2010/09/29

Soul of the university

ワシントン大学のSuzzalo library (スザロ図書館)に行ってきた。

1920年代、当時の学長Suzzaloさんが「図書館はSoulf of University、大学の魂だから」とお金に糸目をつけず、壮麗なゴシック大聖堂のような、美しい図書館を建設した。



外観はヨーロッパの聖堂広場みたい。


アーチの上に彫像が立っている背の高い入り口をはいると、ホールの両側に優雅な階段。




読書室は吹き抜けの大天井にステンドグラス。ハリー・ポッターがほうきに乗って飛んできそうな、クラシカルな雰囲気。

この図書館が「あまりにも豪華すぎる」というので Suzzaloさんが理事会からクビにされた。
…と『Lonely Planet』にはあったけど、どうやらそれは事実ではなくて、木材労働者争議の調停をつとめたときに労働時間制限を通して、当時シアトル政財界を牛耳っていた木材会社社長たちの怒りをかったというのが真相らしい、と歴史サイトにはあります。

インテリで人格者で魅力的な紳士だったらしい、スザロさん。


洗面所の入り口には、りすのステンドグラス。本に座っちゃってます。

ちなみに、ここでお勉強するお値段は。
 州の住民の場合学部生の学費が年間8700ドル、州民でない場合は、年間2万5000ドル。これに寮やアパートの住居費生活費をいれると、州外からの学生なら、ざっくり年間3万5000ドル強。日産のフェアレディZが新車で買えます。これ掛ける、4年間である。

これがたとえばスタンフォード大とかの超名門だともっと大変。年間学費が37000ドル、プラス寮費など1万1000ドル。締めて、かるく5万ドル。BMW5シリーズが買えます。1年間のコストですよ。

一般小市民としては血の気が引いてしまう値段。学生の約半数は何らかの補助金を受けていて、卒業後にも何年もかかってローンを返す人も多い。

だけど大学どころかいろんな理由で高校さえ卒業できない若者も、数多い。

聖堂のような図書館を持つ大学に通えるのは、いろんな意味で恵まれた若者たちなのだ。



9月は新学年の始まりなので、ご両親と一緒に歩いてる新入生らしい若者がいっぱいだった。お父さんやお母さんのほうが、緊張気味の新入生よりも嬉しそうに見えた。

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2010/09/24

Traveling Carnival


移動カーニバルといえば思い出すのは、レイ・ブラッドベリの『何かが道をやって来る』。町に季節外れのカーニバルが列車でやってきて、全身に奇妙な刺青を入れた男が少年や町の人の魂をさらって行こうとする、怖い話だった。夜中に物悲しく響く蒸気オルガン、乗ると回った分だけ年取ってしまう回転木馬、生きて動く刺青、鏡の間…。

大昔、これを読んだときには「移動カーニバル」というものの存在自体がピンと来なかったが、アメリカでは遊園地というものは年に数回向こうから町に訪ねてくるのだということを、ハワイに引っ越して初めて知った。

ねずみーランドとかUFJとかの、隅々までマーケティングの行き届いた「テーマパーク」とはぜんぜん違う、怪しげではかない昔ながらの「カーニバル」。町の空き地に突然現れ、数日か数週間で消えていく仮設のお祭り広場だ。日本でいったらジェットコースターや観覧車がついてくる夏祭り。みたいなものかも。

夏祭りはまがりなりにも神社のものだけど、移動カーニバルには宗教は無関係。カソリックの四旬節前のお祭りの「カーニバル」とは、起源には関連があったのかもしれないが、今は何の関係もない。ラテンの国々やニューオリンズの名高いカルナバルにあやかって、19世紀のマーケッターがつけたのかもしれない。ウィキによると、移動カーニバルが盛んになったのは19世紀末のシカゴ博覧会からで、観覧車がデビューしたのもこのときだそうです。「カーニバル」には、はっちゃけたお祭りの語感がある。


