2016/11/11
水曜日のプロテスト
選挙の翌日、水曜日のワシントン大学キャンパスでは、 ほぼもれなく全員が大統領選挙の結果に動揺していた。
わたしがいま通っている人類学のクラスは夜7時からの講義で、学生は高校卒業したての18歳から60代まで年齢層が幅広い。
水曜日の夜のクラスでは、授業の半分の時間をつぶして、この結果をどう思うか、ここから何が生まれると思うか、のディスカッションになった。
15人ほどの小さなクラスだし、全員がまちがいなく「ブルー・バブル」の中に住んでいる民主党支持者で、壮大にショックを受けている人ばかり。かなり濃い話になった。
ヒラリーを推し続けた民主党の指導層に怒りを向ける人(ほぼ全員が同意)。楽天的に考えたい、すくなくともブッシュの8年間よりはずっとマシなはずだという人(わたしもそう思いたい)。自分の隣人や家族の中のモスリムや移民のひとを心配している人(深刻)。
分子生物学専攻の、すごく頭が良くていつも元気な白人の若い女の子が、「私がいちばん恐いと思うのは、これまではきちんとした場で言うべきではなかった、ひどい(差別)発言が普通になってしまったこと。だって大統領が言っているなら、もう誰が誰に対してどんんなことを言ってもオーケーだってことになる」と言いながら声を詰まらせて泣いてしまった。
これほど皆が感情を刺激されるのは、この選挙での大きな争点は、LGBTの権利、移民の権利、女性の(中絶の)権利などの<進歩的>価値観だったのだと皆が感じているから。
シアトルの人にとっては自明で、いってみれば神聖なものともいえるようなそれらの権利が、目の前で「あの下品な親父」に否定されてしまったと、みんな感じているのだ。
シアトルでも自然発生的な抗議活動があった。
わたしは知らなかったのだけど、ダウンタウンからサウスレイクユニオンを通り、キャンパスの中を通ってまたダウンタウンに戻るデモの列が、ちょうどこのクラスのあとキャンパスを通っていったらしく、うちの息子はたまたま学校にいあわせたので、1時間くらい参加したのだそうだ。参加者は千人ちかくいて、多くは学生だったそうだ。
上の2枚は息子が撮ったiPhone写真。
ポートランドではデモの人たちが高速道路を占拠したらしいけど、シアトルのデモは両脇を警察が牽制して高速入り口に行かせないように固め、デモの参加者たちもなにかを壊したり燃やしたりというバカな行動に出る人はいなくて、ただ平和的に、「love trumps hate」(愛は憎悪を踏み越える)、「her body is hers (彼女の身体は彼女のもの―自分の身体のことは自分で決める権利がある)」などのいくつかのスローガンで声をあげて怒りを表現していたもよう。
不安と怒りを表現して、自分たちが大切にしていることを確認する作業としての、抗議活動。平和裏にできるなら創造的な行動だ。
頭にきても壊したらダメだ。
いまの学生たち、ミレニアル世代の子たちは、上の世代よりもずっと冷静で、視野が広くて、思慮深く、柔軟性があるように思う。
この世代が世界を仕切るときには、今の世代よりもずっとうまくやるに違いないと思う。
こちらは、あくまでも平和な人。
いやこの人も起きているときは、かまってかまってかまって!ごはん!ブラシ!ごはん!ブラシ!と抗議活動を繰り広げている。
2016/11/09
ブルー・バブル
きのうの夜、選挙の火曜日。
西部時間午後7時。トランプがすでに優勢をきめていて、うちの息子はひどいショックを受けていた。
<まさか本当にこんなことになるとは。>
シアトルには、本当にそう感じて心底ショックを受けているひとが多い。
うちの息子のガールフレンドも、彼女のママも、大学の先生も、ほかの友だちも。
わたしは、この結果は予想していたはずなのに、夜更けてから何年ぶりかというような、胃のあたりになにか気分が悪いものがすぅーっと落ちていくような憂鬱感におそわれてきた。
「Blue bubble」という言葉を今朝、新聞でみかけた。
この国は完全に、民主党支持のリベラルな「青い州」と、共和党支持の保守的な「赤い州」にわかれている、と思われているけど、それだけではない。
