2013/12/07

スクアミッシュ博物館 



 Suquamish Museum (スクアミッシュ博物館)に行こうと思ったのは、Seattle Times に載ったオルカの記事をみたからだった。(先月のソイソース記事でも紹介しました。)

ワシントン大のBurke Museum(バーク博物館)に保管されていたSuquamish(スクアミッシュ)部族の遺物500点ほどが、部族が運営する新しいミュージアムに返還されることになって、ピュージェット湾を隔てたシアトルの町からその遺物を載せたフェリーがスクアミッシュの居留地に近いベインブリッジに近づいた時、どこからともなくフェリーをオルカの群れが出迎えた、という記事

3ダース近い群れが現れたって。

フェリーには何度も乗ってるけど、オルカなんかそうそう見られるものじゃない。アザラシなら見たことあるけど、オルカなんか一度も見たことがない。

ピュージェット湾に住んでいる群れがいくつかあって、そのうちの2つだったと記事にはあった。

オルカ出現の時、たまたま別の用事で同じフェリーに乗り合わせていた部族の長老は、
「We believe the orcas took a little break from their fishing to swim by the ferry, to basically put a blessing on what we were on that day.

(オルカたちは漁をちょっと休んで、フェリーに祝福に来てくれたんでしょうね)」

と言っていた、という。

先祖の遺物を運んできた船をそんなにたくさんのオルカが出迎えるなんて、これは部族の人にとってはどれほど嬉しい祝福だっただろう。


 
スクアミッシュは、ベインブリッジ島とキトサップ半島に挟まれたせまい Agate 水道に面したあたり、白人がポート・マディソンと名づけた地域に集落を持っていた部族。


ここです。

ちょうど、バラードのちょっと北、ブロードビューのあたりからまっすぐに湾を横切ってキトサップ半島につきあたったあたり。

シアトルに名を残したシアトル酋長の父方の部族が、スクアミッシュ。

シアトル酋長の母方の部族は、その対岸、今のシアトルダウンタウンの南からワシントン湖、サマミッシュ湖のほうまで勢力が広がっていたというDuwamish(ドゥワミッシュ)族だった。



19世紀半ばに白人の政府が「テリトリー」の総督を送って来て、この辺一帯のインディアンに、白人の使いたい土地を明け渡して平和裏に居留地に移れ、そのかわりに無料の医療や教育やその他いろいろ文明的な援助をしてあげましょう、という条約を交わそうとした。

その時に、ドゥワミッシュとスクアミッシュを両方代表していたシアトル酋長が語ったというのが、有名なシアトル酋長のスピーチだった。

この2部族は戦わずに合衆国政府の差し出す条件を呑んだのだけど、大規模ではないけれど戦争を選んだ部族もあった。…もちろん、あっという間に殲滅された。シアトル酋長は、その運命をよく理解していた。

全滅か、白人に土地を明け渡して細々と生き延びるか。ほかには選択肢がなかった。

戦おうにも、ほかの大陸からもたらされた疫病で、数十年のうちに人口激減していた。

博物館の展示では、このへんのSalish 言語を話す部族は18世紀末には200万人いたのが、 1855年には7000人か8000人になっていた、と説明されていた。 285分の1だ。

何度聞いても、とにかくその人口激減のすさまじさに、愕然としてしまう。
 
スクアミッシュの部族の土地には幸いまだ白人が町を建てようとしていなかったので、祖先が代々住んできた土地を追われずに済んだ。これは18世紀から19世紀にかけて徹底的に土地を追われたアメリカインディアン史上、非常に珍しいケースじゃないかと思う。

ドゥワミッシュの人々はそんなにラッキーではなく、スクアミッシュの土地へ行って一緒に住めと命じられた。

スクアミッシュの部族も、めでたしめでたしで終わったわけではなくて、合衆国政府が約束したはずの補償は結局期待したほど得られず、「家族単位で小さな家に住み、土地を耕す」というアメリカンスタンダードな生活を押し付けられて、それに馴染めないというかきっと理解できなかっただろう家族が、次々にせっかくの土地を手放してしまい、居留地が目減りしていくという現象も起きたという。

