2017/07/21
水玉地獄にいって来た
シアトル美術館、通称SAMでやっている、草間彌生さんの展覧会にいってきました。
サムって可愛いニックネームだよね。サムくん。
1か月前の日記をへいきで書いているわたしとしては超速の即日レポートですよ!
むっちゃ楽しかった〜!
会期は9月10日まで。もう1度行きたいくらいです。
入場は15分間隔の時間制。入ったあとの制限はなし。
4時の回をもう1か月前に予約していたのに30分遅刻。息子よもうすこしタイムマネジメントを学びなさい(お前が言うな)。
息子と、サンディエゴから帰省中のKちゃんも引き連れて3人で行きました。
ちょうどきのう草間さんの自伝を読み終わったところで予習もばっちり。
なにがすごいって、今年88歳でまだ絶賛現役制作中。 この上の↑は去年あたりの作品。
もう本当に可愛い。
これは1958年、ニューヨークに乗り込んでどん底貧乏生活の中で描いていたという「無限の網」シリーズのひとつ。
ジョージア・オキーフが心配して砂漠から様子を見に来たと自伝に書かれていた。
草間さんは最初、1957年にアメリカにわたってきて、シアトルで個展をしたんですね!
それから「シアトルの人たちが止めるのを振り切って」ニューヨークに出ていき、ひたすら描き続けたという。それからたった2年後にニューヨークで個展をひらき、それが大反響をよんだそうです。
「一つ一つの水玉をネガティヴにした網の目の一量子の集積をもって、果てしない宇宙への無限を自分の位置から予言し、量りたい願望があった」
(『無限の網』24)
この同じようなオブセッションを持つ人なら、ほかにもたくさんいるのかもしれない。
草間さんの才能は、それを毎日毎日、形にし続けられたこと。
きもかわいい触手の森。見ていると愛しくなってくる。
でも動き始めたらちょっと嫌かもしれない。
1970年代、男女を公共の場で全裸にしてボディペイントするなどの過激な「ハプニング」でニューヨークを震撼させていた頃の草間さん。美人ですね。
この帽子。そしてネックレス。可愛いなあ。
ニューヨークでは時の人となり、美術評論家のハーバート・リード卿にも激賞され、アンディ・ウォホールとどちらが可愛い男の子のモデルをたくさん集められるか競争していたそうですが、しかし当時の日本ではまったく評価されず、週刊誌のゲスなクズ記事に面白おかしく取り上げられるだけだったという。さもありなん。
今回の展覧会には、四方を鏡に囲まれた部屋が5つあります。
それぞれ、2人か3人定員で、20秒または30秒間入っていられる。
一度入るとしばらく出て行きたくなくなるのですが、すぐに時間が来てしまう。
一組につき30秒以内でも、それぞれの部屋に入るまでには行列ができていて、かなりの待ち時間あり。10分から15分くらいずつ並んだかな。でもその価値があります。
2007年のインスタレーション「Love Transformed into Dots」。
こちらは布製のソフトスカルプチュア。ペニスの形のスカルプチュアで椅子などいろいろなものを覆い尽くすシリーズ。
「私は優に数億本を超える男根を作ってきた」(41)
と自伝にありました。
セックスへの恐怖、暴力の因子としての男根への恐怖を、男根彫刻をいっぱい作ることによって、
「その恐怖のただ中にいて、自分の心の傷を治していく」
「そのことで恐怖が親近感へと変わっていく」(40)
自己治療のプロセスだったという。
…という自伝を読んで、なんかもっとまがまがしい、なまなましい彫刻を想像していたのだけど、なんだ、かわいいじゃないか。
これが一斉に動き出すところをちょっと想像してみる。やっぱりかわいい。胸が熱くなるほどかわいい。
鏡の部屋の一つは、水玉の男根で埋め尽くされています。
「あのちっちゃい水玉の男根(ファルス)」と言っていたら、Kちゃんにウケた。
「とも蔵の口から男根ということばを聞くとは思わなかった」て。
これは「infinity mirror room: Aftermath of Obliteration of Eternity」2009年。
暗い中に行灯のようなLEDの灯りが吊るされて、鏡の壁に映って無限につづいている。
この部屋が自分の家にほしい。
「どのくらいの神秘の深さをこめて、無限は宇宙の彼方に無限であるか。それを感知することによって、一個の水玉である自分の生命を見たい」
(『無限の網』24)
水玉によって「自らも他者も、宇宙のすべてを消去する」というマニフェストは、この展覧会の鏡の部屋に立体的に表現されてます。