ワシントン州も、ピュージェット湾沿いの「青い」地域と、山のむこうの「赤い」地域にまっぷたつにわかれている。
青いエリアのひとたちは、赤いエリアのひとたちがトランプに熱狂する理由を理解できないし、単純にバカだと思っている。
赤いエリアのひとたちは、自分たちの危機感を共有できない青いエリアのひとたちを、限りなくのぼせ上がったバカだと思っている。
青い価値観のひとたちばかり集まるシアトルでは、その大きな「バブル」の中で、なんだかんだいってもこの国を動かしているのは自分たちと同じ価値観のひとたちだ、という安心感があったのだと思う。
今回の大統領選挙は、途中から「ヒラリーが代表するエスタブリッシュメント対 トランプが代表するアンチエスタブリッシュメント」という構図になってしまった。
この国の選挙は、特に大統領選挙は、やたらに二項対立を深刻化させる装置になっちゃった気がする。
しかもそれが、ひとりの個人のキャラクターに代表されるものだから、どんどん曖昧でセンセーショナルな方向にいっちゃう。
相手をけなすことで自分の存在意義を主張して、それを相手陣営がさらにののしるという、悪循環。これまでだってそういう構図だったんだけど、今回ほどそれがあけすけに、どんどんひどくなっていったことはなかった。
その中でマイノリティーへの中傷が、政治の言葉のなかでの既成事実になってしまった。
トランプが嫌悪と恐怖をかきたてた罪は大きいし、これから何年もその傷はのこる。
だけれど、そういう人(ヒラリーがうっかり「デプロアブル」と呼んでしまった)は確実にいるのだし、それは必ずしも決まったひとたちではない。
今回の選挙は、そういう膿を出すプロセスだったと思いたい。
ニューヨークタイムスの「トランプは良い大統領になることもできる」というコラムで、共和党支持だけどヒラリーに投票した法学部教授(ブッシュのホワイトハウスで法律顧問だった)ペインターさんは、トランプは以下のふたつの理由で「良い大統領」になることもできる、といっている。
1)少なくとも本当のバカではない、2)選挙中に約束したことはほとんど意味不明だから、たぶん実行しないだろう。
わたしもそうであることを祈る。
トランプを支持した赤いひとたちが、これで不満をいったん解消して、青いひとたちとの間に長く続く対話をはじめていける、そのプロセスのはじまりだと思いたい。
いま猫シッターをしているおうちにはテレビがないし、じぶんちのテレビも壊れてしまったので、きのうはテレビを見ずに済んでほんとうによかった。
今朝の新聞でみたトランプの顔は、熱狂する支持者ほど嬉しそうでもなかった。
彼としても、ヒラリーが勝って、自分は「選挙の不正を追求する」立場でいたかったんじゃないかという気がする。
今朝、ワシントン大学の学長から全学生あてにEメールが来てた。
In the aftermath of this very close and highly contentious election, I want to take this moment to reaffirm our University’s commitment to our mission of education, discovery, healing and public service. I also want to reaffirm our ongoing and unwavering support toward creating and nurturing an inclusive, diverse and welcoming community. It is central to our commitment to equity, access and excellence, and it is essential to building a better future for us all. Here at the University of Washington, we hold sacred our responsibility to serve the public good, and that will never waver.