町から近いウォーターフロントの地面をデベロッパーが放っておくはずはなかったのだった。

しかも19世紀の「無料の教育」というのは、「同化」の強制を意味していた。
アイヌの人もハワイの人も同じ時代同じような目にあった。

祖先から受け継いだ言葉も文化も、「未開で野蛮」とひとくくりにされて、いけないものとして禁止されてしまう。

スクアミッシュの子どもたちは、ほかのインディアン部族同様、遠い寄宿舎に送られて、アメリカンな文明生活を身につけることを最上として教育された。

ノースウェストのネイティブ部族の社会には「ロングハウス」という、そのまんまだけど「長い家」というのが中心的な役割を果たしていたという。

スクアミッシュの人たちの村にも、水辺にOldman House と呼ばれた巨大な集合住宅兼集会所があって、近隣でも有名だったらしい。
さしわたし、60メートルもある長い家だったと記録されている。

これが、条約締結から10年か20年後、アメリカ政府の手で焼き払われてしまった。

「オールドマンハウス」に住みついて昔ながらの生活様式を捨てようとしない住民に、白人の役人たちはイライラしていたようだ。

ワシントン大学に保管されていて、今回このミュージアムに還ってきたというのは、その焼けたオールドマンハウス跡で1960年代に発掘された遺物。


 このミュージアムも、ちょっとその「ロングハウス」を模したかんじのデザインだった。

スクアミッシュ部族は90年代以降にカジノを建設し、おそらく主にその収益で、オールドマンハウスのあったあたりに、去年、昔の様式を模した近代的なコミュニティセンターを建てた。


このミュージアムも80年代に建った旧館から去年、この新しい建物に引っ越した。

展示もタブレットで立体的。

デザインも最先端で、ほんとにちっちゃいけど、気概を感じる博物館です。



工芸品の籠がとっても素敵。



カヌーをかつぐスクアミッシュの人々の像。手前が現在の人たち、真ん中が昔の人たち(先祖)、そして最後が「かわうそ」。


かわうそ君。

いにしえの万物はすべて自由に姿を変えられた、というのがスクアミッシュの人たちの信仰だったそうです。だから、カワウソは「太古の、始まりの時の人」を代表してカヌーをかついでいるのだそうだ。

奥のほうに見えている年表の展示は、レッドシダー(米杉)の板に印刷してある。

レッドシダーはこのへんの住民にとって、なくてはならない貴重なマテリアルだった。
もちろんロングハウスだってカヌーだってレッドシダー製だし、



服も出来たのだった。

レッドシダーの木の皮を何時間も気長に叩いて、赤ちゃんのおむつにもなる、ガーゼのような柔らかい布も作ったという。


スクアミッシュ博物館、祝日以外は今のところ年中無休です。「来年はちょっと変わるかもしれないけど」と、受付嬢かと思ったらディレクターだったJanetさんが言ってました。

開館時間、入館料などはこちら

シアトルから来た遺物たちは、来年夏ごろに展示にお目見えの予定だそうです。





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2013/11/28

サンタのいない家と恐るべきアンソロポロジー


久しぶりに町に出た。モールはすっかりクリスマス気分。早いよぅ。

ずっと家でこもって仕事をしてたので、なんだか浦島太郎のような気分だ。

この間まで夏じゃなかったっけ?あら? 



 さすがにサンタはまだきてませんでした。

「サンタは今、こちらに向かってます。サンクスギビング明けにまたきてね」

と書いてある。

親たちがが子どもをサンタの膝に載せて写真を撮るために長い行列をつくる、ショッピングモール名物「サンタのワークショップ」です。わたしもうちの息子が小さいとき、サンタと一緒の写真を撮らせようとしたのだけど、うちの息子は頑としてカハラモールのサンタの近くに寄るのを、拒んだ。

「知らないおじさんの近くに行っちゃいけません」 て、普段は大人から言われてるもんねぇ。サンタに恐怖を感じるほうが、たぶん正しいのかも。


モールにきたら、どうしても寄らねばならない店 Anthropologie (アンソロポロジー)。

急ぎの贈り物を探しに来たはずだったのに、なぜか、赤いリスとか、



「いっかく」の皿が、わたしを呼ぶ。やーめーてぇー。

ここはいつもすごい球を投げてくる、恐ろしい店。



アートぽい感じのお洋服と雑貨類がかわいすぎる乙女な店なのに、40すぎたおばちゃんがぶらぶらしてても居心地よく、さすがに服はちょっとかわいすぎるのが多いですけど、意外に実際のメインターゲット層は40代かもなんて思っちゃうほど。店内のお客さんの年齢層は推定20代から推定60代まではばひろい。