彌生さんが一生追求しつづけている同じテーマが、形を変え、ますます洗練されてあらわれる。
言葉でピンと来ない人にも、あるいはそんなマニフェストに興味を持たないでなんとはなしに見に来た人にも、このオブセッションはきっと伝わるに違いないのです。
本当に才能のある人の作るものというのは、能書きがなくてもちゃんと伝わるものなんだ。
かぼちゃが並んでいる鏡の部屋も本当に素敵でした。(かぼちゃの部屋だけは撮影禁止)。
あっそうだ、鏡の部屋でフラッシュをたくと大変なことになるそうなので、くれぐれもフラッシュはオフに。やってみたい気もするが。
最後の部屋は、入り口で水玉のステッカーをわたしてくれて、好きなところに貼り付けられる参加型。
楽しいです。
うちの息子にもステッカーをもっと貼ってみたかった。
わたしも70歳になったらこの赤いかつらをかぶりたい。
それまでに赤いかつらが似合う人になれるように頑張ろう。
この目たちが、とほうもなく好き。この柄のスカーフか毛布がほしい。
この夏シアトルにいらっしゃる方には、超絶オススメの展覧会です。
ぜったい行ってね!楽しいよ!
2017/07/20
Rainless in Seattle
快晴つづきのシアトルです。もう1か月も雨が降ってないんだって!
毎日、朝起きると雲ひとつない爽やかな空で、雨が降る日もあるなんてことをすっかり忘れてしまいそう。
今年は冬が暗くて長くて、太陽がぜんぜん見られない日々が長かったのだったな、そういえば。
快晴続きだけど、気温は最高が27度Cくらい、最低が15度Cくらいで、家の中にずっと座って仕事をしていると身体が冷えてカーディガンをはおりたくなるくらい涼しい。
真っ昼間にひなたを歩くとさすがに汗だくになるけど。
近所ではジャスミンが満開で、あちこちからとても良い匂い。
ベランダのナスタチウムを、アオムシに食べられないうちに。
何を植えても長持ちしない魔のベランダだけど、今年のナスタチウムは例年よりもすこし長持ちしてます。
2017/07/18
ここがあの有名な。
セント・パトリック大聖堂から、ニューヨーク公共図書館へ。しかし残念ながらもう閉まってた。いったん雨が上がって、虹が。
小さな仕事があったので、この辺にあったサンドイッチ屋さんで片付ける。
出る頃には時刻は9時すぎ、ちょうど夕日が沈むころ。
せっかくなので近くのタイムズスクエアとやらを見に行くことにしました。
ネオンが雨に濡れたアスファルトに映って2倍の明るさ。
このフューシャピンクはT-Mobileの広告です。
クラシックなマクドナルド。
なんとなくこの辺のネオンの明るさ、新宿通りみたい。
タイムズスクエアのあたりは観光客でいっぱいで、アルタ前か秋葉原みたいだった。
そういえば、こういう街のネオンの明るさは久しぶり。
アメリカでこんなに派手なネオン広告が並んでるのはタイムズスクエアかラスベガスくらいなのかも。アメリカでは異常なお祭り空間だけど、アジアの都市から来た人には見慣れた感じの光景ですね。
ブラウンもいるし!
やっぱり新宿みたいだ。
これで紀伊國屋書店があったら…と思ったら、ほんとに数ブロック先にあったのだった!当然、もう閉まってました。
知ってたらそっちのカフェに行ったのに、残念!
大聖堂と全裸の祭典
MOMA閉館後、ときどきの夕立に降られながら5番街をとりあえず歩いていくと、セント・パトリック大聖堂の前にでた。
でかっ。
せっかくなので中に入ってみました。
でかっ。以上。
向かいはロックフェラーセンター。
帝国って感じですねー。スターウォーズの帝国軍のテーマが聞こえてきそう。
今読んでる草間彌生さんの自伝で、この聖堂の前で1967年1月に「ボディペイントの祭典」を開催した話がのってました。
「演技をするのは、ヒッピーの青年男女である。このグループを大勢の見物人が見ている面前で全裸にし、星条旗60枚を焼き、もうもうと煙の立ち上がる中で、私は聖書と徴兵カードを炎の中に投げ込ませた。それがすむと、彼らは全裸で抱き合い、接吻し、ある者はセックスを始める。おりから日曜日で、寺院ではおごそかにミサが行われていたが、私たちのこのハプニングに集まった観衆は、矯正、悲鳴、怒号などのどよめきを挙げ、やがて「神を冒涜するのか」「こんなひどいもの、見ていられない」と、口々にわめき声を挙げ始めた。しかし、観衆はみな一様に、その場に釘付けになったように動かなかった」。(『無限の網』94)
ちょうど50年前の話!
