2012/07/06

なんちゃってドイツ村を通過


(カスケードループその5、最後です)

コロンビア川沿いに南にくだってきて、Wenatchee で川とわかれて東行きの州道2号に乗ります。

ここからまっすぐ東へシアトルまでが「ループ」の下半分。再びカスケード山脈を越えていく森の中の道。



Wenatcheeの街中でみた、スーパーの看板。ミッドセンチュリー風で可愛い!!
昔からのデザインを塗りなおして大事に使ってるんでしょうね。 
 
「ホームブルーイング 用の穀物あります」って、自家製ビール作りがはやってるようです。


 スティーブンス・パスを越えていく州道2号沿いの観光地といえばLeavenworth

なんということのない山の中の田舎町だったのを、60年代、町おこしのためにメインストリートの建物をドイツ・バイエルン風に改装して「なんちゃってドイツ村」に変身したところ、背景のアルプス風山並みも手伝って大当たり。ワシントン州の人気観光地のひとつに急成長したというサクセスストーリーの町です。

全米チェーン店もみんな頑張ってバイエルン風の装いにしてる。セーフウェイも壁画つき。


 ガソリンスタンドとサブウェイも手彫りの木の看板、エーデルワイスつき。



もちろんマックもバイエルン仕様の木彫りだった!


壁画と屋根がバイエルン。

レベンワースに行くとつい、あちこちのディテールに烈しくつっこみを入れたくなってしまうのですが、地元発手作りのテーマパークという感じがにじみ出ていて、ほほえましくないこともない。

日曜日でドイツ村のメインストリートは大混雑だったので、町の中には入らず、マックで飲み物だけ買って素通りしました。


歩道にはバイエルンの踊りの人が。週末にはメインストリートの会場でドイツの踊りをやっているようです。

マックにも、半ズボンの衣装を着たお兄ちゃんが汗だくでやってきてマックシェイクを注文していた。

このあたりは山の中だけど盆地だからけっこう暑い。
シアトルよりもずっと暑いです。
一度真夏に来たとき、気温が40度近く、久々にぐったりするような暑さを感じたのですが、その中で半ズボンの人びとが飛んだり跳ねたりしながら踊っていたのに感心したものでした。



 帰り道、prunusさんのブログで紹介されていたSultan のベーカリーで食事して帰りました。ほんとにがっつりサイズでした! 




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2012/07/05

コロンビア川流域のチェリー街道


(まだ続くカスケードループの旅、その4)

Twisp から南へ下り、コロンビア川沿いに出ます。
コロンビア川に沿ってWenatchee まで州道97号を南下。


川の途中にまたダムがありました。
これは Wells Dam。シアトルじゃなくてこの辺のダグラス郡に電気を供給するダムで、ダグラス郡の電力はほとんどここで作られてるとのこと。

Fish ladder (魚の通り道)が開けてあって、郡の人が毎月通る魚の数を数えています。
隣に鮭の孵化場もある。
このもうちょっと上流で、もう少し前に建設されたダムでは鮭の通り道を作らなかったため、産卵にさかのぼってくる鮭がすっかりいなくなってしまった



ダムが見下ろせるところにパーキングと休憩所があり、「runner」(日本語でも「ランナー」というらしい。川の中でぐるぐる回ってタービンにつながる水車の部分)が飾ってありました。
宇宙戦艦ヤマトのプロペラくらいの大きさがあります(多分)。すごく重そう。

べつに水力発電の勉強をしにカスケードループに行ったわけじゃないんだけど、行く先々につぎつぎとダムが現れるので、ワシントン州が水力発電の州だということがようくわかりました。



 ダムを見下ろす崖の上に飾ってあった、絵が描かれた岩。 60年代にダムを建設したとき、川岸から削り出したもの。
コロンビア川流域には紀元前5000年前の住民の遺物も発見されています。


ダムが出来、両岸に道路が出来、土地が灌漑されてブドウやチェリーの畑が作られて、この150年ほどで住人とその生活は激変してきたけれど、地形や空は変わっていない。


少し先、Chelanの町の少し手前に、Natural Area というのがあったので寄ってみました。




Beebe Spring Natural Areaというのが正式名称。小川がコロンビア川に流れ込む一角に、自然の姿を再現したエリアでした。

 道路からも目立つ、鮭を高くかかげる酋長の彫刻は、近くのColville居留地で育ったネイティブアメリカンのアーティストによるもの。


食糧の根をほる人々の彫刻が配されていて、150年前くらいの風景に想像を誘われる。


 ブラックバードが歌う、平和な一画でした。


カスケードの東側は、チェリーの産地。州道の両脇にもチェリー園がたくさんあって、ちょうどレニアーチェリーやビングチェリーがたわわになってました。


たくさんの直売所があります。シアトルのスーパーで買うより安いので、Bing とRainer を2ポンドずつ(約1キロずつ)買ってしまいました。あとで消費するのが大変でした。