とにかく店内のすべてが、ツボをぐいぐい押してくる品揃えです。



日本にもハワイにも数年前出店の計画があったのに、いろいろあって途中でとりやめになったそうです。

でもまた日本出店は計画中なんですよー。と、レジにいたマネジャーさんがいってました。

さて明日ははやくもサンクスギビング。そしてハヌカー。
良いホリデーでありますように!

Happy Thanksgiving!!




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2013/11/23

登録サバイバル



きのう朝、うちの息子は5時半からインターネットに向かってた。

目的はクラスのレジストレーション。来年1月から始まる大学1年の2学期目で取りたい数学と化学の基礎クラスがすごい競争率で、500人ぶん以上の枠があるのに、ほかの優先枠の学生(単位を規定数以上取って卒業に近いほど優先になる)が取ったあとにはほんの20くらいしか空いてない、席の争奪戦なんだそうです。

朝5時55分だかにクラス登録がオープンになるので、みんな早朝からスタンバイしてるとか。

回線が混み合ってなかなかログインできず、結局ログインできた時にはもう1つも席は残っていなかったといって、おれはどうすればいいんだー!と、朝から超ブルーになっていた。


500何人かのうちの1人が登録を取り消せば席が開く。空席ができたらメールでお知らせをしてくれるリストに登録していても、ほぼ空いた瞬間に埋まるので、きょうは一日じゅうメール受け取っちゃログインして撃沈の繰り返しだったそうです。

今年は特に新入生の数が多くて、1年の基礎クラスの奪い合いがはげしいらしい。

これは商売になる。

と思うのは私だけではないようです。

登録画面にアクセスし続けるボットを作成して売る人とかも当然いるようで、クラス登録の画面にしつこくログインして画面を更新し続けていると、強制的にシャットアウトされるんだとか。
ほかにももっとあこぎな商売が成り立ってそうな気がするなー。


UCLAその他、カリフォルニアのマンモス校ではもうかなり前から学生数に対して必修単位のクラス数が少なすぎ、真面目に通ってもクラスに登録できないために4年間で卒業できない学生続出、というのを何年か前に聞いた(だからカリフォルニアからワシントン州に来る学生が増えたとか)けど、同じ傾向になってるのか。




日本の大学の事情はまったく分からないんだけど、どうなんでしょう。日本の大学って入るのは大変だけど、入ってしまえば割合に卒業まで行き届いた面倒を見てくれる感じがする。

アメリカの大学はクラス登録からして生存競争だ。


要領が良い子は絶対先回りしていろんな手を打ってるはず。高校の続きでぼーっとして誰かが助けてくれるのを待ってても、誰も親切に手伝っちゃくれないのだ。まあこれも勉強だ。頑張れ息子。

写真は数週間前のグリーンレイク、秋の最後のゴージャスな一日。
もう今は、葉っぱもすっかりなくなって、本格的に冷え込んできた。


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2013/11/21

昭和なタイマー




タイマー買ってきた。


1週間頑張っておしごとが終わったら買ってもいいことにしていた、前から欲しかったキッチンタイマー。

特に意味なし。

電子レンジについてる、ぴっぴと押してピーっと鳴る電子音のを使ってたんだけど押すのが面倒なのと味気なかったので。

電池もなんにもいらない、このネジ式の、頼れるかんじのがほしかった。

じりじりーん、という昭和の黒電話のような、間の抜けたゆるい音が、なごむ。


15ドルなり。フィニー通りのファニチャー&キッチン用品店にて。
われながら、意外に安上がりなモチベーションである。

この店には直径10センチくらいの「まりも」があって、心惹かれている。これは75ドルなり(容器込み)。



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2013/11/18

ディスカバリー・パーク


いやはやもう11月も半ばを過ぎてしまいました。て毎日そんなんばっかり言ってる。

ずうーーーぅっと家に座りっぱなしのこもり仕事なので、時間をつくって外を歩かないとなー。

と思い立って行ってきたある日(といってもかなり前ですが)のDiscovery Park (ディスカバリーパーク)。
うち(バラード)からは、近いような、そうでもないような、マグノリア地区。

