのさまよう闘魂の力強いお話です。

このあとにゴーギャンの書いた『ノア・ノア』を読むと、さらに立体的に楽しめます!

ゴーギャンはパリの証券マンとして大成功しながら、友人のすすめで20代後半から画業に取り憑かれて、アマチュアの域にとどまらない馬力で描きまくり、印象派の大家にも認められるようになります。

不況で失業するやいなや、即座に画業に専念することを決意。でも絵は売れずどんどん貧乏になって、結局子どもも奥さんもほったらかしにして南洋の島タヒチにわたりますが、もちろんそこは最初に思い描いたようなロマンチックな世界ではありません。

タヒチもほかの島同様、とうに白人の手で100年以上かけて丸裸にされ、祖先から受け継いだ文化は宣教師たちに禁止され、半ばうつろな土地になっています。

ゴーギャン自身も梅毒に健康をじわじわ蝕まれていきながら、いったんは帰国するもののヨーロッパの文明社会にももう居場所を得られず、2度目にはもう戻らない決心で島へわたります。

13歳か14歳の少女たちをつぎつぎに現地妻にするわ、現地のフランス人社会や教会を馬鹿にして支離滅裂な喧嘩を売るわ、現地のカソリック教会の司祭をモデルにした悪魔像を家の前に立てるわ、卑猥な写真を子どもたちに見せて誘惑するわ、と小説は晩年のゴーギャンのやりたい放題の全開エロ親父っぷりを忌憚なく描いていましたが、ドーセントのお兄さんの解説はさらに辛辣でした。「中学生がノートにラクガキするような快楽万歳な言葉を自分の家の柱に彫りつけて、近所の学校の女子中学生に手を出そうとしたりして、50歳過ぎた男のすることとは思えないでしょ~」。

21世紀の社会に住んでいたら間違いなく即刻監獄行きに違いない、周りで静かに生活したい人にとっては本当に迷惑な人だと思いますが、ゴーギャンはその悪行もすべて背負って死に直面し、絵筆をとっていました。やはり画業に殉死した人です。

才能となにか強い力とにはるか遠い島まで連れていかれた画家は、西洋文明に魂を抜かれた島で、最後まで渾身の絵を描き続けます。


「動物的で、同時に人間的な自由な生活のあらゆる歓びをたのしんだ。今日の日が自由で美しいように、明日もまたこんなであろうと思う確信をもって。平和は、私に落ちかかってきた。私は、順調に啓発されていった。そしてもう徒な心配はしなくなった」
「私は、数多の夢を失った魂をもち、肉体は数多の努力に疲れ果てて、道徳的にも精神的にも疲弊している社会の悪を、長い間運命的に受け継いできた、いわば老人である!」
『ノア・ノア』(前川堅市訳、岩波文庫)

 『ノア・ノア』は、ゴーギャンがパリのブルジョワのお客さん向けに自分のタヒチ生活を詩的に神秘的に綴った、いわばプロモーションツールのようなもの。楽園の凋落を嘆きながら、ロマンチックな神話的世界が描き出されています。

タヒチ以降に描かれたゴーギャンの絵の強さには、決して届かない楽園への文字通り命をかけた思い込みと、生命力と、同時に明るい光の中に端正に描かれているとほうもない虚しさがあるように思います。ぐいぐいと引っ張られて底なしの穴を見せられているような気がする楽園です。

少々毒気にあてられたような展覧会でした。




シアトル美術館のエントランスエリア。 ゴーギャンからの帰り道、モダンアートがとても爽やかに感じました(笑)。


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