それからアメリカは変わった。フラワーチルドレンの挫折をへて、社会の分裂は、半世紀前よりももっとひどくなっているのではないかと思う。
貧富の差はもっと広がっているし、「グレートなアメリカ」神話や偏狭な教会に頑固にしがみつく人が増え、その人たちを利用する人たちの力がどんどん強くなっている。
(教会のすべてが偏狭だといっているのではありません、念のため)
今、「草間ハプニング」とおなじことをしたら、1967年当時よりも激しい反発に遭うのではないかという気がします。
マスコミにも知識人にも支持するような肝っ玉の座った人は減ったんじゃないかなー。
雨が降ると、大聖堂前に傘を売る人があらわれる。
シアトルでは激しい雨があまり降らないから傘さす人があまりいないけど、ニューヨークの雨はざーざー音をたてて降るので傘は必須です。
怖い絵の写真を撮る人びと
MOMAのつづき。最上階の企画展示は、ニューヨーク生まれの女性アーティスト、ルイーズ・ローラーさんの作品を集めてあった。
美術館やコレクターの家などで撮った、ほかのアーティストの作品の写真を、奇妙な並べ方をしたり、関係のないコンテクストに放り込んでみる作品など。
美術館のサイトにはこう説明されてます。
Lawler’s critical strategies of reformatting existing content not only suggest the idea that pictures can have more than one life, but underpin the intentional, relational character of her farsighted art.
(既存の内容をリフォーマットするというローラーの批評的手法は、絵画がひとつではなく複数の生命を持てるという考えかたを示唆するにとどまらず、意思的であり、関係性に基づく性格を持つ、予見的な彼女の芸術の特徴をよく支えています)
うーんあんまりうまく訳せないけど。美術の人の言葉の使い方も独特だ。抽象名詞に形容詞がかならず2つか3つついている。日本のこの手のアカデミックな文章のそれ風の訳し方というのもきっとあるんだろうけど。
日本の美術館は借り物が多いためなのか、写真撮影禁止のとこがまだ多いようだけど、アメリカの美術館は撮影オーケーのところのほうが多い。
エスカレーターを上がったところにあった大きなバスキアの作品。
この右側の赤いキャップの黒人青年が、近くにいた人に頼んでこの絵と自分の写真を撮ってもらっていて、なんだかめっちゃ微笑ましかった。 すごく嬉しそうで。きっとバスキア大好きなんだなー。こういう絵との関係はいいな、と思う。画家も嬉しかろう。
そしてエスカレーター脇には、アンドリュー・ワイエスの有名作品『クリスティーナの世界』がひょいっと掛けてあった。
なんでこんな廊下みたいなところに!
これも何十回となく印刷物で見たけど、実物を前にすると、この足の曲がった女の子が目指している(目指すしかない)家の絶望的な暗さ、家のほかにはなにもない草原の怖い広さがずしーんと伝わってくる。
一本一本緻密に描かれた草原の厳しさ。
そして納屋には黒いトリたちが群れているのだった。暗い。
シアトル美術館で今年の10月にワイエス展がありますよ。この絵も来るのかな。
モネの部屋は、残念ながら自然光ではなかったけど、曲がった壁いっぱいに睡蓮がゴージャス。
ここでも睡蓮と一緒に写真を撮る人がたくさんいた。
ローラーさんの作品を待つまでもなく、スマートフォン出現以来、美術館っていつのまにか参加型になっている。
「写真など撮らないで絵を楽しめ」 「写真を撮ることに夢中になっていては鑑賞したことにならない」とかいう人がきっといるに違いないけど、私も美術館で写真を撮るのは大好き。
いやもちろん、写真を撮る「だけ」でしっかり見てなければ作品のエネルギーは感じられないと思うけど、それはカメラがあってもなくても同じ。
カメラを通して初めて可能な対話っていうのもありだと思う。
モネさんの睡蓮。
こちらはその隣にあった「アガパンサス」。
睡蓮も大好きだけど、このようなタテに伸びる花の絵も気持ち良い。
どちらも最晩年の作品らしく、幸せそうなオーラがいっぱい。
レディ・ガガがこんなところに!