 

コロンビア川沿いにはブドウ畑もたくさん作られています。これもワイナリーなのか、単にバケーションハウスなのか、ブドウ畑に囲まれた邸宅が対岸に見えました。

後ろの乾いた山と、灌漑された緑の畑が衝撃的なコントラスト。



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2012/07/04

丘陵の町 Okanogan と Twisp


(カスケードループのロードトリップ、その3)

州道20号を東へ向かってカスケード山脈を越えると、急に景色が変わる。

木立もまばらな乾いた低い丘陵がうねうねのびていて、その間に緑の濃い農地や果樹園が広がっています。

灌漑してないところは枯れ草色、農地だけが鮮やかな緑色。


牧場の庭に、ティピ(インディアンのテント)がひとつ、ぽつんと立っているのがみえます。

もちろんレプリカなんだろうけど、夕陽を浴びて、なんだか胸にせまる風景でした。


この日はOkanogan (オーカノガン)に一泊しました。
ワシントン州の(東西の横の線でいうと)真ん中よりちょっと東に寄ったあたりです。

ロードマップを見ていると、Okanoganの町のすぐ東のあたりに、広いインディアン居留地があるのに気づきました。

帰ってきてから読んだ『Native Peoples of the Northwest』によると、19世紀半ば、このあたりの土地に住んでいたネイティブ住民はその居留地に追い立てられてしまったんだそうです。12部族みんなまとめて。


翌朝は日曜日。朝9時、Okanogan町のメインストリートは無人でした。


カフェもお休み。ゴーストタウンみたい。これが本来あるべき日曜の朝の姿なのかもしれません。
最近はなんでも年中無休が当たり前になってるけど。


町のはずれに、地元の農産物(野菜、チェリー、はちみつ、ピクルスなど)を売るお店が開いてました。たぶんロードトリップの観光客向けで、こちらは年中無休。

そして、シアトルから200マイル以上離れた農村の売店ではありますが、当然のようにちゃんとしたエスプレッソバーがあって、ちゃんとしたアメリカーノが飲めました。さすがワシントン州!素晴らしい! ハワイではこうはいきませんでしたよ。



向かいのチェリー果樹園からこのカフェ/農産物スタンドにコーヒーを買いに来たお父さんと息子。すっごく可愛い笑顔の坊やでした。


丘陵に自生しているのは、Big Sagebrush というセージに似た低木など。雨量が少ないのが見た目でよくわかる枯れ草山。サボテンは生えていないけど、オアフ島のマカハやハワイカイのあたりの禿山に良く似た風景です。ハワイもシアトルに劣らぬマイクロウェザーで、年間通して雨量が極端に少ない地帯があるんです。


前の日に来た道を少し戻って、Twispという町へ。
ここで東西へ伸びる州道20号と、南へ下る153号が分かれています。
ハーレーに乗ったおっちゃんたちが集うパブがあり、ベーカリーがあり、意外に都会的なお店やホテルがちらほらある街道沿いの町。

この町の近くのハイキングコースに行こうと思っていたんだけど、トレイル入口までの車道があまりに悪かったのと、急に天気が悪くなって雹まで降ってきたので、あきらめました。


こんなに青空だったのにー。
Twisp の歯医者さん。せいうちの看板でした。


お水を買ったガソリンスタンドにあった、コイン式の自動ピアノ。
ステンドグラスがついたエレガントなピアノです。現役かどうか聞けばよかった。


 飼料屋さん(日曜休業)の前で縞ねこ兄弟がうろうろしていた。いつもご飯をもらう時間だったのか、うらめしそうに中を覗きこんでました。


とてもおなかが空いていたのか、ずっと後をついて来てすりすりしてた。ひとなつこい兄弟でした。



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2012/07/03

カスケードループ、ウィンスロップの町


カスケードループの旅、続きです。


Diablo ダムを出たのは午後5時すぎでしたが、夏の日は長い。まだまだ昼間。

カスケード山脈を越えてうねうね続く州道20号は、Scenic Byway と呼ばれてます。
冬期、11月頃から4月頃までは雪崩の危険があるため、このあたりが一部通行止めで「ループ」の周回はできません。


わたしたちが行ったのは6月の最後の週末でしたが、まだ道路の両脇に雪が残ってました!