大学の、多様性とインクルーシブなコミュニティへのサポートは、絶対に揺らぐことはありませんよという宣言。
Ana Mari Cauce学長(チャンセラーじゃなくてプレジデント)は、自分はラティナでレズビアンで、だからこそマイノリティーであるコミュニティの一部のひとたちの恐れを、とてもよく理解することができる、と書かれていた。
わたしはこのメールを見て、ほろっと泣けてしまった。
なんかもう、シニカルになってる場合じゃないよね。
とにかくそれがどんなに大変なことでも、エンパシーをもって互いを理解する、たとえ合意できなくても互いの立場を尊重する、というところからしか、21世紀の文化は始まらないのだと思う。それがどうしたら可能になるのかどうか、わからないけど。
キャンペーンは終わって、これから憂鬱な年があける。
2016/11/08
ドクター・ストレンジ
むずかしいこと考えなくてもすむ映画がみたくて、封切り直後の『Dr. Strange(ドクター・ストレンジ)』をみてきました。
むずかしいこと考えなくても済んで、おもしろかった。折り紙のようにたたまれていく街とかのビジュアルがゴージャスです。
話がこんなに無茶苦茶なのに、俳優陣のおそるべき説得力!そしてくすっと笑えるおちゃめなダイアローグ。
ベネディクト・カンバーバッチ、キウェテル・イジョフォー、ティルダ・スウィントン、それにあの『マルコポーロ』でクビライ・ハーンをやってたひと(ベネディクト・ワン)まで、おもなキャストが全員英国出身というのも面白い。悪役陣もヨーロピアンだしね。
欧州の俳優さんって、なぜかアメリカンにはない奥行きがあるのが不思議。なんでしょうね。
わたしは全然原作を知らないけど、少年時代にコミックを読んで育ったという友人は、 ベネディクト・カンバーバッチはドクター・ストレンジにぴったりだというていた。
『アイアンマン』以降、マーベルの映画のキャラクターはほんとに絶妙な説得力があってすんごく面白い。Netflixのシリーズ『ジェシカ・ジョーンズ』も、スーパーヒーローものとは思えないダークさに思わず引き込まれるし。
ベネディクト・カンバーバッチは今回は完全にアメリカンな発音で話していたのに、このひとの役はやっぱりむずかしいことを早口でしゃべるので、あんまり聞き取れないとこがけっこうあった。字幕がほしいー。
2016/11/07
エイト・イヤーズ
桜の根もとの見事な苔に落ち葉。
シアトルは雨が多いので、京都の苔寺もびっくりの美しい苔があっという間にあちこちに生えてくる。
ある日急に人がいなくなったら、シアトルは10年後には苔の山になることでしょう。
大統領選挙前日。先が読めない選挙に不安を感じているひとは多いと思う。
シアトル・タイムズの今日の一面もそんな記事だった。
前回までは、アメリカの大統領選挙って最大のエンターテイメントだと思ってみていたけれど、今年は本当にすべてシャットアウトしたいくらい、選挙のニュースをみるのも聞くのも嫌でたまらなかった。トランプが勝っても負けても、この国に残したキズはとほうもなく大きい。
オバマが勝ったときに、ああこれで数年後にはきっと揺り返しがくるな、と、嬉しい中にも憂鬱な気分になったのだけど、その「ゆりかえし」がこんな顔(トランプ)をしていたとは。トランプ的なものをこれだけ多くのひとが必要としていることが、心から憂鬱だ。
数日前にも書いたけど、オバマさんが圧倒的勝利をおさめてすぐあとの2008年に、シアトルにはじめて遊びに来たのだった、と、この間思い出した。
あのお祭り騒ぎ。懐かしい。
サンクスギビングの週末で、初めてみるシアトルは雨が降っていて薄ら寒かったけど、久しぶりにみる紅葉した木々に(ハワイ暮らしが長かったので)興奮したのだった。
8年たって、飛行機でどこかからシアトルに帰ってきてピュージェット湾の緑の島々と静かな水をみると、あー帰ってきた、とほっとするようになった。
8年前にカイルアから一緒にシアトルに来たCT夫妻は、なんとミスターCTが日本で仕事を得て、今年の12月に東京に引っ越していくことになった。
みんなに「トランプが勝った時のために準備してたんだね」と言われるそうだけど、シャレにならん。
シアトルの8年間で、ミスターCTは某巨大ソフトウェア企業で順調にキャリアをつみ、ミセスCTも苦労のすえインテリアデザインの学位を得てシアトルでプロとして経験を積んだ。
わたしも8年前はフリーランスの看板をあげてみたばかりでどうなることかと思っていたけど、 信頼してくれるエージェントさんやお客さんを少しずつ得て、頼りになる同業の翻訳者さんとも知り合うことができて、なんとかかんとか、翻訳者でございますと厚かましくもいえるようになったし、行きたかった学校にも行けている。息子も高校を無事卒業して、大学4年生になった。ほんとうにありがたい。
8年前にはまだ不況のしっぽにすっぽりはまっていて空き地がおおかったシアトルは、ここ数年で建設クレーンの数がむちゃくちゃ多くなり、ビルの数が増え、古い家は少しずつ減り、ひとが増え、渋滞がひどくなり、家賃と家の値段が急上昇した。