ルソーの「夢」(1910年)です。ルソーの絵は子どもの時、何か底知れず怖かった。この笛の人は今見るとちょっと困ってるようにも見える。
親に連れられて初めて観に行った展覧会がシャガールだった気がする。伊勢丹かどこかのデパートの中の美術館だった。
昭和後期には、東京のほとんどのデパートに美術館があったなあ、そういえば。
MOMAのこのフロアは特に超有名な絵がたくさんあるからか、撮影してる人がとても多かった。
ピカソの『アヴィニョンの娘たち』。
娼館の娘たちを描いた、近代絵画のモニュメント的な作品といわれてますが、この絵も美術史の授業のスライドや映像で嫌というほどみたので、リアルで対面できて感慨深かった。
この絵もほんとうにつくづく怖い絵ですね。
キュビズムへの道を開いた絵といわれているそうだけど、モダンアートという「異界」への扉を開いてしまった絵と言ってもいいのではないでしょうか。
最初は水夫と医学生という男性2人がいる構図だったのを、娼婦5人がこちらを見ている構図に変えたという。
無表情にこちらを見てる2人も、両脇にいる、アフリカやイベリアの仮面から発想された異形の顔の3人も、見る人を取り返しのつかない世界に引きずり込もうとしているよう。真ん中では空間が歪んでいます。
形式の寄せ集めだけでは、これほど破壊力のある絵にはなり得ない。
この絵にあるのは、性と生きることと死への恐怖、だと思う。
ピカソの周りでは実際性病にかかってバタバタと死んでいった人も多かったというし、娼婦たちだって長生きする人はあまりいなかったのではないか。
画家がリアルに感じていた死、娼婦たちから感じとっていた絶望と嫌悪、がものすごく洗練された、攻撃的で、誰も見たことのない緊張した形式をとって描かれていたからこその破壊力なんじゃないだろうか、と思います。
そういえば中野京子さんの『怖い絵』という本がとてもおもしろかった。
名画といわれるのはたいていが怖い絵なのかもね。
一番人だかりがしていたのは、ゴッホさんの『星月夜』。
この絵の前で自撮りしてるカップルの後ろに、セキュティの人が忍び寄って画面に入っててまわりのみんなにウケてました。日本ではありえませんね。テーマパークのようだ。
パンを買うお金もなかったほど困窮していたゴッホさんに、あなたの絵は将来こんなに注目を浴びるんだよって教えてあげたい。えっそうなのっ!て、素直に喜びそうな気がする。
「ひたすら誠実であろうとしてヴァン・ゴッホは自己表現の方式を発見することこそ本質的なことだと語ったのである」と『芸術の意味』でハーバート・リードさんは書いてます(滝口修造訳)。
とにかく本当に宗教的なまでに誠実な人だったのだと。ゴーギャンとかモネとかルノアールとかとはまったく違う、「人生の目的についての先入観」を持ち、「偉大ななにものか」、「不滅なもの」によって描くことに人生のすべてを費やした、と。
ゴッホの絵がこれだけ評価されるようになったのは
「彼の絵に対する鑑賞が特別に進歩したからではなく、(私達観客が)彼の性格をいっそう深く知ったことによるのである」とも。
うん、たしかに。
この絵が悲劇的に誠実な画家のものだというストーリーなしにあらわれてもきっと驚くとは思うけれど、でも、やっぱりゴッホさんの獲得した異常なほど熱い表現と、その不遇で悲しすぎる物語は、あまりにも運命的にがっちり一体化していて、セットで胸をうたれる。
ゴッホさんの絵には、恐ろしいほどの凄みはあっても、世間的な怖さは感じない。
怖いをはるかに通りこして、すがすがしいような境地を感じる。
…なんていうのも、ゴッホさんのストーリーが頭にあるからこその印象なのかもしれないけれど、「不滅なもの」に対する情熱を生命を削って誠実に研ぎ澄ますとこういう形になるのだという、生きている間には恵まれることのなかったゴッホさんが人類にのこしてくれたお手本なのだと思う。
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