1時間くらいで山を越えて、Winthrop(ウィンスロップ)に到着。


なんにも調べていなかったので、まったく予想していなかった西部劇風の町が突然出現したのに面食らいました。


とはいえ全体に 遊園地っぽい、Leavenworth に良く似た「なんちゃって」感が漂ってます。
だって壁にペンキで時計の絵とか描いてあるしw 

帰ってから町のサイトを見てみると、山越えハイウェイが完成した70年代、観光客向けに、「できる限りオーセンティックに」西部劇風の町並みや看板を再現したとのこと。
なるほどー。



土曜日の午後6時すぎ、レストランとバー以外のほとんどのショップはもう閉まってました。


 一番オーセンティックに見えたのが、このFarmers State Bankのビル。


ドアに金文字で1915年創業とあったし、このビルは「なんちゃって」ではなくオリジナルの建築だと思われます。かわいらしいペパーミントグリーンと白の意匠。
柱の上のアーチと水玉のような丸いデザイン、ポーチに下がっている電灯や、ちらっと見える室内のインテリアも20世紀初頭の浪漫派的なおもむきです。オリジナルだったらDiablo ダムと同じ頃の建築ですね。



 山の中の町の小さな銀行ですが、かつては近くにあった金鉱から掘り出された金を保管してあったとか。いまも現役で地元の投資物件など取り扱っている銀行です。


開いていたレストランでピザを食べて、宿泊予定のOkanogan までまだ1時間近く、20号をひたすら先へ。


夜9時すぎまで明るいので、夏のロードトリップは気持ちに余裕があります。

山越えの途中、道路の脇にシカを3回、そしてTwisp と Okanogan の間の山道では、車の50メートルくらい先をよたよたと子グマが横切っていきました!! 停まって待ってたら母クマも出て来たかも!



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2012/07/02

米松と米杉 ダグラスファーとレッドシダー


Diablo Lake のトレイルは、Douglas Fir (ダグラスファー)の森の中の道なので、甘く清々しい緑の葉の匂いでいっぱいです。

Douglas Fir はクリスマスツリーに使われる木です。

ハワイでも12月になるとオレゴンやワシントンから冷蔵コンテナで運ばれて来たクリスマスツリーが特設販売会場に並びます。うちでもホノルルに住んでいたころ、5フィート(約150cm )くらいのダグラスファーを買ってアパートのリビングに飾ったものでした。

クリスマスツリーを飾ると家中が北国の森の清々しい匂いになって、南国でもそれなりに「Chrismassy」な気分が盛り上がるのでした。

南向きのがんがん日の当たるリビングルームだったので2週間くらいで葉っぱがどんどん落ちていき、クリスマスが来る前にスカスカになってしまいましたが。

クリスマスツリーの森。
「ダグラスファー」といえばクリスマスツリー用のせいぜい9フィート(270cm)の木だと思っていたので、100フィート(30m)もあるような大木が同じ種類だとはなんだかピンと来ませんでしたが、たしかにこの香りはクリスマスツリー。



そういえば、テレビの『ツインピークス』でも、ツインピークスに来たばかりのクーパー捜査官が「なんて良い香りなんだ!この樹の名前は一体何ていうんだ?」と聞いて、「ダグラスファー」だと教えてもらう場面がありました。

タイガーリリー

木材図鑑」によると、ダグラスファーの日本名は「米松」。

よねまつ」ではなくて「べいまつ」です。

米松くん(左)と米杉くん(右)

このトレイルでは、ダグラスファーの間に Western Red Cedar (ウェスタン・レッドシダー、ふつうは単にRed Cedarと呼ばれることが多い )もちらほら見られます。

こちらの日本名は、「米杉」(べいすぎ)。

前から疑問に思っていたんだけど、工藤夕貴出演の映画『ヒマラヤ杉に降る雪』(原題『Snow Falling on Cedars』の cedars って、絶対に「ヒマラヤ杉」じゃなくてこっちの「レッドシダー、米杉」だと思う。

この物語の舞台になっているベインブリッジ島のあたりに、ヒマラヤ杉は生えていないとおもう。

米杉に降る雪』じゃタイトルにならないと思って宣伝部の人が変えてしまったのか、単に勘違いの誤訳だったのか。

メープルのたねプロペラ

レッドシダーはぴーんと定規を当てたように真っすぐに天を目指して伸びる、美しい樹です。

ノースウェストのネイティブ住民たちにとっては、耐久性が良く、細工がしやすいこの樹はカヌーや家やトーテムポールを作るための重要な木材だったそうです。

パイオニア・スクエアにあるトーテムポールもこのレッドシダーで作られています。

樹皮もバスケットや衣服など、ありとあらゆる生活材として使われた、日本人にとっての竹のような存在だったようです。

19世紀に白人が来てからは、このぴーんと伸びた木材がサンフランシスコの町を建設するためにじゃんじゃん伐り出され、製材されて船で運ばれていき、それがシアトルの町の経済基盤になりました。

太平洋北西部には、とてもゆかりの深い樹です。




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