直線距離だと近いんだけど、ここ入口が意外に、主だった通りから離れてる。
くねくねとした道を住宅街の中を通り、公園の中に入っても、またアプローチが長い。

そしてかなりとんでもなく広い。

216ヘクタール。

東京ディズニーランドの約5倍。

そして特になにがあるわけでもなく、犬が遊べる野原と、林の中のトレイルと、トレイルを抜けていくとピュージェット湾沿いに狭いビーチがある、自然公園。

トレイルはかなり整備されてるものの、標識はあまりアテにならず、マップなんか全然ないので勘が頼りみたいな手探り状態で、すこし迷った。
駐車場からビーチ沿いまで軽く片道30分はかかるので、手軽な散歩ってつもりが、結構なハイキングになってしまった。
 


ピュージェット湾に突き出たウェストポイント岬に灯台がある。

この公園も、19世紀末にできた古い陸軍基地だったところを70年代に払い下げて市が公園にしたものだそうで、シアトル市も貰ったはいいけど広すぎて困惑したのではないだろうかと思うくらい広い。

シアトル市ではここの次に広い Magnuson Parkも、もと海軍航空基地で、やっぱりあまりに広くてとりとめがないような公園。

市街地に隣り合ってこれだけの広さの公園が2つもあるってすごい。
軍事施設でもなかったら、今頃はとっくに細かく仕切られて宅地にされているはず。

行き届いた施設などあまりなしに、ぽーんと放りだしてあるようなありさまが、シアトルらしい。

これは夏場の、ビーチのあたりの景色↑です。マドローナの木が生えていた。

シアトル市の公園サイトにはこんなふうに書いてある。

The role of Discovery Park is to provide an open space of quiet and tranquility away from the stress and activity of the city, a sanctuary for wildlife, as well as an outdoor classroom for people to learn about the natural world.
(ディスカバリー・パークの役割は、都市の喧噪とストレスから離れた静かで開けたスペースを提供し、また野生動植物のサンクチュアリとなり、同時に、自然の世界について学びたい人々のための野外教室となることでもあります)


ビーチ方面に降りて行く坂は、いきなりレインフォレストのようになっているし、砂地の崖もある。
野外教室だけでなく、軽くサバイバル訓練もできそうな公園です。



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2013/11/16

『Gravity』 無限空間のとんでもない孤独  


映画『Gravity』を観に行ってきました。

映画館ひさしぶり。アメリカでも映画、高くなった。数年前までは大人5ドルくらいだったのに、これなんか3Dで観たら15ドル。 この映画があんまり良かったので息子に(もうさいきん、ママと映画なんか見に行ってくれないので)カノジョと一緒に見てきなさいとちょっと太っ腹なところを見せたら、ううう2人で30ドルかよー。高っ。

映画館に客行かなくなる>値上げ>ますます映画館に行く人が減る  という、日本と同じ道をたどっているのではないでしょうか。
 


映画のストーリーはすごくシンプル。 宇宙ステーションで不慮の事故があり、宇宙飛行士の科学者(サンドラ・ブロック)がさんざんな目にあう。登場人物はサンドラ・ブロックのほか、同じミッションのもう一人の宇宙飛行士(ジョージ・クルーニー)の2人だけ、という本当に超ミニマルなセッティング。

舞台は地球の衛星軌道上。地上372マイル、約600キロ。半島の形や都市の光が、さわれそうなくらいにくっきり見える。

青い大気の層に包まれた地上が信じられないほど美しい。

CGではあるけど、地球を見下ろす疑似体験ができる映画だった。

サンドラ・ブロックの宇宙飛行士は事故にあって、地上に戻るために何もない空間を一番近い宇宙ステーションへ「泳いで」わたらねばならないのだが、私は閉所恐怖症の傾向があるので、もうこれは絶対に絶対に絶対にわたしには耐えられないとおもった。