シアトルでの8年の間に素敵に面白いひとびとにたくさん出あったし、面白いものをたくさん見せてもらった。それにずいぶん、ものに動じなくなったし楽天的になった。
なんて書いてくるとなんだか最終回みたいだけど、ゆずみそ手帖はまだ続きます(笑)。
今から8年後になにがどうなっているかなんて本当にわからないものだけど、目の前にあるものをしっかり味わって、その日の仕事をきっちりこなして、憂鬱はとりあえず横において、機嫌よく日々が暮らせたらしあわせですね。
2016/11/06
メランコリア ゆるゆる近づく滅びの日
Netflixでさいきん観た映画『メランコリア』(2011)。
とても美しい、奇妙な映画だった。
映画の最初の8分間(この動画↑↑)に、終末がすべて描かれているのでネタバレもなにも。(このイントロ部分が最も美しくて、見とれる)。
宇宙をふらふらとさまよう巨大惑星が突然地球の近くにやってくる。
前半は主人公のひとりジャスティーン(キルスティン・ダンスト)の結婚式。美しく聡明で強靭な精神をもった彼女は、自分の役割を演じることができなくて、崩壊していく。
空に破滅の星が近づいているのを、彼女は知っている。
後半はその姉クレア(シャルロット・ゲンズブール)の物語。あの惑星メランコリアは一旦地球に近づいてまた去っていくんだ、と確信していた夫(キーファー・サザーランド)は、その計算が裏切られたことを知ると絶望に耐えられずにあっさり自死してしまう。
幼い息子と残されたクレアは、なすすべもなくだんだんと近づいてくるメランコリアを眺める。逃げる場所はない。
悲愴で美しい音楽はワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』序曲。ゆっくりと接近する巨大な青い滅びの惑星が、東の空から姿をあらわす。なんと美しい世界の終わり。
10代から20代の時に観たら、きっともう死ぬほど好きな映画になったかもしれないと思う。
鬱の病をかかえる人には、この主人公ジャスティーンの、いまその場にいられない、自分が機能しない、自分をとりまく世界とつながれない焦燥と絶望は、共感できるものだと思う。
だけど(もうそこは通り過ぎてきた)と思うおばちゃんとしては、ちょっとこの壮大な悲劇はロマンチックすぎて居心地が悪い。ジャスティーンに、そうじゃないし、それでもいいし、と言ってあげたくなる。まあ大きなお世話なんだろうけれど。
でも今。大統領選挙が目前の数日間。
なんだか毎日、朝起きるとどんどん大きくなっている、接近する巨大な陰鬱惑星メランコリアを見ているみたいですよ。
カークランドの迷惑そうなウサギ
久しぶりの青空がうれしかった木曜日。
湖の反対がわ、カークランドに来ています。
カークランドダウンタウンのカフェZOKAの前にあるイチョウの木。
シアトル付近には日本風のモミジはたくさんあるけど、銀杏は珍しい。
その下にあるウサギ像。
ラブラブなウサギたちかと思っていたのだけど、こうやってみると 左のウサギはかなり迷惑そうだ。
そういえば、はじめてシアトルに来たのも、11月でした。
8年前のサンクスギビングの週末で、ちょうど大統領選挙の直後。
オバマ政権が誕生したばかりのときで、オバマさん出生地のホノルルよりも数倍盛り上がっていたらしいシアトルのオバマ熱にびっくりしたのだった。
あのときもカークランドに来たけど、まだこの角にZOKAはなかった。
湖ごしにシアトルの町を眺めてから、フローズンヨーグルトの店に行った(今はもうなくなった)。
あのとき、このウサギはあったのかな。覚えていない。
うちの息子はまだ中学生だった!あの時は、まさか8年後に親子そろってワシントン大学の4年生になっているとは思わなかった。
8年たつと街角も人も、国も、世界も、変わりますね。
2016/11/05
Slate Coffee
米国のほかの都市に行ってみると、シアトルのロースター&カフェ文化がどれだけ尋常でないのかがわかる。
「サードウェーブ」コーヒーなんていう言葉ができるずっと前から、シアトルには豆を吟味して買いつけて小規模に焙煎してるロースター&カフェがたくさんあった。ていうか、日本にも昭和の時代から、ものすごく真面目にコーヒー豆と向き合っているロースターは、恐ろしくたくさんあるよね。
これだけ真面目にコーヒーに取り組んでいる店がこんなにたくさんある町は、間違いなくシアトル以外にないと思う。
わりと近所にできたSlate Coffee は、最近うちの息子のお気に入り。
コーヒー豆は置いておくとすぐに風味が変わってしまうので、125グラムとかのこういう小さいパックで売ってくれると大変うれしい。
(追記:さいきん、この小さいパックは残念ながらなくなってしまいました)
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