ホノルルでは、オバマ大統領の母校プナホウ・スクールも、毎年2月の週末にカーニバルを開催している。決して広くはない学校の敷地にぎちぎちに乗り物が並び、ジェットコースターまで登場する。たべもの屋台は先生や父母のボランティアでフル回転。先生が汗だくで揚げドーナッツを作ってたりする。金曜夜に始まって、週末が終わると何事もなかったように学びの場に戻る離れ業がめざましかった。ホノルルの冬の風物詩みたいな存在で、地元民に愛されているカーニバル。

移動カーニバルの遊園地は、どういうものか、20世紀半ばくらいからモデルチェンジしていそうもない、キッチュでレトロなデザインがお決まりで、それがたまらなくかわいらしい。安全性には大きなクエッションマークが付くので、身内が乗ってるとハラハラしてしまうけれど…。



シアトル近郊で一番大きなフェア/お祭りが、9月の第1週から4週まで開催される、Puyallup (ピュアラップ)のPuyallup Fair

シアトルのダウンタウンからはハイウェイに乗って片道約30分くらい。敷地は広大で、真ん中に大きな納屋が何棟も設置され、牛や馬や羊や鶏の品評会や、併設スタジアムではロデオやコンサート(ホール&オーツ、ジョン・レジェンド…など)も催される。そしてもちろん、そのいちばん賑やかな一画は、ぐるぐる回る乗り物各種とゲームや食べもの屋台からなるカーニバル。


乗り物だけでなく、ゲーム屋台も20世紀中盤からモデルチェンジしてない。ボールを投げて缶を倒すとか、輪投げとかのごく単純かつ簡単そうに見えるものばかり。実際やってみるとけっこう難しく、どんどん熱くなってしまうのがミソ。景品は必ずバカバカしいくらい巨大なぬいぐるみで、これを抱えて歩いている人はカーニバルのヒーロー。いつかバーチャルゲームにとって代わる日も来るのかもしれないが、意外に保守的なアメリカ人のことだから、あと半世紀くらいは缶倒しゲームが生き延びるような気がする。景品のぬいぐるみだけは世代交代していて、DOMOも進出していた。

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2010/09/22

In the first sight

初めて見たときから懐かしい場所というのがある。わたしにとっては、アメリカの太平洋北西沿岸部、パシフィック・ノースウェストがそういう土地だったみたいだ。

もうひと昔前、トランジットで降りたポートランド空港で、窓から見えた風景に呼ばれた。豊かな緑、入り組んだ川と湖、感じのよさそうな町並み。空港のガラス窓越しで空気の匂いもわからないのに、がっちり掴まれてしまった。ここに戻ってこなくては、ここに住まなくては、となんだか強い焦りを感じた。結局それから15年以上、ポートランドを訪ねることはなかったが、ノースウェストがずっと気になっていた。

縁あって常夏の島で暮らすようになって、あっという間に10年以上が経った。ハワイは純粋に素敵な特別な土地だけど、自分がそこに本当に属していると思ったことはなかった。いつも借りてきた靴を履いているような落ち着かなさがあったのは、ノースウェストに帰らなくちゃ、とずっと思っていたからかもしれない。

シアトルを初めて訪ねたのは11月の朝だった。その季節には珍しい晴天で、まっさきに飛行機の窓から真っ白な富士山そっくりのレニアー山が見えた。魚市場のうしろにピュージェット湾がキラキラしていて、遠くに雪をかぶった山々が見えた。おかえり。と言われた気がした。なにもかも珍しく、懐かしかった。



オアフ島からシアトルに引っ越して、1年と1か月。本当は何も知らないのに、ずっとここに住んでいるような気もする。季節ごとの花も、天気も、食べものも、お店や建物も、土地の歴史や人びとも、まだまだ毎日目に新しく、知らないはずなのに心地よい。

旅の人と住人の真ん中くらいな目でみた、新しくて懐かしいノースウェストのもろもろを少しずつご紹介したいと思う。