広大な。
 
という概念を上書きせなばならないほど広大な空間の中で、自分を包む小さな宇宙服の中にしか、自分が生きられる環境がない。

これは閉所恐怖症には考えられうる限り最悪の逆パターンである。
ものすごく広い空間が広がっているが、自分がいられる場所はヘルメットの中の数センチだけ。
考えただけでパニック・アタックが来そうだ。

サンドラ・ブロックの宇宙飛行士は泣きながらこの孤独に耐えて行くのだけど、私は見ながら何度も「ああ私だったらもう間違いなくこの瞬間に死んでるよ」とおもった。

周囲何千キロにもわたって、1人の人間もなく、自分の吸う空気さえもない。これ以上の孤独はない。

目の前には、文字通り、無限に続く空間がある。 無限である。マジ無限。本当に果てがないのだ。

そうして、足もとの地球を覆う青い水と酸素の層の、なんと薄く、はかないこと。

不注意に落としたらたちまちぱりんと割れてしまう薄いガラス玉のようだ。

生命がいられる場所というのは、このとんでもなく無関心な冷たい無限の暗闇の中で、この薄いはかない、あるかなしかの層だけなのだ。

ということが、ひしひしと感じられる映画だった。

水蒸気の層に守られて生活している私たちはふだん、こんな無限の暗闇を見なくても済んでいる。何もない空間の圧倒的なボリュームの中で、私たちの世界のすべてはシャボン玉の皮のようなものの中で始まって終わる。

そしてこの、私たちの生命力というのは一体なんなんだろう、なんてことも考えてしまう。


日本では12月13日から公開されるそうです。

邦題『ゼロ・グラビティ』というのはちょっと意味が違う気がするなー。

『Gravity』は、重力圏で展開する物語なので、生命が存在できないほど地上から離れていても、舞台は地球のうちなのだ。

たしかに方向を間違って 力が働くと無限の方向に飛び出していって行ってしまうほど、重力の働き方は地上に比べて弱い。でもちゃんと宇宙ステーションも宇宙飛行士も、がっしりと地球の力に捕まえられている。

広大な空間に放り出された1人ぼっちの宇宙飛行士が感じる地球の重力、生命が存在できる地上から引っ張られる強い力(物理的にも精神的な意味でも)、というのが、この映画のテーマだと思うからだ。

 お奨めです。絶対大画面で。できれば3Dで。






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2013/11/12

黄泉の女たち 


11月2日(土曜日)、舞踏の公演はTaoist Studies Instituteにて。

第1部は『黒髪』。
動画はこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=hZBIYXl-sQQ&feature=youtu.be

影が、迫力ありました。


めちゃオーソドックスな地唄ですが、舞はもちろんBUTOH です。


千種さんの美しい唄声と寂しい三味線に、時が止まる女、遠ざかっていく影。

わたし今回思ったことですが、「完全に静止」する姿が出来るというのは、すごい。
舞踏家はまるでそこの空間に切って貼られたような形を瞬時に体でつくることができる。


イーストビレッジよしこ氏の作品は、今回もどえらい完成度。ほんとに毎回パワーアップしてはります。どうこれ? 

(追記:…と書いたら、よしこ氏から「これは4年前の作品です」と静かな怒りのメッセージを頂いてしまつた。あわわわわ。大変失礼いたしました)

カメラは今回は6年くらい前に買ったキャノンG9を引っ張り出してきました。パフォーマンスの時は、一眼レフだとカシャカシャとシャッター音がうるさいため。使い方忘れてしまってマニュアルも持参。
G9、小回りのきく奴なんだけどISOの高い絵は苦手なんだよね。なのでかなり粗い画面です。
 


第2部、黄泉の国から来たガールズ。


こーーーーわーーーーいーーーー。真剣に怖いですよ!


下駄の音がかたかたかたと無情に響く。


第2部後半には、観世音菩薩の登場。いや、もしかして鬼子母神?


衆生を救うのか迷わせるのか、ただゆらゆらと無関心に通りすぎるだけなのか。

ああこの人、どこかで見たことがある。山岸凉子の作品にでてきた人みたいだ。ぜんたいになんとなく今回は山岸凉子が3Dになったみたいでした。






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